一昨年の春、筆者はある球場で、独立リーグの幹部から恰幅の良い年配の男性に引き合わされた。阪急ブレーブスなどで活躍した加藤英司さんだった。

 南海ファンだった筆者は、全盛期の加藤英の勝負強い打撃を本当に憎らしく思った。最晩年、南海に移籍した加藤英は、若手投手の速球をなかなかとらえられず、大阪球場の左翼席に何球も当たり損ねのファウルを放った。そんな話を加藤さんにすると「お前さんも相当の年齢じゃのう」と笑われた。

 数年前、宮崎の巨人春季キャンプの受付で、年頃で言えば70年配の長身の紳士が「どちら様でしょう」と止められているのを見かけた。日本人初のメジャーリーガー、マッシーこと村上雅則さんだった。若いスタッフは知らなかったのだが、周りの記者が「村上さんだよ」と口添えをしてパスを発行された。マッシーさんはにっこり笑って「帽子貰ってくね!」とGマークのキャンプ用キャップを被った。

©Getty Images

 これも数年前、筆者はある雑誌に「高橋ユニオンズ」の歴史について書いたが、校了前に電話がかかってきた。ユニオンズOBの佐々木信也さんからだった。

「いいかい、君は高橋ユニオンズは大映スターズと合併した、と書いているけど、そうじゃないんだ。ユニオンズは1957年3月6日、岡山の球場で解散したんだ。このあたり、はっきりさせないと!」

 加藤英司も、村上雅則も、佐々木信也も、筆者が子どものころからテレビや新聞で名前を見聞きし、あこがれの気持ちを抱いてきた野球人だ。身近に接すれば、いい年をした今でも胸が高鳴る。そして3人ともに「日本プロ野球史」に鮮やかな歴史を刻んだ人たちだ。しかし残念なことに、3人とも野球殿堂入りしていない。

2000安打を放った選手もエントリー資格を失った

 それ以外にも、プロ野球史に残る多くの選手が殿堂入りしないままプレーヤー表彰のエントリー資格を失っている。

 2000安打以上の選手でいえば、土井正博、柴田勲、谷沢健一、前出の加藤英司、有藤通世、藤田平、新井宏昌、昨年鬼籍に入った大島康徳もその1人だ。

 投手は200勝以上では江夏豊だけだが、200勝未満で各チームのエースとして活躍した選手では、土橋正幸、足立光宏、佐藤義則、松岡弘などの一時代を作った投手が殿堂入りしていない。

 さらに言えば前出の村上雅則は、日本出身選手初のメジャーリーガーであり、野茂英雄のはるか前に日米の野球の違いを体現したパイオニアだった。佐々木信也は「プロ野球ニュース」という革新的なスポーツニュース番組のメインキャスターとして、プロ野球の魅力を全国に広げた。

 野球人だけではない。

 プロ野球記録の魅力を多くの野球少年に植え付けた「記録の神様」宇佐美徹也さん、『江夏の21球』などのドキュメントでファンの胸を震わせた山際淳司さん、さらにはリアルな野球漫画で子どもも大人も魅了した水島新司さん。1月10日の訃報は多くのファンを嘆かせた。

 日本野球はこうした有名人、そしてはるかに多い無名の人々たちが活躍することでここまで続いてきたわけだ。

できる限り「存命中」に表彰してあげてほしい

 何らかの意味で野球史に貢献した人たちは、出来る限り多く野球殿堂に名を刻むべきだと思う。

 一方で、数字的にはやや足りないような選手も、殿堂入りしている事実がある。とはいえそれらの選手も、もちろん記憶に残る活躍をして野球史に名前を刻んだのだ。だから殿堂入りすることに全く異論はない。しかしそうした野球人が殿堂入りするのなら「この人たちも」選ばれてしかるべき、という気持ちを抱いてしまう。

 誰でも彼でも殿堂入りしてOKと言いたいわけではないが、球史に名を残すべき人は、出来るだけ殿堂入りさせるべきではないか。それもできれば「存命中」に。「死んで花実は咲くものか」である。

 比較として、MLBの野球殿堂について紹介する。日本同様、全米野球記者協会(BBWAA)に所属する記者の投票で殿堂入りを決めている。その基準は大変厳しくて、200勝しても複数のタイトルホルダーでも、殿堂入りするとは限らない。

2021年9月、1年延期となった殿堂入り式典に出席したジーター ©Getty Images

 しかし一方で、殿堂入りを逃した選手に対しても、歴史的な再検証を絶えず行って、埋もれた野球人に再脚光を当てる努力をしている。それを担っているのはベテランズ委員会(Veterans Committee)だ。

