明治神宮大会に行くと伝えたら、広島の放送関係の方が、

「近大工学部のキャッチャーがいいらしいですよ。スカウトが、肩はプロでもトップレベルって」

 と、教えてくれた。

 代表決定戦で、中国地区リーグの優勝チーム・環太平洋大を破って、明治神宮大会に勝ち進んだ広島六大学リーグの覇者・近畿大工学部(※工学部は広島県東広島市にキャンパスがある)。明治神宮大会への出場は8年ぶり10回目になる。

「3年生」としか聞いていなかったが、ベンチ入りしている3人の捕手の中の誰か……試合前のキャッチボールを見て、すぐにわかった。

 近畿大工学部捕手・石伊雄太(3年・178cm80kg・右投右打・近大工業高等専門学校)。山なりのボールで、緩いキャッチボールをしている選手もいる中で、塁間の距離でもきちんと指をかけて、強いボールを投げる。キャッチボールを大切にしている姿勢が、まず立派。

 徐々に相手との距離を広げていきながら、バックステップで軸足(右足)を相手に対して直角の位置に置き、しっかり腰を割って、高いトップの位置から右手をしなやかに、真下に振り下ろす。

 少し離れた場所に、高校球児のグループがいたと思って探してみたら、ほとんどが席を立って、見ていない。あー、もったいない……お手本にしてほしいようなキャッチボール。

 距離が70m、80mになっても、塁間の時の定規でまっすぐに直線をひいたような、きれいなバックスピンの球道は変わらない。

 ボールをもらって、しばらく遊んだりしない。即、ポンと軸足でリズムをとって、胸のすくような真っすぐな返球が、捕球したグラブをパーンと跳ね上げる。

高校時代の恩師は「バッティングマシンの球道を見せた」

「そうですか……そんなボール投げてましたか。高校時代は、とにかくキャッチボール、キャッチボール。しっかりしたキャッチボールが出来ることから教えてましたから……嬉しいですね」

 近大高専当時の石伊捕手を指導した伊藤康弘・元監督。高等専門学校から初のドラフト指名選手となった鬼屋敷正人捕手(2010〜2017、巨人在籍)の取材で私がお世話になって以来のお付き合いになる。

「野球に山なりのボールを投げる場面はありません。受けたボールは、必ずすぐに投げるのが、野球です。地面に平行な、バックスピンの利いたボールを投げてほしい。“真っすぐなボール”を実感してほしくて、バッティングマシンから飛び出してくるボールの球道を、選手たちに見せたこともありました」

近大高専時代は“マウンドにも立った”

 石伊捕手、試合が始まって、投手へ投げ返す返球が小気味良い。

 いちいち指をしっかりかけて、コンパクトなスナップスローで、投手のグラブをパチッと鳴らす。それも必ず、投手の胸か顔。返球に誠実さがにじむ。

 両足の裾さばきがいい。まず、足がパパッと動いて、それに連動して、一瞬遅れるように鮮やかなスナップスローが繰り出される。

 私は学生時代、「こっちが気合い入るようなボール、返してこんかい!」とブルペンで叱られたことがある。

 ブルペンキャッチャーの返球が、投手を育てる。

 しばらく後になって、気がついた。伊藤元監督が振り返る。

「160cmちょっとで高校に入ってきて、キャッチボールからコツコツ、コツコツ、努力して。真面目な子でしたから、キャッチボールみたいな反復練習にも手を抜かずに、徐々に、肩も強くなってきて。高校3年生の春には、175cmぐらいになって、盗塁を許さない……というよりは、試合前のシートノックで肩を見せておけば、まず走ってこなかった。相手から盗塁する意欲を消去させる、それが本物の“強肩”ですからね」

 近大高専では、マウンドにも立った。

「練習試合で創志学園(岡山)の長沢(宏行)監督から、ピッチャーにしたら面白いって言っていただいて、投げたら140キロちょっとまで出る。夏の隠し玉にしようと思ったら、登板予定だった強豪相手の試合の1つ前で負けてしまって……」

