東大生が本気でサッカーについて考えたら、何が起こるのか?

東京大学ア式蹴球部テクニカルユニットには、現在約20名の戦術分析スタッフが在籍している。これはプロ・アマ含めて国内トップクラスの規模だ。また彼らは現役の学生でありながら海外のクラブとパートナーシップを締結し、すでに“世界”で仕事をしている。

同テクニカルユニットで3年時にデータ分析長を務めた“きのけい”こと木下慶悟さんは、『footballista』などのサッカーメディアで解説記事も執筆している。彼は東大でどんなことを学び、サッカーへの見識を深めているのだろうか。(全2回の1回目/後編へ)

知られざる「東大のサッカー分析班」の仕事とは

――ア式蹴球部のテクニカルユニットでは、具体的にどんな分析を行っているのでしょうか?

「大きく3つのセクションに分かれていまして、1つめは相手を分析する『スカウティング』。2つめは俯瞰的に進行中の試合を分析して、ベンチにいる選手や監督に映像を踏まえて状況を伝える『リアルタイム分析』。そして3つめは、終わった試合の情報から自チームを研究する『データ分析』です。僕は昨年度までデータ分析長をやっていました」

©Number Web

――Jリーグでは2015年から走行距離やスプリント数などを計測するトラッキングシステムが導入されました。ア式でもそういった機材を使用しているのですか?

「以前はJリーグと比べかなり古いものを使っていたのですが、1年ほど前に多くの方の尽力もあって、最新のGPS機材を導入しました。それまでは選手の位置と心拍数くらいしか出せなかったので、本当に大変だったんですよ(笑)。速度に時間を掛けて全選手の走行距離を算出したり、一定の速度を超えたらスプリントがカウントされるように自分たちでプログラミングしたり……。データを出すだけでもすごく労力がかかっていたので、新しいGPSが導入された時は部員みんなで盛り上がりました」

――秀才ぶりが窺えつつも、等身大の学生らしいエピソードですね(笑)。

「ただ、欲を言えば相手選手の位置がわかるシステムも欲しいですね。GPSをつけるわけにいかないので、今は映像から選手を画像認識させ、位置を落とし込むという作業にも挑戦しています。これらがすべて自動化できたら、選手にデータを解釈して伝えることに注力できるんですよ。いや、今ある機材だけでも十分に贅沢ではあるのですが(笑)」

海外クラブの試合をオンラインでリアルタイム分析

――ア式のテクニカルユニットは、オーストリア2部のFCヴァッカー・インスブルックとパートナーシップを結んでいると伺いました。

「インスブルックのセカンドチームのモラス雅輝監督が、たまたま僕たちの活動を見つけてくれたんです。僕がメインで関わっているわけではないのですが、日本時間の深夜2時にあっちの試合をリアルタイムで分析して、ベンチに伝えたりもしています。今はそうやってオンラインで海外の試合に直接関われるんですよ。

 また、当時2年生だった部員が現地に渡ってトレーニングメニューやメソッドを学んで帰ってきました。分析のときに求められる視点でも感じましたが、日本とサッカーへの考え方が全然違うんです。ザルツブルクやライプツィヒ(ドイツ)などラルフ・ラングニック(現オーストリア代表監督)のスタイルをイメージしてもらえるとわかりやすいのですが、『ボールを奪って何秒で攻撃が完結したのか?』『どの位置でボールを奪われて、いつ奪い返したのか?』など、トランジションのデータを重視しています」

ラルフ・ラングニック ©Getty Images

――想像以上に本格的な提携で驚きました。

「ヨーロッパのトップレベルではデータ分析にお金を惜しまないですが、日本はまだまだそうじゃない。プロでも分析スタッフを大人数抱えているクラブは少なくて、たぶんア式の20人という規模は日本一大きいのでは……と思います。僕たちはあくまでも部活なので、コストをかけずに多くの人間が動けるのが強みなんです。仮にプロで20人も雇ったらかなりの額になってしまいますから。『マリノスでもできなかったリアルタイム分析が、ア式ならできる』とアドバイザーの杉崎健さん(元横浜F・マリノス、サッカーアナリスト)もおっしゃっていました」

――ちなみに、Jクラブからのオファーはないんですか?

