兄あるいは父と慕ったコーチ、マリアン・バイダとの契約をノバク・ジョコビッチが打ち切った。'17年春からの1年間を除き、キャリアのほとんどをともに歩んだ師、また盟友である。

 ジョコビッチは公式サイトに「僕のキャリアで最も重要で印象深い瞬間にそばにいてくれた。15年間の友情と献身に感謝する」と思いを綴り、バイダは「彼が今のような選手に成長する過程を見られたことは幸運だった。一緒に過ごした時間を誇りとともに振り返ることになるだろう」と述べた。

 1月の全豪でジョコビッチは新型コロナのワクチン接種をめぐって騒動を起こしたが、公式発表では昨年のシーズン最終戦のあとに契約を終えたとしており、これが正しければ全豪での騒動は離別と無関係だ。

 ジョコビッチの心技体を支えたのがバイダを扇の要とするチームだ。優勝した'19年楽天オープンの表彰式は印象的だった。陣営は歓喜に沸いたが、準優勝の選手がスピーチを始めた瞬間、談笑がピタリと止み、直立不動で聞き入った。勝ち負けに直接関係することではないが、規律の厳しさとスポーツマンシップを尊重する姿を見て、このチームあってのジョコビッチなのだと納得した。

バイダから離れ迷走した過去も

 '16年全仏で生涯グランドスラムを達成したジョコビッチは、モチベーションを失い、不振に陥った。業を煮やした当時のボリス・ベッカーコーチは'16年末にチームを去った。'17年春には、あろうことか、バイダがチームを追われる。ジョコビッチは「変革が必要だった。ショック療法だ」とうそぶいたが、迷走状態にあるのは明らかだった。

 その後、アンドレ・アガシらをコーチに迎えたが、意見の食い違いも多く、ジョコビッチはのちに「疑いと苛立ち、失望の時間だった」と振り返った。トンネルを抜けたのは、3年ぶりに優勝した'18年のウィンブルドン。同年4月にバイダをコーチに呼び戻してからわずか3カ月後のことだった。

 歴代最長の361週にわたって守り続けた世界ランク1位から陥落するなど、ジョコビッチは今、歯車が狂い始めている。ゴラン・イワニセビッチコーチやフィジオはチームに残るようだが、バイダの助けを借りずに復調できるのか。再び「苛立ちと失望」の時間を過ごすことにならなければいいのだが。

文=秋山英宏

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