1987年の箱根駅伝初回テレビ放送から、8年間センター実況を担当し、その後もアナウンサーとして箱根に携わり続けた小川光明さん。そんな箱根のレジェンドが未だに忘れられないレースがあった。そして、これからも続いていく“箱根放送”に向けて、後輩たちへ送ったメッセージとは――。(全3回の3回目/#1、#2へ)。

初代実況者の脳裏に焼き付いた「徳本、中村の大ブレーキ」

 3回目の放送となる第65回大会からは全区間の生中継が実現。小川さんはセンターを退いてからも、スタートやゴール地点での実況、またインタビュアーとして長く中継に携わった。もはや新春の風物詩と言っても過言ではない箱根駅伝。小川さんの脳裏に今も鮮明に焼きついているシーンとはどのようなものだろう。

「やっぱりね、アクシデントはよく覚えてますね。2区を走る選手はエースと呼ばれるんだけど、そんな彼らでも4年間走ったら1回は失敗するんです。法政大の徳本(一善)君も大ブレーキを起こしたし、山梨学院大の中村(祐二)選手もそうでした。監督がもう走らなくて良いというのに、一生懸命に襷をつなごうとする。ああいう姿は見たくないという声も聞くんだけど、あれも駅伝の厳しさで、私は良いと思うんですね。全力を出し切って倒れ込んでしまう選手がいる。どれだけ準備をしても、ケガで残念な結果に終わることもある。それはそれで仕方ないじゃないか、と私は思います」

 第78回大会の2区で途中棄権した徳本は今年、監督として初出場の駿河台大を率い、長い歴史に新風を吹き込んだ。第72回大会、中村は当時3年生で、4区で途中棄権をした。だが翌年、2区を志願して走り、今度は気合いの入った丸坊主姿で8人抜き区間賞の活躍でその雪辱を果たしている。

 テレビの演出ではなく、選手自らが紡ぎ出す熱いドラマであるからこそ、箱根駅伝は見る者の心を打つのだろう。

第79回大会、2区で8人抜きの快走を見せた中村祐二 ©KYODO

アクシデントを伝える時の心境「上手い表現はできない」

 小川さんはアクシデントを伝える際の心境についてこう語る。

「アナウンサーの気持ちとしては、なかなか上手い表現はできないですね。『足が動いてない、前に進めるか』とただ事実を述べるしかありません。加えるなら、中継所では誰が待っているかを伝える。汗がしみ込んだ襷の重さは、駅伝においては特別ですから」

 自身が実況を務めた中で、もっとも印象深いレースについて訊ねると、こんな答えが返ってきた。

もっとも印象深かったレースとは?

「今年は青山学院大が大会新記録を出しましたけど、私がやっているときにも山梨学院大が初めて11時間を切るすごいタイムで走ったんです。ケニア人留学生のマヤカがいて、あの中村が1年生で区間賞を奪った。初出場からわずか8年目での快挙でした」

 そして、懐かしそうに記録が出た瞬間のことを振り返る。

「あの時もそうでした。11時間を切りそうだというのは時計を見てわかっていたんですけど、センターの私がそれを言うのは僭越だと。それで『1号車の芦沢(俊美)さん、どうでしょう、かなりの記録が出そうじゃないですか』と先頭を車で追いかけていた芦沢アナに話を振ったんです。芦沢さんはもう亡くなったんですけど、あの時のことを振り返って、『良いタイミングで来たなと思いました』って笑ってましたね」

「私たちの時代は駅伝と言えば男のスポーツ」だったが…

 スタジオでマイクを持つセンターの役割は、たとえるなら司令塔だろうか。刻々と変化するレース状況を的確に掴み、味方に良いタイミングでパスを送る。実況がスムーズに流れるよう、目配り、気配りを施す。これまでにはきっと、会心のゴールと言えるような実況もあったことだろう。

「いやあ、それはないです(笑)。中継が終わって、今日の出来はどうだったかな。80点はいけたかな。やっぱりいけてないな。そんな風に考えます。私だけでなく、どのアナウンサーも満点と言える人はいないと思いますよ」

 自身への評価は辛口だが、後輩たちに向けるまなざしは優しい。今年見た箱根駅伝の話題になると、こう言って、後輩たちの仕事振りを讃えた。

「私たちの時代は駅伝と言えば男のスポーツで、女子のアナウンサーが声を出すことはなかったんです。それが70回大会を過ぎた辺りから徐々に任せる場面が増えてきて、今は優勝監督インタビューなどは女性が務めている。今回もそれを見て、ああよく勉強しているな、良いテンポでやっているなと思いました。ああいう場面で延々と話を引っ張るとどんなスポーツでも間が悪くなる。そんな心配は皆無でしたね」

 小川さんが現役時代、実況で心がけていたのは次のようなことだった。

「スポーツ中継でも、ニュースを勉強しないと良い実況はできません。歴史を学んだり、記録を掘り起こしたり、勉強した中から少し遊び心も入れてね。ちょっと粋なひと言を挟むとか、そんなことはよく考えてましたね。

 そして、実況は抑え気味に入ること。良い場面が来れば自然とテンポが上がるんだから、序盤で飛ばすとうるさくなる。つい最近も、私より先輩のアナウンサーが『ずっとハイトーンで行かれるとうるさいね』と話してましたが、身に覚えのある現役のアナウンサーにはちょっと考えてもらいたいです(笑)」

箱根実況の伝統「ランナー全員をフルネームで伝える」

 変わりゆくもの、変わってほしくないもの、箱根実況の礎を築いた年長者だからこそ、伝えたいメッセージがきっとあるだろう。

 受け渡したい実況の襷には、どんな思いが込められているのか。小川さんが静かな口調で話す。

「私たちが始めたころは、この中継で箱根駅伝をまったく知らない方にも楽しんでもらいたいという思いがあった。それが今、見る人の方にもどんどん知識が増えてきて、より深い情報を求めているところがある。専門的なことは解説者に任せた上で、もっと興味を持ってもらえるように実況者もよく勉強しなければなりません。

 それと当時、私たちアナウンサーがこれだけはやろうと主張したのが、出場したランナーすべての名前をフルネームで伝えることでした。どうしても5番手以降の大学は映る場面が少なくなるけど、彼らにも見守っている仲間や家族が必ずいる。テレビで名前を呼ばれれば、親戚だって喜んでくれるでしょう。だから、中継点や通過ポイントのどこかで必ず選手全員を紹介しようと。これは良い伝統だと思いますから、ぜひ続けていってもらいたいですね」

 日本テレビが箱根駅伝を映すようになってから35年余りが過ぎた。再来年には、記念すべき第100回大会を迎える。記録にはつねに更新の可能性があるように、実況もまた時代の要請とともに進歩し続けていくのだろう。

 小川さんの話を聞いて、来年の箱根実況を聞くのがまた楽しみになった。

 ※参考文献 「箱根駅伝」不可能に挑んだ男たち 原島由美子

文=小堀隆司

photograph by JIJI PRESS