連日の接戦を繰り広げた白熱のシリーズは、高津臣吾監督率いるスワローズの日本一で幕を閉じた。『Number』1041号では高津臣吾監督にインタビューを行い、頂点を引き寄せたチーム作りに迫っている。本稿では、本誌で掲載しきれなかった“日本一の指揮官”のエッセンスと“原点”に迫る。

 20年ぶりの日本シリーズ優勝を果たしたヤクルトスワローズ。

 勝因とは複合的なものだ。高津臣吾監督はいう。

「優勝できたってことは、どれかひとつが決定的な要因ということはあり得ない。最下位に終わった昨季から比べて、すべてのエリアでちょっとずつ積み上げがあったんです。先発ブルペン、ムーチョ(中村悠平)をはじめとしたバッテリーの強化。故障が少なくて、シーズンを通してレベルを上げられたのが大きかったかな。あと、目立たないけどディフェンス力も上がっています」

 投手陣、守備の話が先に来るのは、いかにも投手出身の監督らしい。そして、打撃。

「高い身体能力を持っている塩見(泰隆)が、ようやく1番打者に固定できるようになったし、オスナ、サンタナのふたりが4月のいい時期に合流できて、相手に圧力をかけられるようになった。それに、4番のムネ(村上宗隆)がよくボールを見極められる。外国人ふたり、それに村上といった中心打者が我慢強ければ、それはチーム全体にいい意味で伝染していく。得点力が上がったのは、地味にそのあたりも大きいんじゃないかな」

 たしかに、日本シリーズひとつとってみても、6試合を戦って、ヤクルトは21個の四球を選んだのに対し、オリックスは15個。投手の制球力に起因するところもあるが、ヤクルトの打者はシーズンを通して“patient”=打席で粘り強さを発揮したことは間違いない。

巨人、阪神のダグアウトとは対照的だった

 選手たちは、ある意味で「同期」していたように思う。

 打線全体としてストライクとボールの見極めをしっかりと行い、ファウルで粘り、投手へ圧力をかける姿勢を共有していた。それは日本シリーズ第1戦で山本由伸に対し、6回で112球を投げさせ、降板を強いた試合に凝縮されていた。

 ではなぜ、ヤクルトの打者たちは同期が出来たのか?

 ヤクルトのダグアウトを見ていると、四球で出塁した選手に対しても、ダグアウトの選手たちが笑顔で拍手しているのを目にする。その祝い方は、ヒットで出塁した時となんら変わることがない。

 この賑やかな雰囲気はレギュラーシーズン終盤から際立ち、沈んだ空気が漂っていた巨人、阪神のダグアウトとは対照的だった。

 ここに高津臣吾監督の、「雰囲気づくり」の巧みさが見て取れる。

©Nanae Suzuki

高津監督の“原点”、ホワイトソックス

「高校野球のように、楽しそうにやってくれればいいと思っている」と監督は話すのだが、私はその原点をシカゴ・ホワイトソックスに見る。

 シンカーを武器に、投手だった高津臣吾は2004年にヤクルトからホワイトソックスへと活躍の舞台を移した。

 私もこのシーズンの前半、シカゴで登板を見た。100キロに満たないシンカーで、面白いように空振りを奪う。なんとも痛快だった。「毎日、つかれるよ」と言いながらも、高津投手はホワイトソックスのクラブハウスをなにより愛していた。

「スプリングトレーニングの最初の日がすごかったのよ。GM(ジェネラルマネージャー)のケニー(・ウィリアムズ)がロッカーで、大統領みたいな演説をして、こっちも気分が高揚した。最後には『なにかあったら、俺の携帯に電話して来てくれ!』って言うから、たまげた。アメリカってこんななんだって。ケニーのスピーチは忘れられない。言葉の大切さは身に染みて感じた」

 高津監督が「絶対大丈夫」をはじめとし、選手に向けた言葉を大切にしているのは、この時の経験があるからではないか。

フリーウェイで「シンゴ! シンゴ!」

 そして、監督のオジー・ギーエンの「全員で戦うスタイル」にも感銘を受けていた。

「プレーボール前の国歌斉唱があるよね。他のチームでは、ブルペンの投手だと、どこで聞いてもいいらしいんだけど、オジーは『国歌を聞く時だけは、必ずダグアウトの前かブルペンで聞いてくれ。なぜなら、全員で戦うという気持ちを共有する場なんだから』と言っていてね。みんなで戦うことを強調していた」

 試合前に、選手全員がなんらかの瞬間を共有することをオジーから学んだのかもしれない。

 それだけではない。当時の高津投手は「オジーは、オンとオフの切り替えがハッキリしている」といい、球場外でのリラックスした指揮官の表情を見るのが好きだったと話す。

「一度、遠征先からシカゴの空港に戻ってきて、ダウンタウンに戻るフリーウェイに乗っていたら、オジーが横の車線の車からウィンドウを下ろして、『シンゴ! シンゴ!』と叫びながら通り過ぎていった(笑)」

ヤクルトでは「年功序列」が崩れている

 私は、当時のホワイトソックスのDNAをいまのスワローズに見る。

 高津監督はホワイトソックスの「良き部分」を取り入れたマネージメントをしているように見えるのだ。

 オンとオフの切り替えは、一軍投手コーチ時代から重視しており、

「先発投手は18時のプレーボールに万全の準備をしてくれれば、それでいい。なにもお昼から球場に来る必要もないし、カフェでお茶でもしながら、自分の時間で準備を進めてくれて構わない」

 と先発陣には話していた。それでも、この習慣には投手によって反応が違ったという。

「アメリカで投げていた投手は、それが良かったみたいだね。でも、日本人の中には落ちつかなくて……と言って、早めに球場に来る投手もいたよ」

 また、スワローズのダグアウトでは「年功序列」が崩れているのもメジャーリーグの香りがする。

 監督、コーチ陣が陣取るサイドに、必ず4年目の村上宗隆がどっしりと座り、村上は得点が入るたびに感情を爆発させる。ある球界OBによれば、村上のふるまいは、これまでの日本プロ野球の文法にはないものだと驚いていた。

「高卒4年目の選手があんなことしていたら、1990年代だったら怒られるよ。『お前、なにしてんねん』って」

 高津監督は、村上をチームリーダーのひとりと認め、自分の傍に座ることを是としている。

 年齢は関係ない。実力であり、リーダーシップが問われる。

 今季のスワローズの躍進には、アメリカのDNAが刻まれており、それは今までの教育的な価値を重視する日本の野球観とは一線を画するものだ。

 高津ヤクルトは、チームづくりの面でも極めて新しいアプローチを採っており、そのスワローズが日本一になったことは大きな意味を持つと私は思っている。

文=生島淳

photograph by Hideki Sugiyama