セ・リーグは東京ヤクルトスワローズがペナントレースの覇者となり、一方のパ・リーグは、オリックス・バファローズが覇者となり、「去年はどっちもペケだったんだよな〜」と不思議な気持ちになりながら、日本シリーズをテレビ観戦していた。

 最下位といったって、ただの最下位じゃなかった。

 5位とのゲーム差で、ヤクルトが12ゲーム、オリックスが7ゲーム。

 去年は首位からどれぐらい離されていたのか……と言えば、ヤクルトは首位・巨人に25ゲーム離され、オリックスだってソフトバンクに27ゲーム差だった。

 シリーズは6戦を闘ったのだから、共に実力の拮抗した強いチームに変貌したのだろう。両チームの選手、指導陣、関係者の方々の懸命な骨折りに、心から敬意を表したい。

 実は幼い頃から、つい10年ほど前まで、敬虔なヤクルトファンだった。

 こういう仕事になってから、徐々に「ごひいき意識」が薄らいできたとはいうものの、以前は「ヤクルト」の勝ち負けを自分のこと以上に心配していた身として、日本一はとても嬉しい。

 なんといったって、あの「金田正一」の国鉄スワローズ時代からの筋金入りのファンなのだから。国鉄関係の会社に勤めていた父親が野球ファンで、たまに連れて行ってくれたのが、金田正一投手の国鉄スワローズの後楽園球場か、ジャクソン、ロバーツのサンケイアトムズの神宮球場だった。

 松岡弘、若松勉、杉浦亨のヤクルトスワローズの神宮球場には、もう1人で観に行っていた。

いちばん泣いていたのは村上宗隆のように見えた

 11月27日、ようやくヤクルトが「4勝目」を勝ち取った夜、選手たちがみんな泣いているのを見て、こっちも泣けて仕方なかった。

 1対1で、延長にもつれ込んだこの試合。

 昔から、もつれると弱いヤクルトを見慣れてしまっていたので、もう「ヤクルトの流れ」じゃないな……と勝手に決めつけていた。

 決勝打を放った川端慎吾が泣いている。椎間板ヘルニアの2度の手術を乗り越えての「日本一」だ。そりゃあ、嬉しいだろう。

 シリーズMVPに輝いた女房役・中村悠平が泣いている。

 39歳の青木宣親や41歳の石川雅規までが涙を流す中で、それでもいちばん泣いていたのは、4年目の4番打者・村上宗隆のように見えた。主将・山田哲人に抱きつくようにして、もう号泣だった。

 今シーズンの打席の貫禄がもう「第一人者」みたいだったから、そのギャップに、見ていて、余計もらい泣きしてしまった。

2018年にヤクルトに復帰した青木宣親(39歳)も涙を見せた ©Naoya Sanuki

シリーズ5戦目の打ちっぷりが「プロ」だった

 シーズン143試合、打率.278、本塁打39本、打点112のセ・リーグ本塁打王。本塁打、打点は自己最高。見事なプロ4年目。

 あらためて、すばらしい!と敬意を表したい。

 ドラフト1位とはいえ、「全国」は1年夏の甲子園1試合のみ。ほとんど「熊本」しか知らずに郷里(くに)を出てきて、まだわずか4年目。

 進学していれば、まだ学生をやってる歳なのに、早くもチームを背負って、押しも押されもせぬ「4番バッター」だ。いや、すでにしてプロ野球界を代表する大打者に君臨したといっても、決して言い過ぎじゃない。

 負けた試合だったが、シリーズ第5戦の打ちっぷりに「プロ」を感じた。

 同点にされた直後の先頭バッター。

 ベンチが、チームメイトが欲しいと思ったのは、チャンスメイクじゃない。試合の流れを一気に取り戻す「長打」だ。

 左腕・山崎福也の外角攻めを引っ張らなかった。わずかに中に入った速球を、センター返しのような素直なスイングで左中間スタンドにライナーで持っていった。

 その「成功体験」が下地にあったからだろう。次の右中間三塁打も、最後の打席のあわやバックスクリーン弾のセンターフライも、決して引っ張り過ぎず、フラットな打ち方でベストに近い打球につなげていった。

「ウチは上下関係なしのノビノビムードの野球部でして…」

 以前、村上の恩師にあたる九州学院高・坂井宏安監督が、こんなことをおっしゃっていた。

「今の村上には、自分で状況を見極めて、どう対処すればいいか、考える力が備わってきているように見える。打ち損じた次の打席は、修正がきっちり出来ているし、上手く打った次の打席は、前の打席の教訓を生かして、あおられることなく、理にかなった打ち方が出来る。もともと、指示待ちはイヤなほうでしたからね。自分で考えて、原点に戻りながら打てているから、大きく崩れることはないんじゃないですかね」

 絶対的4番打者として、打線の牽引役を期待されたこの日本シリーズ。

 間違いなくあったはずの計り知れないプレッシャーの中で、シリーズ前半はなかなか村上選手本来のスイングが体現できずにいたが、それでも、打ち損じたといえば悔しがり、チームメイトが快打を飛ばしたといえば、自分のことのように喜んでベンチを鼓舞する。そんな姿が、テレビ画面からも見てとれた。

「喜怒哀楽がはっきりしてるっていうのも、高校に入ってきた頃からありましたね」

 坂井監督の話は、村上の人となりにまで及んだ。

「ウチの野球部は、上下関係なしのノビノビムードの野球部でしてね。そのせいか、プロでも、すぐ先輩の中に入って、自分から話しかけてやってたらしいですね。まあ、最初はなれなれしいと思われたかもしれんですが、あいつは、相手目線で話せるっていうか、そのへんの感覚がいいんですね。ここにいる時も、宗さん、宗さんって、後輩たちからは慕われて、先輩からは一目置かれる……それでいて、決して浮いた存在じゃない。ああいうのが、大物って、いうんでしょうね」

ヤクルト関係者「あるタイミングでサッと“タメ口”にきり替えてくる」

 思い出したことがある。

 村上宗隆がマスクをかぶっていた頃だから、2年生の時だ。

 熊本・藤崎台球場。外野を破られてピンチを迎えた場面で、マウンドに向かった村上捕手が、打たれた投手に言葉をかけるより先に、やや緩慢な動きで長打を許してしまった外野手に向かって、マウンドから大声で叱責している。

2016年、九州学院時代の村上宗隆(高2) ©BUNGEISHUNJU

 1つ上の先輩外野手に向かって、あの剣幕は、決して「注意喚起」などではない。叱りとばしていた。

「村上って、ああ見えて、人当たりっていうんですか、人との距離感作るのが、すごく上手でね……」

 あるヤクルト関係者の話はこうだ。

「最初は、当然、敬語で礼儀正しい感じで接してくるんですけど、あるタイミングでサッと“タメ口”にきり替えてくる。そのタイミングが絶妙なんですよ。さりげなく、相手を不快にさせず、いつの間にか自分のまわりにそういう雰囲気を作っている……そういうのって、彼のバッティングの状況判断の良さと、やっぱり関係あるんですかねぇ……」

 そこのところは、たぶん本人に訊いても、「わかりませんねぇ」ぐらいなのだろうが、そういう部分はやはり「人間的センス」というやつなのだろう。

 目一杯、気を遣っていても、人との関係をしくじるのが人の世なのに、なんともうらやましい「才能」の持ち主じゃないか。

 なんとなく人なつっこくて、そこはかとなく愛嬌もあって、それでいて、決して媚びていない。

 大奮闘のシリーズ制覇に、乾杯だ!

©Naoya Sanuki

文=安倍昌彦

photograph by Sankei Shimbun