放物線が左中間フェンスの向こうへ溶けていく。

 その場にいた誰もが、明らかに次元の違う打球を見た瞬間に「ホームランだ」と確信したに違いない。打った本人は「当たり前」という風情でダイヤモンドを一周し、バックネット裏に陣取る保護者は歓喜しながらも、どこか「さすが浅野くん」と見慣れたような雰囲気があった。

 11月3日、大手前高松高校野球部グラウンドでの練習試合。高松商の浅野翔吾(2年生)が放ったこの日2本目、高校通算39号となるホームランだった。

浅野が“怪童”たる理由

 浅野は香川が生んだ怪童である。

 身長171センチ、体重86キロ。そのずんぐりとした体格は、「怪童」のイメージとはそぐわないかもしれない。だが、その口から語られるエピソードの数々は、怪童らしさにあふれていた。

 小学生時代にどれくらいホームランを打っていたかと聞くと、浅野は淀みない口調でこう答えた。

「4年生からホームランを打ち始めて、4年の時は24本、5年の時は26本、6年では45本でした」

 なぜ記憶しているかというと、年末に少年野球チーム内で本塁打数が発表されていたからだという。少年野球のため大部分がランニングホームランとはいえ、小学通算95本塁打は驚きの数字だ。ちなみに、野球を始めたのは小学3年からである。

 中学では軟式野球で通算55本塁打。本人によるとランニングホームランは「3本くらい」で、あとはすべてサク越え。侍ジャパンU-15代表にも選ばれている。

 小・中学合わせて150本もホームランを打っていれば、自然と周りから怪童扱いを受けるようになる。

地元で遠征費のカンパを募る→多くの地元住民が協力

「期待してるよ」

「プロに行けるように頑張れ」

 大人からそんな声をかけられることも珍しくなかった。中学3年時には県外の名門私学から勧誘がきた。「まさか誘いがくるとは」と舞い上がる浅野に、父・幹司がこんな言葉をかけた。

「県外の高校に行ったら、お世話になった人が直接見に来られなくなるぞ。レグザムスタジアム(香川県営野球場)なら土日に来やすいし、応援してもらえる場所でやったほうがいいんじゃないか?」

 それまで浅野が受けていた応援は、ただの応援ではなかった。中学3年時、浅野が所属する高松市立屋島中学校が全国大会(全日本少年軟式野球大会)に出場することになった。横浜スタジアムで開かれる大会に参加するため、地元で遠征費のカンパを募ったところ、多くの地元住民が協力してくれた。浅野が当時を振り返る。

「屋島は応援してくれる人が多くて、行きつけの店に募金箱を置いてくれたりして、お金がたくさん集まったんです」

 そして、浅野はしみじみと「すごく温かみのある人たちです」と続けた。

 父の助言に同意した浅野は、地元の伝統校・高松商に進む。高松商は長尾健司が2014年に監督就任後、2016年春のセンバツで準優勝するなど復権を果たしていた。長尾が打撃指導に定評があることも、浅野にとっては決め手になった。

 入学してすぐの練習。フリー打撃で浅野がレフト方向に放った打球は96メートル先にそびえる数十メートルの高いネットを飛び越え、道路を挟んで建つ中学校の窓ガラスを直撃した。飛距離がさらに伸びた現在は、「中学校の屋根まで飛ぶようになったので、窓ガラスを割らずにすみます」と浅野は笑う。

浅野のバッティングフォーム ©Takahiro Kikuchi

なぜ、身長171センチの体で飛距離を伸ばせるのか

 なぜ、体格的に恵まれているとは言えない浅野は飛距離を伸ばせるのか。浅野は高校入学後、長尾から指導された「縦振り」を要因に挙げる。

「長尾先生に中村剛也さん(西武)のバッティング動画を見せていただいたんです。中村さんは高めの球も低めの球も、ボールに対してバットを縦に入れていました。この打ち方を意識するようになって、とくに低めのボールが得意になりました」

 ボールに対して縦にバットを入れ、打球に強烈なバックスピンをかける。そんなイメージでスイングすると、打球は面白いように飛んでいった。猛烈なフルスイングのイメージが強い浅野だが、こと本塁打に関しては意外と力感なく運ぶようなスイングが多い。今夏の甲子園・智辯和歌山戦で中西聖輝から放ったホームランも、低めのスライダーを「縦振り」してレフトスタンドに運んだものだ。

阪神ドラ1森木から3安打

 打者として自信を深める大きなきっかけもあった。高校1年秋の四国大会。高知高・森木大智(阪神ドラフト1位)との対戦である。

「中学の頃から世代ナンバーワンのピッチャーで対戦したいと思っていました。こういう人を打てなければ、上のレベルでは活躍できない。全国トップのピッチャーと戦って、自分の実力を確かめたかったんです」