「以前にJクラブから分析の依頼を受けたことがあります。日本は分析の分野においてはまだまだ世界に遅れをとっているので、ア式としてもさらに頑張っていきたいところですね」

部活、夕食後にも授業が…東大を目指す進学校での生活

――小中高とサッカーを続けてきた木下さんの選手時代のお話も聞かせていただければ。

「小学校1年生で地元のサッカー少年団に入って、気づいたらセンターバックをやっていました。ずっとセルヒオ・ラモスが好きだったので、FWへの憧れはなかったですね。中高ではキャプテンをやらせてもらっていましたが、特に強いチームではなく……。高校時代は、埼玉の県大会まであと少し、くらいのレベルでした」

レアル・マドリー時代のセルヒオ・ラモス(2021年) ©Getty Images

――学業に力を注ぎながらキャプテンというのは十分にすごいと思います。

「いえいえ。正直、大学入学後は周囲のレベルの高さに面食らいました。加えてアキレス腱や靭帯の怪我を繰り返してしまったので、大学2年になるころに選手としては引退して、テクニカルスタッフ(分析官)に転向したんです」

――進学校でサッカーを続けるのは難しかったのでは? 東大受験前はどういった生活サイクルだったのでしょうか。

「中高一貫で成績順にクラス分けされるような学校だったので、勉強はかなり大変でした。高校時代は朝6時半に起きて自主練して、授業を1限から6限まで受けてから部活に行き、終わったら学食で夕食を食べるんです。その後に特別授業を2時間受けて、家に着くのは10時過ぎ。で、翌朝はまた6時半に起きて……みたいな生活ですね」

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――えっ? 夕食の後にも授業があるんですか?

「はい。部活がない人は、6限が終わった後にも2時間の特別授業がもう1コマ。休日には予備校と提携した授業もありました。“進学校あるある”なのかもしれませんが、塾に通わずとも校内でなるべく完結させようというプログラムです。もちろん希望者だけが参加するものなので、強制ではないですよ」

どれだけ忙しくてもマドリーの試合は見続けた

――小学生のような感想で恐縮ですが、やっぱり東大ってたくさん勉強しないと入れないんですね……。

「そうですね(笑)。東大って天才肌の人が注目されがちですけど、大半の学生はめちゃくちゃ勉強し続けただけの“普通の人”です。でも、親に勉強を強制されていたという人はあまり聞きませんね。僕も強制されたわけではまったくなくて、友達と試験の結果を比べているうちに成績が上がっていった感じでした。そんな負けず嫌いな性格を親も理解して、自然と競い合えるような環境を作ってくれていたんだと思います」

――受験勉強が本格化して以降は、サッカーをする時間もあまりなかったのでしょうか?

「高校2年生の冬に部活を引退して、大学に入学するまではほとんどボールに触っていませんでしたね。でも、どんなに忙しくても大好きなレアル・マドリーの試合だけはすべて観ていました。あと、息抜きに『FIFA』(エレクトロニック・アーツ社のサッカーゲーム)を毎日1時間。誘惑に負けて1時間以上やっちゃう日もありましたけど(笑)」

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――今現在も学業や部活でお忙しいと思いますが、一般的に「大学生」と聞いてイメージするような飲み会や合コンなどに興じることは……。

「あまりそういう機会はありませんでしたし、したいとも思いませんでした。コロナ禍もありましたし、日々の課題や研究もかなりハイカロリーなので……。親しい友人と時々集まって『FIFA』をして、あとは『ドラクエ』にハマっていましたね」<後編へ続く>

文=澤田将太

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