放馬によりスタートが15分も遅れるアクシデントがあったなか、タフな戦いを制したのは、鋼の心臓を持つ黒鹿毛の女王だった。

 第83回オークス(5月22日、東京芝2400m、3歳牝馬GI)で、クリストフ・ルメールが騎乗した3番人気のスターズオンアース(父ドゥラメンテ、美浦・高柳瑞樹厩舎)が外から豪快に伸びて優勝。桜花賞につづくGI2勝目をマークし、史上16頭目の牝馬クラシック二冠馬となった。

 なお、単勝1番人気に支持されたサークルオブライフは12着に敗れた。これで年明けからのGI1番人気連敗は「9」となり、またもワースト記録を更新してしまった。

顔を蹴られ放馬…なぜスタートは15分も遅れたのか?

 スタート前の輪乗りで、他馬に顔を蹴られたサウンドビバーチェが立ち上がり、騎手を振り落として走り出した。カラ馬となった同馬は、4コーナーから3コーナーのほうへと走って行き、係員につかまえられた。

 放馬した馬は、馬場を1、2周することもあるが、サウンドビバーチェは半周どころか、3分の1も回っていなかった。

輪乗りで他馬に顔を蹴られ、放馬したサウンドビバーチェ ©Keiji Ishikawa

 それなのに、グレード制導入以降最長という15分もスタートが遅れたのは、放馬したのが発走直前だったからだ。

 放馬の多くは、発走時刻まで余裕のある馬場入り直後に起きる。そこから馬場を1周するほど走ったとしても、定刻どおりにスタートできることもあるし、遅れたとしても数分で済む。

 しかし、今回は悪い条件が重なってしまった。オークスの出走馬はみなデリケートな3歳牝馬で、東京芝2400mはスタンド前からの発走となる。そこに、久しぶりに約3万人という観客が入った。人が多いわりに静かなので、ターフビジョンで流された映像の音声なども大きく響くという、若駒たちが経験したことのない環境になってしまった。

“メンタル耐久レース”で複数馬がスタート前に脱落

 蹴られて放馬し、競走除外となったサウンドビバーチェは気の毒だったが、待たされた馬たちにとっても、あの時間は大きなストレスになった。ゲートが開く前から、メンタル面での耐久レースが始まっていたと言える。

 どの馬も、ゲート裏で輪乗りが始まるとスタートが近いということを理解している。なのに、なかなかゲートに誘導されず、輪乗りをつづけさせられた。こうなると、神経質すぎたり、我慢強さが足りなかったりする馬はイライラして脱落してしまう。

 1番人気のサークルオブライフは、ゲートが開くとアオるように出て、両側から挟まれて後ろの位置取りになった。そのまま本来の末脚を繰り出すことができず、12着に終わった。騎乗したミルコ・デムーロはこう話した。

「ゲートのなかでイライラしていました。最初から脚が出て行かなくて、反応がよくありませんでした」

 そうなってしまったのは、ゲートに入る前にメンタル面で消耗していたからだろう。

15分遅れたオークスの発走の瞬間。その時すでに、メンタル面で脱落している馬も複数頭いた ©Keiji Ishikawa

 1枠1番から出た武豊のウォーターナビレラも、デビューから初めての2桁着順となる13着に惨敗した。「ゲートで待たされて突進したのがすべて」と武が話したように、この馬の戦いも、スタート前に終わってしまった感がある。

 奇数枠はゲートに先入れとなる。今回は、放馬による待機のあと、二重に待たされることになった。オークスで1番枠から76年も勝ち馬が出ていないのは、ゲート内で待たされることも関係しているのかもしれない(ほかの奇数枠も同じ条件ではあるが)。

スターズオンアースはゲート内でのストレスが少なかった

 勝ったスターズオンアースが引いたのは、大外18番枠だった。昨年までの10年で3着以内が1頭もいない鬼門の枠だったのだが、強靱な精神力でジンクスを打ち壊した。

 最後入れではなかったが、それでも後入れの偶数枠なので、最後から4頭目くらいに枠入りした。放馬のアクシデントで待たされたあとだけに、狭いゲートのなかではなく、外で待機できたことは大きい。

強靭な精神力でレースに競り勝ったスターズオンアース ©Keiji Ishikawa

 スターズオンアースは、桜花賞の直線で、何度も他馬と接触しながら怯むことなく突き抜けたように、非常にメンタル面が強い。元々ハートの強い馬が、ゲート内でストレスを受ける時間が短く済んだのだ。

 ゲートが開く前の段階で、かなり有利な立ち位置にいることができた。

 道中は縦長になった馬群の中団につけ、直線で外に持ち出された。ラスト400m付近では先頭から6馬身ほど離されていたが、ルメールの右鞭を受けてストライドを伸ばす。ラスト200m付近で、また手前を左にスイッチするとさらに加速し、2着のスタニングローズを1馬身1/4突き放してゴールした。

 勝ちタイムは2分23秒9。上がり3ハロンはメンバー最速の33秒7だった。

©Keiji Ishikawa

ルメール「お待たせしました」

 テン乗りでオークスを制したルメールは、馬上で拳を握りしめた。現役最多タイのオークス3勝目となったわけだが、意外にも、これが今年のJRA重賞初勝利でもあった。

「このステージに(立つのは)久しぶりです。お待たせしました」

 勝利騎手インタビューでそう言い、笑顔を見せた。

「馬の状態はすごくよかったです。18番枠から結構大変なレースになりました。最初は優しく乗りたかった。最初から冷静に走って、最後はすごくいい脚を使ってくれました。彼女の血統はスタミナがあるので、距離は心配していませんでした。1600mでも2400mでも勝ったので、2000m(の秋華賞)も勝つことができると思います」

 ルメールは、2代母スタセリタ、叔母のソウルスターリングにつづき、この母系だけで日仏のオークスを3勝したことになる。

©Keiji Ishikawa

「相当精神力が強い」今後が楽しみになった一頭

 2着は10番人気のスタニングローズ。2番枠から好位で流れに乗り、力を出した。

 3着は8番枠から出た横山武史のナミュール。「折り合いが課題なので返し馬から工夫した」と横山。発走時刻までゲートに戻ってくることができるのかと、見ていて心配になるほど遠い2コーナーまで返し馬をし、兄の横山和生が乗るライラックと一緒にスタンド前の外埒沿いをゆっくり戻ってきた。馬に観客をじっくり見せて、拍手や歓声が聞こえても心配ないことを教え、この状況で走ることを納得させたのだろう。

 掲示板に載った5頭のうち、奇数枠は4着のピンハイ(15番)だけだった。キャリア4戦目でありながら、先入れでこれだけ頑張ったのだから、相当精神力が強い。今後も楽しみな一頭だ。

文=島田明宏

photograph by Keiji Ishikawa