 ピッチングマシンの球速を150キロに設定して打ち込み、森木対策を万全にして臨んだ。実際に打席に入ってみると、浅野は森木のボールにたじろいだ。

「ストレートの質、変化球のキレと他のピッチャーとはまるで違いました」

 そんな1学年上の逸材から、浅野は3安打を放つ。森木のストレートを意識するあまりタイミングを早く取りすぎて、剛速球を泳いでレフト前へ持っていくシーンもあった。

 チームも5対2で快勝。森木との対戦を経て、浅野は「自分もプロに行けるかもしれない」と手応えを得た。

 その一方で、幼少期から怪童として名を馳せる浅野に対して、まともに勝負してくる投手も少なくなってきた。とくに死球を受ける場面が増えている。公式戦だろうと練習試合だろうと、容赦なく危険なボールを浴び続けている。監督の長尾は「全国で一番当てられているんじゃないですか」と語りつつ、こう続けた。

「松井秀喜(元ヤンキース)の高校時代みたいに、そっとバットを置いて一塁に行くような選手にならないかんと話しているんです」

 本来ならば内角とは、コントロールできる自信のある投手が投げることを許されるコースのはずだ。だが、浅野に対して「当ててもいいから厳しいところを突こう」という心境で投げ込んでいる投手もいるのだろう。

「部内でも『人間じゃない』って言われますよ」

 人間は一定のレベルを超越していくと、人間扱いされなくなるものなのかもしれない。そんな話をしていると、浅野は苦笑いを浮かべながらこんな話をしてくれた。

「部内でも『人間じゃない』って言われますよ。いい意味なのか、ディスられてるのかわからないですけど。よく『ゴリラ』とか『ケモノ』とか言われますから」

 浅野が優れているのは打撃だけではない。手動ストップウォッチで50メートル走5秒9を計測した快足に、精度に課題を残すものの捕手経験者らしい強肩もある。さらに浅野はユニークな言い回しで自分の長所をアピールした。

「普段は人間として生きてるんですけど、野球してる時は野性的な動きを見てもらいたいです」

 以前までは狙い球を絞っていた時期もあったが、今は「絞っているヒマがあったら来た球を全力で打つ」と体の反応に任せている。今夏にはホームランを放ち、「スライダーを打てた」と思って映像を見たら、実際にはストレートだったこともあった。

「どの球が来ても、芯に当たったら一緒ですから」

 そんな言葉には、浅野の独特な感性がにじんでいる。

スイッチヒッターに挑戦中「右も左も変わらない」

 そして浅野は今、さらなる独自の道を歩んでいる。スイッチヒッターに挑戦しているのだ。

 中学時代から「バランスを整えるため」、左打席でもスイングをしていた。だが、最近になって「左でも案外打てるな」と本格的にスイッチヒッターを練習するようになったという。浅野はこともなげに言う。

「飛ばし方は右も左も変わらないですから」

 ただし、今のところ左打席に入るのは「右打席の状態がいい時」と決めている。「打てない状態で左にすると感覚が狂うので」と浅野は言う。

 日本では、長距離砲でスイッチヒッターに転向する例は非常に少ない。筒香嘉智(パイレーツ)が横浜高時代にスイッチヒッターとしてプレーした時期があったくらいだろう。浅野はその前例も知っていた。

「右だと流し打ちは得意じゃないんですけど、左ならインコースのボールを開きながらレフトに持っていくこともできます。技術の引き出しも増えるので、上でもスイッチを続けたいと思い始めています」

「飛ばし方は右も左も変わらないですから」 ©Takahiro Kikuchi

監督「普通に試合できていたら80本は打っています」

 年内の対外試合を終えた段階で、高校通算本塁打は44本に達した。しかも、3本は左打席で放ったものだという。

 だが、監督の長尾は本数について不満そうな表情でこう語る。

「ウチは公立だから、この2年はコロナの影響で練習試合が全然できなかったんです。例年より半分くらいの試合数だったので、普通に試合できていたら浅野なら80本は打っていますよ」

 現時点で浅野は高卒でのプロ入りを目指している。「1試合に1球くるかどうか」という甘い球を確実に仕留めるため、ひと振りの精度にこだわって振り込んでいる。

「吉田正尚さん(オリックス)や森友哉さん(西武)のように、この身長でも夢を与えられる選手になりたいです」

 生涯通算本塁打194本。小さな体に大志を抱き、香川が生んだ怪童は新たな伝説を作ろうとしている。

文=菊地高弘

photograph by Takahiro Kikuchi