高校野球のリーグ戦「Liga Futura」についてはこのコラムで何度か取り上げたが、今年から「Liga Agresiva」と名前が変わった。また昨年までは、大阪、新潟、長野の3府県で開催されていたが、今年からは14都府県に渡る高校で12のリーグで80校以上の高校が参加することになった。

 そのリーグ戦が、神奈川でも始まることになった。

 これを積極的に推進しているのが、慶應義塾高校の森林貴彦監督(48)だ。森林監督は大学では母校の学生コーチとして元西武の佐藤友亮らを育成。その後、NTT勤務を経て筑波大大学院で体育理論を修め慶應義塾幼稚舎教諭に。2012年から野球部助監督。2015年秋から監督として指揮を執っている。

2018年のセンバツに出場した慶應高校 ©Sankei Shimbun

 また昨年には『Thinking Baseball ――慶應義塾高校が目指す野球を通じて引き出す価値』(東洋館出版社)という著書も著し、高校野球の在り方に疑問を投げかけている。

 秋の気配深まる日吉の慶應高校グラウンドで、森林監督に話を聞いた。

勝ちを目指すが、スポーツはもともと楽しむことが基本

「野球は、そもそも失敗が多いスポーツで、3割打てばいい選手だとよく言われるところです。どんなスポーツもそうですけど、失敗したら取り返しがつかないような状況では積極的にプレーできないんですね。

 トーナメントがまさにそれで、負けたら終わり、“あのミスが試合を台無しにした”みたいなことが、積極性を失わせることになってしまう。トーナメント主体の大会は、スポーツの価値を高めていくうえでは足かせになるのではないか、というのがLiga Agresivaに参加を決めた大きな目的です。スポーツはもともと楽しむことが基本で、もちろん勝ちを目指すんですが、本質を見失ってはいけないと思うんですね」

「勝利」と「選手の成長」は、時に相反し、時に一致する。難しいテーマではある。森林監督はこのように続ける。

「確かに勝つことによって自信がつくという一面はあります。でも野球は勝ったり負けたりする中で、成長する部分がある。勝ち試合でも反省したり考えることはあるし、負けの中にも、うまくいかなかった部分を振り返って、“じゃあ、ここを練習しよう”と思ったりする。

 リーグ戦だったら“今日はこうだったけど、来週また試合があるからこの1週間ここをポイントとして頑張ろう”とか、いろいろ考えることができる。これがうまくいったらすごいな、とか、そのワクワク感が監督のやりがいでもあるんですね」

 トーナメント戦には“負けたら終わり”という半端ではないプレッシャーが存在する。それは選手たちだけでなく、監督もしかりである。

「夏の大会で一番しんどいのって、エースを投げさせない試合なんですよ。神奈川県大会では、7、8試合勝たないと甲子園には出場できないんですが、エースを全ての試合に投げさせるわけにはいかない。当然2番手以下の投手を先発で行かせなければならないんですが、それが一番きついっていうか、夜中に起きて『3番手のこのピッチャーで何イニングいけるのかな』って考えてしまったり。エースを使わなくても勝たなきゃいけないっていうのがすごいプレッシャーですね。

 そのような試合は、勝ったらもちろんホッとするんですが、何か嬉しくはない。これは本来の野球でも、スポーツでもないんじゃないか。なんか仕事みたいだな、と思います。もちろん負ければもっとつらい」

慶應高の練習の様子 ©Kou Hiroo

 当然、エースを起用しなければ批判の声も上がる。監督という立場で、それをどのようにとらえているのだろうか。

「批判もありますね。『なんで投げさせなかったのか』とか、トーナメントっていろんな歪みがあると思いますね。

 その点、リーグ戦は、例えばこの試合は、来年以降のために全部1年生で行こう、でもこの先発はすぐにダメになるかもしれない、初回で代えるかもしれないから肩作っておいてね、とか気軽に言えるんですね。夏の大会なんか、そんな気楽なこと言えない。『負けるかもしれない』なんて悪いシナリオは誰にも言えないのがしんどいですね。負けてしまったらそれでおしまいですから。