 その顔触れも選考基準も度々変わったが、現在は、1871年〜1949年(Early Baseball)、1950年〜1969年(Golden Days)、1970年〜1987年(Modern Baseball)、1988年〜(Today's Game)の4つの時代区分で、殿堂入りから漏れた選手を再評価している。

 かつて存在した「ニグロリーグ」について、MLBは近年「メジャーリーグに相当するリーグ」と公式に定めて、ある時期以降のニグロリーグの記録をMLBの通算記録に加算した。それに伴って、はるか前にこの世を去ったニグロリーガーを殿堂入りさせている。

 アメリカにとって「野球の歴史」は「文化遺産」と言ってもよい大切なものだ。それだけに常に球史を発掘し、磨き込んで、よりよいものにしようとしているのだ。

日本の殿堂入りで残念なことが2つある

 日本の野球殿堂の表彰委員各位も、おろそかな気持ちで選考しているわけではないとは思う。ただ残念なことに、表彰委員の中には与えられた投票権を十全に行使していない人もいるのだ。

 例えばプレーヤー表彰では、表彰委員は7人まで票を入れることができる。

 今年の表彰委員は363人だったから、投票総数は2541票になるはずだが、実際には81%に当たる2062票だった。1人平均5.7票。

 またプレーヤー表彰から洩れた野球人を再度選考するエキスパート表彰の表彰委員は、今年、5人から6人に票数が増えた。これによって1人平均の票数は2021年の4.2票から4.6票に増えたが、それでも満票の77.4%に過ぎなかった。そしてエキスパート表彰での選出は2年連続でなかった。

「いやそうは言っても、殿堂入りの資格ありと判断できる野球人がそれだけしかいなかったんだから」

 と言うかもしれないが、委員個々の見識はあるにせよ、客観的に見て数字がレベルに達しているなら票を入れるべきではないかと思う。特にエキスパート表彰の対象者は高齢化しているのだ。

投票に参加していない委員がいるという事実

 もう一つ残念なのは、エキスパート表彰で150人中4人、アマチュア野球人などを選出する特別表彰では14人中3人の表彰委員が、投票に参加しなかったこと。

 今季、野球殿堂博物館は初めて、競技者表彰の表彰委員のリストを発表した。その中には新聞記者などとともに殿堂入りした先輩野球人の名前もあった。

 MLBでは殿堂入りした野球人が選考委員になることについて「自分の価値を維持するために殿堂入り野球人を選出することに消極的なのではないか」との意見が出ているが、そうした疑念を抱かせないためにも積極的に投票権を行使してほしい。

 野球殿堂入りは、すべての野球人にとって最高の栄誉だ。小さい頃から野球一筋に打ち込んで競争に打ち勝った選手の中でも、ほんのわずかしか選ばれることはない。

 そして下世話な話かもしれないが――「殿堂入り」の肩書が付けば、名誉以外のメリットもある。講演料も上がるし、社会的ステイタスも上がるのだ。

野球史を作り上げた偉大な野球人に、1人でも多く名誉が与えられてほしいところだ ©BUNGEISHUNJU

“球史に貢献した野球人を1人でも多く”殿堂入りを

 プロ野球の選手年金制度は2011年に破綻している。MLBでは10年以上プレーすれば60歳から楽に生活できる年金をもらえるが、NPBの選手はひとたび球界を離れれば、何の補償もなくなる。名のある野球選手でも事業に失敗するなどして、経済的に困窮するケースが少なくない。

 見方を変えれば、殿堂入り表彰は、野球界に大きな貢献をした野球人に、ステイタスを付与することで一定の利得を与える制度と言えなくもない。

 NPBのプレーヤー表彰で、表彰委員が投票することができる人数は、7人ではなくMLBと同じ10人に引き上げるべきだろう。

 またエキスパート表彰、特別表彰についても「表彰委員は、厳しい基準で殿堂入り候補をはねつけるためにいるのではなく、球史に貢献した野球人を1人でも多く殿堂入りさせるために存在している」のを再確認すべきではないか。

 40歳代で早々に殿堂入りする野球人がいる一方で、その選手とそん色ない成績を残しているのに、70歳代半ばで殿堂入りを、心待ちにしている野球人がいる、半ばあきらめながら――という現実をできるだけ速やかに解消してほしい。

 野球を愛するファンの一人として、切に願う次第だ。

文=広尾晃

photograph by Kyodo News/Sports Graphic Number