那須川天心との“世紀の一戦”に敗れた武尊。6月27日の会見では心身の回復のための休養を発表した。会見直後、大一番を終えた心境や現在の那須川への思いについて聞いた。《全2回の単独インタビュー/後編に続く》

 格闘家にとって負けは“死”を意味する。武尊はずっとそう考えてきた。

 負けたら終わり。すべてを失う。2012年6月、Krushのリングで京谷祐希にTKO負けを喫したのを最後に、彼は勝ち続けてきた。常に「負けたら引退する」と決めてリングに上がってきた。

 京谷戦の10年後、今年6月19日に東京ドームで開催された『THE MATCH 2022』で、彼はついに敗れた。言うまでもなく、相手は那須川天心だ。立ち技軽量級最高峰の選手同士の対戦は、那須川が1ラウンドに左フックでダウンを奪い判定勝利。勝った那須川も負けた武尊も泣いていた。それだけ重い意味を持つ対戦だった。

©THE MATCH 2022/Susumu Nagao

 試合から8日後、武尊は記者会見を行なった。試合直後、会場のインタビュースペースではまともに話せる状態ではなく、短いコメントを残しただけで取材陣との質疑応答はなかった。そのためファンに気持ちを伝える場を武尊自身も欲したという。

 発表されたのは休養に入ることと、K-1スーパー・フェザー級タイトルの返上。「ケジメをつけるため」であり、自分がベルトを手放すことでK-1の活性化につながればいい、次世代のスターに出てきてほしいという気持ちもあるという。常にK-1を背負ってきた武尊らしい考え方だ。

心も身体も限界…休養は必然だった

 誰が相手でも打ち合って、前に出て、KOを狙う闘いをしてきた。のめり込み、思い詰める性格でもある。試合だけでなく練習も激しい。“10年間負けなし”の代償として、彼は満身創痍になっていた。

 拳の腱を痛め、腰は分離すべり症に。ヒザの靭帯損傷も。「公表するか悩んだんですけど」と前置きして、数年前から精神科に通院していたことも明かした。

「パニック障害とうつ病と診断されていて。昔からうまく付き合いながらやってきたんですが、この数年間は自分の心が耐えられるのかという不安もあって。知らず知らず自分の心が壊れていくのを感じました。格闘家としてだけじゃなく、治さないとこれからの人生が壊れてしまう」

 心も体も限界。夜中に病院に運ばれて「これは自分だけの問題じゃない」とも思った。ケガを放っておくと日常生活に支障が出る可能性もある。休養は必然だった。ただファンにとっても救いなのは、引退を明言しなかったことだ。

「休養は前向きな意味。心と体のコンディションを正常に戻して、そこから新しいチャレンジができたら」

試合が終わった瞬間「これで全部失うんだなって」

 時おり涙も見せながら会見を終えた武尊に、インタビューの時間を取ってもらった。これまで何度もインタビューしてきたが、状況的にはひとまず最後になるだろう。今後しばらくは海外で生活し、あまり人と会わずに自分と向き合いたいという。とはいえ引退するわけではないと知って、聞き手としても少し気持ちが楽になった。

 まず聞いたのは、那須川戦が終わった瞬間の心境だ。会見では「もう終わったことなので。あの時の僕の心と体でできる100%を出せたので悔いはないです」と語っている。しかし「負けは“死”だと思っていた」という武尊は、それをどう受け止めたのだろう。我々には想像もつかない世界だ。

「格闘家として終わったんだなと。こういう時がくるという覚悟はしてました。これから、全員じゃないにしても応援してくれる人、周りの人で離れていく人もいるんだろうなって、そんなことをリング上で考えてましたね。

 だから負けた瞬間は涙が出なかったです。“これで終わった”という感覚で、終わったことに対しての涙っていうのはなくて。むしろ凄く冷静でした。これで全部失うんだなって冷静に受け止めて」

単独インタビューに答える武尊 ©Kiichi Matsumoto

那須川にリング上で伝えたこととは

 負けたらすべてを失う。覚悟はできていたから冷静だった。ただ受け入れるだけだったのだ。涙があふれたのは、リング上で那須川と言葉を交わした時だった。

「天心選手と話をするっていうことを考えたことがなくて。勝った後のことを想像したり、負ける覚悟もあったんですけど、天心選手と話す場面っていうのは、なぜか頭になかったんです。

 あぁ、こうやって天心選手と会話するんだ、俺って。まず感謝を伝えました。それに今までのこともいろいろ。試合が決まるまで、お互い辛かったですから。天心選手は僕より7歳下。そういう(若い)人が僕と同じ苦しみを感じてたんだなって。ちょっとの時間でしたけど、言葉を交わして冷静さが崩れましたね。“こういう時がくるんだ”と思って」

©THE MATCH 2022/Susumu Nagao

 那須川からの最初の対戦アピールは2015年。K-1は“K-1というジャンル”として他団体とは基本的に交わらない方針だから、武尊は「やろう」とは言えなかった。彼はその時すでにK-1のチャンピオン。団体を背負う立場だった。お互いの名前を出せない時期もあった。けれど対戦は実現し、勝ち負けがつき、お互いを労うこともできた。見ている我々にとっても、信じられないくらいエモーショナルな場面だった。

「負けた人間としては、“敵”として見る部分もある」

「天心選手がいたから苦しかったこともあります。でも天心選手がいなかったらこの年まで格闘技やれてなかった。満足してるか燃え尽きてたと思います。勝ち続けることができたのも天心選手がいたから。モチベーションを落とさず強くなれました。同じ時代に闘いの世界にいてくれて感謝しかないです」

 会見でそう語った武尊だが、一方で相反する思いも抱えているという。あらためて2人で話をしてみたいかという質問に、彼はこう答えた。

「それはないですね、まだ。(話すのは)お互い引退してからじゃないかと。天心選手はこれからボクシングで活躍すると思うし、同じ格闘技界にいるうちは仲良くはできないのかなと」

 直接的な闘いは終わった。だがそれぞれの道を進みながら間接的に闘うことはある。もしかしたらそれは一生続くのかもしれない。武尊はそう考えている。単独インタビューでさらに聞くと「僕は負けた立場ですからね」と武尊。

「負けた人間としては、自分に勝った相手を“敵”として見る部分もあるんですよ。ただ試合が決まった時から、天心選手には感謝の気持ちを持つようにもなって。うまく表現できないですね、この感覚は」

©THE MATCH 2022/Susumu Nagao

武尊が抱き続ける“割り切れない思い”

 あなたにとって武尊はどんな存在か。対戦が決まる前の那須川に聞くと「悟空とベジータ、ナルトとサスケ」と答えた。もちろん自分が孫悟空でありナルト。同じマンガの中の主人公とライバルだ。『THE MATCH 2022』の一夜明け会見でも聞いてみると、答えは変わっていた。

「悟空とルフィでしたね。交わらない世界の主人公同士でした」

 勝った那須川は明快で聡明だった。しかし武尊は割り切れない思いを抱き続けている。感謝しているけど敵。敵だからこそ感謝している。完全にスッキリしたと言えないのは、彼がまだファイターだからだ。引退を決めたのなら、すべてがいい思い出になるだろう。しかし現役のファイターはそうではない。負けた悔しさが前に進む原動力にもなる。

 勝ってボクシング界に行く那須川だけでなく、武尊にも“次”がある。新たな目標があるから引退ではなく休養を選んだのだ。負けたら死ぬのだと思っていた。だが死なずに生きて、また闘おうと思えた。これからも、彼の肩書きは「格闘家」だ。《つづく》

文=橋本宗洋

photograph by Kiichi Matsumoto