 高校野球の夏の予選に付きものの、よくある「想定外」。学年2番にもなったほどの頭脳で、理系の近畿大工学部に進むことになったという。

プロ野球スカウトは「肩はプロに混ぜても、遜色ないけど…」

 今日の佛教大戦、リーグ戦と同様、4番を任された石伊雄太捕手。

 佛教大のエース・木村光(3年・173cm70kg・右投左打・奈良大付属高)に3三振を喫してしまう。彼のホームベース上で鋭く変化する一級品の緩急に翻弄され、投球を追いかけ回しているうちに、試合が終わってしまった。

「確かに、肩はいいよね。大学生の中なら間違いなくトップレベル。プロに混ぜても、まったく遜色ない。フットワークで投げられて、腕の振りにも無理がない。捕球者側が次のタッチプレーがいかにもやりやすそうな、きれいなボールを放ってるよね」

 近大工学部・石伊雄太捕手のスローイングについてのスカウト評だ。

「でも、今のキャッチャーは、打てる!ってことも大事。それ考えると、今日の内容じゃ、話にならないよね、きつい言い方になるけど。いや、三振3つでもいいんですよ、自分のスイングしてくれれば。でも、今日のは、全部おいかけて……振ったんじゃなくて、振らされてたでしょ。彼の本来の“スイング”すら、見せてもらえなかった」

 スカウトの見方は手厳しい。

「あれで秋のリーグ戦では、ホームラン2本打ってますからね。あのリーグのピッチャーのレベルなら、いくらかは打てるようになってきている。それも現実ですよ。でも今日の3三振が消せるかっていったら、それはできない。3年生なんだから、これから来年にかけて、努力して上手くなってくれれば、いいんです」

 石伊雄太捕手の秋2ホーマーを、伊藤元監督はご存知だった。

「大学の練習会に連れて行った時は、木のバットで外野のフェンスにも届かなかったんですから、本人、相当練習したんでしょうね。とにかく真面目で、人がやってなくても1人で練習できる生徒でした。3三振っていうのも、初めての全国の舞台で、しかも4番で、打たなあかん、打たなあかんって意識過剰になり過ぎて、ちょっとバタバタしたんかなぁ」

「巨人に行った鬼屋敷とは、全く違うタイプのキャッチャー」

 この日の第2試合、「高校の部」でも、前評判の高い強肩捕手が登場した。

九州国際大付属高・野田海人捕手(2年・174cm75kg・右投右打)。

 一部で、「野田キャノン」という表現で、球界有数の強肩捕手・甲斐拓也(ソフトバンク)になぞらえた報道があった捕手だったので、楽しみにして球場に向かった。

 クラーク国際高(北海道)を5対1で破ったこの試合。確かに、地肩や腕っぷしは抜群の強さで驚いた。

 これから先、肩やヒジを故障しないためにも、フットワークで投げるメカニズムを覚えて、特に、右打者の外角を捕球してからの二塁送球で、右の股関節がグッと中に入ってくるようになれば、送球コースがブレることも減って、今の一級品の地肩が、さらに「実戦力」を増すはずだ。

 幸い、九州国際大付・楠城徹監督は、早稲田大の捕手当時、地を這うような股関節の動きを起爆剤に、スローイングをしておられた方だ。

 下半身を使ったスローイングを勉強するにはうってつけの方が、すぐそばにいる幸運をムダにすることはない。マネしようとして、何度も安部球場に通ったが、凡才の私にはとてもマネできなかった。

 伊藤元監督は石伊について最後にこう語った。

「高校時代の石伊は、肩以外、それほど目立つ生徒じゃなかった。きっと大学でいい指導を受けて、持ち前の真面目さで、全国に出られるようなチームの主軸になれたんだと思います。プロに行った鬼屋敷は、打つのも投げるのも、パワーは抜群でした。石伊の場合は、柔軟性と考える力が数段上だと思います。頭がキレて、いろんなことを感じられるアンテナを持っている。鬼屋敷とは、全く違うタイプのキャッチャーですけど、石伊は石伊なりの持ち味で、“逸材”と言っていただけるようになったら、彼の高校時代の3年間を共に過ごした者として、こんなに嬉しいことはありませんね」

文=安倍昌彦

photograph by Yuki Suenaga