リオネル・メッシ(PSG)が7度目となるバロンドールを受賞した。史上最多受賞の更新で単独1位。最大のライバルであるクリスティアーノ・ロナウド(マンチェスター・ユナイテッド)がすでに36歳であることを考えれば、今後この記録を破るものは永久に現れないのではとさえ思われる。

 一昨年(2位のビルヒル・ファンダイクとはわずか7ポイント差)ほどではないにせよ、今年もまた僅差の勝利だった。メッシは613ポイントで、2位のロベルト・レバンドフスキ(バイエルン・ミュンヘン)との差は33ポイントである。これはどういうことか。コロナの影響で創設以来はじめて中止となった表彰が去年も行われていたら大差でレバンドフスキが獲得し、今年はメッシとこれほどまでの僅差の戦いにはならなかったように思う。

 バロンドールの選考基準は暦の1年単位である。今年でいえば、2021年1月1日から投票の瞬間までのパフォーマンスが評価の対象となる。だが、今年に限っては、レバンドフスキの過去2年間のパフォーマンスを考慮して票を入れた者が多かったのではないかと思う。かくいう筆者もそのひとりで、選考基準は重々承知しながらレバンドフスキに1位の票を投じた。ちなみにかつてのバロンドールに相当する位置づけのUEFA欧州最優秀選手賞は、昨年はレバンドフスキが大差で圧勝したが、今年はジョルジーニョ(チェルシー)が僅差でケビン・デブライネ(マンチェスター・シティ)を破り受賞した。レバンドフスキはトップ3にも入ってはいない。

ライバルたちの1年は?

 大本命が不在の選考となったのは、EURO2020とチャンピオンズリーグで圧倒的な大活躍をした選手がいないことが大きかった。レバンドフスキのポーランドはEUROでグループリーグを突破できず、またバイエルン・ミュンヘンもCL準々決勝でパリ・サンジェルマンに敗れた。エンゴロ・カンテ(チェルシー)はCLには勝ったが、EUROのフランスはラウンド16でPK戦のすえにスイスに敗れた。ケビン・デブライネもCL決勝を負傷退場してタイトルを獲れず、ベルギー代表として出場したEUROではポルトガル戦で負傷し、準々決勝のイタリア戦は十分な活躍ができなかった。CLとEUROの両方を獲得したのがイタリア代表のジョルジーニョだったが、過去にボランチの選手が受賞したのはローター・マテウスただひとりである。地味なポジションと知名度の低さからくる不利は否めなかった。

 12月4日発売の『フランス・フットボール』誌12月号がまだ手元にないので、詳しいデータを基にした分析はできないが、恐らくヨーロッパの投票委員たちはメッシを1位には推していないのではないかと思う。2年前の投票でも、ヨーロッパとアジアではファンダイクが1位で、それ以外の大陸がメッシだった。また全176人の投票者のうち、メッシを1位にしたのが61人に対し、ファンダイク1位は69人であった。

 たしかにメッシはコパアメリカに勝った。アルゼンチン代表として獲得した初のビッグタイトルであり、バロンドール選考基準のひとつであるコレクティブなパフォーマンス(=チームへの貢献度。具体的にはタイトルの獲得)を満たしてはいる。だが、今年の場合、コパアメリカ優勝が、彼の活躍が突出していたことを必ずしも意味はしなかった。とりわけPSGに移籍して以降のパフォーマンスは、有力候補としての存在感を薄くした。それでもメッシが選ばれることの意義はどこにあるのだろうか。

8月に移籍したPSGでは出場8試合、1得点にとどまっているメッシ(12月3日時点)。輝きを取り戻すのはいつになるのか

バロンドールの価値

 バロンドールは人気投票ではない。世界のジャーナリスト(もともとはヨーロッパのジャーナリスト)が、ジャーナリスティックな見地からその年に最も活躍した選手を選ぶ個人表彰である。投票の基準も明確に定められている。1番目が個人のパフォーマンスとコレクティブなパフォーマンス(タイトル獲得)、2番目が選手のクラス(資質とフェアプレー)、3番目が選手のキャリアである。実質的には1番目が最も重要で、そこでほぼ決まるといっても過言ではないが、過去においては2番目や3番目が大きな意味を持つこともあった。いずれにせよそうしたジャーナリストたちが作り出す世界観が、バロンドールの価値を高めていった。

 2010年にバロンドールがFIFA世界最優秀選手賞と融合しFIFAバロンドールになったとき、バロンドール創設者のひとりであり当時90歳だったジャック・フェランはレキップ社の社主に手紙を送り抗議の意を示した。『フランス・フットボール』誌と『レキップ』紙の編集長として1985年まで活躍し、FF誌の巻頭コラムを2000本執筆したフェラン――98歳で亡くなるまでフェランは、頭脳は明晰で言葉も明快だった――は、FIFAバロンドールになることでバロンドールがこれまで維持してきた独自の価値が損なわれるのを危惧したのだった。

 フェランの感じた不安は現実のものとなった。ジャーナリストが示す価値観と代表チーム監督とキャプテンが示す価値観。ときに両者に乖離が生じ、全体の3分の1でしかないジャーナリストの価値観が押し切られる。たしかにバロンドールの知名度も一気にワールドワイドに広まったが、本来の意義を失ってまでFIFAと一緒に続ける意味はないと感じたから、6年間の契約期間が過ぎた後に更新はおこなわなかった。

 では、バロンドールは、FIFAと袂を分かって独自の価値を再び取り戻したのだろうか。そして今年や一昨年のメッシの受賞は、バロンドールの価値を体現したものといえるのか……。

バロンドールと目されたレバンドフスキー。昨季ほどの勢いはないが、今季もブンデスリーガでは得点ランクトップをひた走っている

 筆者はバロンドールが世界最優秀選手賞となった2007年から、投票委員のひとりとして毎年投票に参加している。最初の3年間の資料は手元にないが、2007年はカカ、2008年はクリスティアーノ・ロナウド、2009年はメッシを1位にしたと記憶している。2010年以降は、メッシとロナウドを1位にしたのはそれぞれ2回で、他の年は別の選手を1位に選んだ。ふたりが突出していることに異存はないが、かといってふたりだけでバロンドールを独占するほどのものであるのか、というのがFIFAバロンドール時代から感じていた素朴な疑問だった。

最高権威の賞だからこそ…

 今日、バロンドールの権威と知名度はかつてないほどに高まっている。2001年に22歳という若さで受賞したマイケル・オーウェンは、監督のジェラール・ウリエから説明を受けるまでバロンドールがどんな価値を持つのか知らなかった。今ならその辺のサッカー少年たちでも、バロンドールの何たるかを分かっているだろう。ところが独自の価値を取り戻したはずのバロンドールが、僅差とはいえ2回続けてメッシを1位に選んだ。この事実が筆者には衝撃的だった。

 2011年に設立されたUEFA欧州最優秀選手賞では、メッシの受賞は2回、ロナウドの受賞は3回のみで、残りの年はいずれもバロンドールでふたりに敗れた選手たち――イニエスタやフランク・リベリー、ファンダイク、レバンドフスキ、ジョルジーニョらが選ばれている。バロンドールの価値観を体現するのはもはやバロンドール自身ではなく、別の賞であると感じてしまうのは、筆者の思い込みにすぎないのだろうか……。

文=田村修一

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