 トーナメントの呪縛と言うか重さから逃れることができるのは、やはりリーグ戦です。本来のスポーツに近い部分、勝つか負けるかわからないけど、チャレンジしてみようと言うことができる。トーナメントだとやっぱり負けたくないから、チャレンジしないで無難にいこうと思ってしまう。

 サッカーでは、高校生もリーグ戦やっていますよね。あれ、いいと思います。野球の遅れている部分というか、変えていかなければならないのは、そこだと思っていたんです」

サッカー界には「高円宮杯プレミアリーグ」など年間を通じたリーグ戦文化がある(2016年撮影)©Getty Images

大阪発の「Liga Agresiva」は14都府県へ

 森林監督らが取り組んでいる「Liga Agresiva」そのものは、大阪の高校野球指導者たちが7年前に「球数制限」「低反発金属バットまたは木製バットの使用」「スポーツマンシップなどの学び」を掲げてスタートしたものだ。

 その理念に共鳴して長野県、新潟県、そして今年は14都府県まで広がったのだが、森林監督はもともと問題意識を持っていただけに、単に自校が参加しただけでなく、神奈川県内の高校野球指導者に呼びかけて、リーグ創設に動いた。

「昨年夏、コロナ禍で甲子園が中止になり、県大会の代わりに3年生たちの引退試合を行なったことが母体になっています。球場を取ってあげて、ガチンコの試合をさせてあげようということだったのですが、各校の指導者と話をしているうちに7校ほどの県下の高校と接点ができた。リーグ戦を考えたときに、まずその7校にお声がけをしました。

 Liga Agresivaの資料を共有して、オンラインで説明会を実施しました。いろいろと問題はあるとは思いますが、スタートしないことには面白くないのでとりあえずやってみようと。そして高校野球ってやっぱり楽しいね、ということを共有したい。

 その後、賛同者が増えて最終的には15校になったんですが、コロナ禍でスタートが遅れてしまい、リーグ戦を組むこともできませんでしたが、とりあえず2カ月でやってみて。その結果を受けて、反省会をして、来年、本格的に始動しようと考えています」

©Kou Hiroo

リーグ戦の呼びかけは指導者が一歩踏み出すきっかけに

 Liga Agresivaに参加した、県立川崎北高校の川村太志監督はこのように語っている。

「森林先生のお話を伺い、とてもワクワクする企画だと思い参加させていただきたいと思いました。他校との交流を通して、高校野球生活の充実はもちろん、次のステージをしっかり意識させることができると思いました」

 同じく横浜市立桜丘高校の泉田浩道監督も、このように期待を寄せている。

「この話を聞いた時は『いよいよだな!』という気持ちになりました。やはり一番は『背番号をつけて試合ができること』だと考えています。以前より、この秋の練習ゲームにもっと緊張感や目標があればさらに選手達の成長につながるのでは?と考えていました。また、一発勝負のトーナメントとは違う形式で試合ができることも、選手達の考え方の幅を広げてくれる良い機会になると非常に楽しみにしています」と期待を寄せた。

 森林監督の問題意識は、神奈川県の多くの指導者が共有するに至ったのだ。

 筆者は全国に広がったLiga Agresivaの多くの指導者に話を聞いた。「このままではいけない」という問題意識を抱いた人がたくさんいた。そういう指導者にとっては、リーグ戦の呼びかけは一歩踏み出すきっかけになったのだと思う。

確かに勉強は大変ではあるけども

 練習へと話を戻そう。グラウンドでは選手たちが練習を始めている。
 
 コーチが指導する中、森林監督は、選手の間をゆっくりと歩いている。鋭い眼光で選手を見つめ、時折アドバイスをしている。

©Kou Hiroo

「慶應義塾高校は『文武両道ですね』と言われます。それはその通りなんですが、確かに勉強は大変ではあるけども、選手たちはほとんどが、そのまま大学に進むので、ハードな受験勉強はする必要がない。だから、彼らは野球もしっかり楽しむことができます。その点は恵まれていますね。そんな彼らにリーグ戦を経験することで、野球の魅力をもっと理解してほしい。

 慶應には誰が指導者になろうが変わらないEnjoy Baseballの伝統があります。私も前任の上田誠先生から薫陶を受けました。その考えをリーグ戦でさらに広げて、真のEnjoy Baseballを実現していきたいですね」

文=広尾晃

photograph by Kou Hiroo