二刀流で注目を集めた“明豊の怪童”今宮健太(現・ソフトバンク)の前に立ちはだかったのは、のちにメジャーリーガーとなる花巻東の背番号1だった。小柄な体躯から剛速球を投じ、聖地を沸かせた名遊撃手が追い続けたライバルとの2度の邂逅を振り返った。Sports Graphic Number1008号(2020年7月30日発売)『甲子園一敗の輝き。』を特別に無料公開します。※肩書きなど全て当時のまま

2009年8月21日 準々決勝
明豊 6−7 花巻東
序盤に4点を奪われた明豊は徐々に追い上げ8回に逆転。2点差で9回を迎えたが花巻東の連打で同点とされ、10回に勝ち越しを許した。

今宮の高校時代…入学後すぐに明豊のレギュラーに

 ゴールデングラブ賞5度を誇る名遊撃手で、今年7月3日にはプロ野球史上初めて20代でプロ通算300犠打を達成した今宮健太。しかし、明豊高校(大分)時代は高校通算62本塁打を放ち、マウンドに上がれば剛速球を投げ込む二刀流選手として名を轟かせた。

 当時の九州高校球界は粒ぞろいだったが、チームとして敗れることはあっても個の対決で脅威を感じることはなかった。

「こいつは違うな」と今宮を唯一警戒させたのが清峰高校(長崎)の今村猛(現・広島)。同じ長崎には大瀬良大地(長崎日大高校、現・広島)もいたが、まだ恐れる存在ではなかった。1学年上には沖縄尚学高校でセンバツ優勝投手になった東浜巨(現・ソフトバンク)もいたが、九州大会で対戦して投げ勝ったことがある。

 入学してすぐにレギュラーとなった今宮は2年生時に続き、3年生でも春のセンバツ甲子園出場を果たした。

「明豊には良いメンバーが集まっていた。頂点を目指す。それだけでした」

センバツで初対戦…菊池雄星は「バケモノでした」

 初戦を快勝し、迎えた2回戦の相手は岩手の花巻東高校。ここで「みちのくの怪腕」と初めて対峙した。1年生夏から甲子園の土を踏み、この大会でも初戦で152kmをマークしていた菊池雄星(現・マリナーズ)だ。今宮は初対決でライト前ヒットを放つ。その手にはいい感触が残っていた。「やれるじゃないか」。そう思ったのも束の間だった。

 3回の第2打席、147km直球で胸元をえぐられた。見逃し三振。まるで反応できなかった。3打席目も内角直球だ。今度はバットに当てたが、打球は力なく一塁手の前に転がるだけの凡打だった。

「バケモノでした。見たことない速さと角度。正直、ちょっとビビりました」

高校時代の菊池雄星 ©Sankei Shimbun

 4度目の対戦も二ゴロに倒れて4打数1安打。チームとしても1点も奪えず、0対4と完敗を喫した。

「このピッチャーを倒さなければ、僕らが頂点に立つことは出来ない。負けたことで、僕自身もチームも意識がガラリと変わりました。一番は練習に取り組む姿勢。ひとつひとつへの集中を大事にしました」

「とにかく菊池雄星を追い続けた」

 さらに今宮は内角球を克服するための特訓を積んだ。左腕に打撃投手を頼み、マウンドのずっと前から投げてもらった。また、内角攻めにやられた姿が全国中継されたことで、練習試合でも胸元を突かれることが格段に増えたが、今宮には逆にそれがよかった。「実戦が最高の練習になりました」。最短距離でバットを出すコツをつかみ、その後の4カ月間で32本塁打を量産した。

「とにかく菊池雄星を追い続けた。それしか頭になかった」

 夏の県大会を勝ち抜き、甲子園でも駒を進めて準々決勝、運命の糸に引き寄せられるように両校は再び激突することになった。

 今宮の胸中は説明するまでもない。しかし、意外過ぎる結末が待っていた。

 菊池が打席の今宮に投げてくるのは外角への変化球ばかり。攻略のために汗水垂らしてきた内角直球が全く来ない。菊池は大会中に背中を痛めており、この試合も5回途中で緊急降板した。両者の対決はセンターフライとキャッチャーゴロの2打席のみで終わってしまったのだった。

「投げている姿を見ておかしいなと気づいていました。内角の直球を待っていたし、微妙な気持ちになったのは確かです。でも、雄星を打つためだけに努力したのではない。みんなで花巻東に勝つことが目標だった。だから切り替えるわけでもなく、モヤモヤした気持ちはありませんでした」

語り継がれる“ピッチャー今宮の衝撃”

 プレーボール前、最大の焦点は2人の対決だった。しかし、この試合を振り返って今も語り継がれるのは、9回にリリーフ登板した今宮の剛速球だ。同点に追いつかれた直後の1死三塁でマウンドに上がると、自己最速の154kmを投げ込んだ。高校球児の中でも小柄な今宮のどこからそんな力が生まれるのか。日本列島の野球ファンが驚いた。2者連続三振を奪いピンチを脱したのだ。

高校時代の今宮健太 ©Sankei Shimbun

「ただ全力で腕を振っただけ。投げ方はめちゃくちゃのはずです。なのに、捕手の構えたところに全部ボールが行ってくれた。スライダーの曲がりも異常だったし。自分の中で何かが弾けた。ゾーンに入っていました。あんな出来事は野球人生でもあの試合の9回のマウンドだけ。プロに入ってからもガッと集中して、またあんな自分が来ないかなと求めたりしますけど全然ダメですね。これから先もないかなと思います」

「負ける悔しさを知っているから…」

 結局、延長10回に今宮が打たれた。「もう体に力が入らず、別人でした」。明豊はまたしても花巻東の前に散った。泣きじゃくるチームメイトたちの横で、今宮は笑顔でみんなを慰めていた。

「この仲間と野球が出来なくなる寂しさはあったけど、自分のプレーに対しての後悔は全くなかった。出し尽くしました。もともと練習嫌いだった僕が、すべてのことをやり切って戦い終えました。雄星に負けて、僕は変わったんです」

 僕は勝ちきった経験がない、と今宮は言う。実際はそんな事はないかもしれないが、少なくとも今宮自身はそう考えている。

「負ける悔しさを知っているから、負けず嫌いになれるんです。野球だって、人生だって同じですよ」

プロ1年目の今宮健太 ©BUNGEISHUNJU

文=田尻耕太郎

photograph by Hideki Sugiyama