最後は切り札のバットが決めた。

 ヤクルトが王手をかけ、敵地・ほっともっとフィールド神戸に乗り込んだ日本シリーズ第6戦。5時間の熱闘の末、延長12回にヤクルトが代打・川端慎吾内野手の左前決勝打でオリックスを突き放して、頂点へと駆け上がった。

「シーズン中から彼のひと振りに頼りっぱなしだった」

笑顔でインタビューを受けるヤクルト高津監督 ©Naoya Sanuki

 勝利監督インタビューで高津臣吾監督もこう振り返った “代打の神様”の存在感。その存在を考えたとき、もう1つ、川端がヤクルトを頂点へと導くことになったある場面を、じっくりと考察したくなった。

 その場面とはクライマックスシリーズ、ファイナルステージ第2戦6回のヤクルトの攻撃だ。

 場面を振り返る。

8番・西浦を申告敬遠で歩かせ満塁策を採った

 1対0でヤクルトがリードして迎えた6回裏、巨人先発の菅野智之投手から先頭の村上宗隆内野手が左中間に安打。これをゼラス・ウィーラー外野手が後逸(記録は二塁打)して、菅野はいきなり無死二塁のピンチを背負うことになる。さらに5番のドミンゴ・サンタナ外野手の二遊間へのゴロを捕った坂本勇人内野手が一塁に悪送球して一、二塁。続く6番の中村悠平捕手が三塁前に手堅く送りバント決めて1死二、三塁となる。

 ここで菅野もエースの意地を見せて踏ん張った。

 7番のホセ・オスナ内野手をカウント2ー2から最後は148kmの真っ直ぐで空振り三振に仕留めて2死となる。

 そこで三塁側の巨人ベンチが動いた。

 ベンチをゆっくり出てきた原辰徳監督が菅野を中心にマウンドに集まった内野陣に何かを説明する。そして三塁ベンチに戻った原監督が右手で一塁を指し示した。

 8番の西浦直亨内野手を申告敬遠で歩かせ満塁策を採ったのである。

 今度は高津監督が動く。

「代打・川端!」

 ここまで巨人打線を2安打無失点に抑えてきた先発・高橋奎二投手に代えて、切り札・川端を打席に送ったのだ。

ポイントは6球目の意表を突く外からのカットボール

 菅野対川端。初球の真っ直ぐを見逃した川端が、2球目はファウルであっさり追い込まれた。しかしそこから外の真っ直ぐ、インローのスライダー、そして再び外の真っ直ぐとボールが3つ続いてフルカウント。そして続く6球目、菅野の選択は意表を突く外からのカットボールだった。見逃せばストライクだったが、この渾身の一球を、川端が何とかカットしてファウルで逃げたところで勝負はあったのかもしれない。

 続く7球目は大きく外角に外れた。勝負の結果は押し出しの四球となり、ヤクルトに貴重な追加点が刻まれた。そしてこの1球で精根尽きた菅野は、1番の塩見泰隆外野手に左中間を破る走者一掃の三塁打を浴びて撃沈したのである。

「川端が出てくるのは分かりきったことなのに、なぜ西浦を歩かせたのか?」

 試合後には西浦の申告敬遠を指示した原采配に批判が集中したのはご存知の通りである。

3年連続日本シリーズ進出を逃した巨人・原監督 ©Kiichi Matsumoto

「こっちが動いて、そして相手を動かして」

「まあ、あの……流れが我が軍になかなか来ないというところですね。動いて……ここはこっちが動いて、そして相手を動かして、そしてそういう形でいくと。まあ、そういうことですね」

 この敬遠策を問われた、試合後の原監督のこれが正確なコメントである。

「こっちが動いて、そして相手を動かして」という言葉から、もちろん苦戦を強いられていた先発左腕の高橋に代打を出させるために、西浦を歩かせたというのは誰でも分かるこの敬遠策の1つの狙いだ。

 ただ、もう一つ、同時に大事なのは冒頭の「流れが我が軍になかなか来ないというところですね」という言葉だと思う。そこにこの場面でなぜ原監督が西浦とではなく、無謀とも思える代打・川端との勝負を選択したのかを解き明かすヒントがあるように思うのだ。

 以下は1つの私見である。

多くの監督や選手たちが「流れ」を意識して戦っている

 野球は勝負の流れのやりとりだ、と言われる。

 実際に「流れ」が本当に勝負の行方を左右するのかどうかはわからない。ただ、グラウンドに立つ多くの監督や選手たちが、その「流れ」を意識して戦っているというのは確かな事実である。

 もちろん勝負ではベンチが何もしないままにあっという間に流れに乗って、相手をなぎ倒して圧勝することもある。だが逆に何もできないままに、相手の流れのままに試合が終わって、あっさり負けることもある。ファイナルステージ初戦の巨人は、まさにそんな一方的な流れでヤクルトに完敗を喫した。

 初戦の流れを支配したのは、ヤクルト先発の奥川恭伸投手だった。98球の完封劇。巨人は手も足も出ないままに、シリーズそのものの流れもあっさりヤクルトに手渡す初戦となっていた。だからこそエースの菅野を中4日で先発に立てたこの試合は、ただ単に勝つだけではなく、シリーズの流れをしっかりとつかんだ形で次戦へと繋げなければならないポイントの試合だったのである。

 しかし、実際にはさらに状況は悪化していた。

巨人は強引にでも流れを引き寄せる必要があった

 2回に1死満塁から西浦の犠飛で1点を先取され、打線は初回の2死満塁の先制機を潰すと、尻上がりに調子を上げていく高橋の前に4回から3イニング連続で3者凡退といいところなく沈黙を繰り返していた。

 ヤクルトの奔流の中でアップアップしている。それがこのとき巨人の置かれた状況だったのである。

 だから強引にでもこちらに流れを引き寄せるには、自分たちが主導して試合を動かさなければならなかったのだ。そのためには多少のギャンブルでも、思い切った策を講じなければならない。手をこまねいていることは、まさに愚策ということだった。

「こっちが動いて、そして相手を動かす」──もちろん高橋は6回までで既に102球を投げ、シーズン中なら7回からは継投策に入ることはわかっている。ブルペンでアルバート・スアレス投手ら中継ぎ陣が準備をしていることも、当たり前だがもちろん確認もしている。敬遠しないでも高橋が代わる可能性が高いのは百も承知で、だが、ここでもう1つ、大事なことはヤクルトがいつも通りに継投に入るのではなく、自分たちが先に動いて、巨人主導で継投に入らせるということだったのである。

レギュレーション的には引き分けは負けと一緒

 試合は2回にヤクルトが1点を挙げてからは、お互いに決定打が奪えずこう着状態にあった。流れを自分たちに引き込むには、何とか試合を動かさなければならなかった。それも自分たちで主導権を握った形で試合を動かすことが必要だったのだ。

 しかもシリーズのレギュレーション的には引き分けは負けと一緒なので、1点負けている状況は2点のビハインドを背負っているも同じだった。

巨人のエース・菅野 ©Nanae Suzuki

 そしてマウンドは菅野である。

菅野と坂本が見せた笑顔の意味とは?

 原監督にしてみれば、シリーズの命運をかけるにふさわしい役者も揃っていた。おそらく菅野でなければこの選択はなかっただろう。しかしもし自分たちが主導権をとって動き、ヤクルトがそれに応じて動くなら──高橋に代打の川端を送ってきて、その上で2死満塁を菅野が抑えて0点で切り抜ければ……。危険な賭けは百も承知だが、シリーズを勝つためにここで勝負をかける。勝負に勝てば、ヤクルトに翻弄されるシリーズの流れをも、一気に変えることができるかもしれないということだった。

 その意図は選手たち、特にマウンドの菅野やキャプテンの坂本勇人もわかっていたはずだ。

「監督、すげえ勝負を決断したな!」

 原監督がベンチに引き上げた直後に見せた二人の笑顔の意味は、そうとしかとれなかった。一流選手が、この場面でマイナスな意味で表情を変えることは多分、ないはずだと思うからだ。言葉が正しいかどうかはわからないが、ゾクゾクとした。この勝負の持つ意味がわかっているからこそ、ヒリヒリするような場面を思ったからこそ笑みが溢れた。

 イチローさんや松井秀喜さんも、土壇場になればなるほど、一瞬、柔和な表情になったり、時には笑みが溢れる。そんな姿を見てきたから、あの場面での2人の笑みもそう思うとしか言いようがない。

 これが原監督のコメントから読み取れる、あの満塁策の背景だったと考える。

高津監督も狙いは分かった上で、あえて乗っかった

 そしてもちろんヤクルトの高津監督も、そんな原監督の狙いは分かった上で、あえてその策に乗っかったのだとも思う。

 なぜならそれだけ川端は、高津監督にとって絶対的な切り札だからである。巨人ベンチの狙いを読み切り、だからこそあえてここで潰せば一気にシリーズの行方は決することができる。

 それくらいの覚悟で切り札を切ったはずだ。

 そして川端がその期待に応えた。

日本シリーズ第6戦でも延長12回2死二塁の場面で登場した川端がレフト前ヒットを放ち、試合を決めた ©Hideki Sugiyama

2人の監督のシリーズの行方をかけた見えない攻防

 すべてはフルカウントから菅野が投じた外角のカットボールを、川端がファウルで逃げた1球に凝縮されていた。

 あえて左打者の外角にカットボールを投げる菅野の投球術。それをギリギリでカットしてファウルで逃げる川端のバットコントロールの凄さ。その対決の背景には、2人の監督のシリーズの行方をかけた見えない攻防もあったと思う。

 結果的にこの満塁策は勝負に敗れたことで失敗と烙印を押され、批判されても仕方ないだろう。

 ただ勝負の深淵はそんなに浅くはない。

「無謀な策」とひとことで片付けるのは、野球ファンにとってはあまりにつまらないではないか──。

文=鷲田康

photograph by Sankei Shimbun