大阪大会でわずか1失点。

 盤石だと思われていたセンバツ王者の大阪桐蔭が、初戦で旭川大にまわしを取られる。

 まるで、猫だましのような先制パンチ。

 初回、先頭バッターにセーフティバントで出塁を許す。そこから送りバントで二塁に進まれ、1死満塁から犠牲フライで先取点を奪われる。3回にも先頭にフォアボールを与え、続く3番の藤田大輝に手痛い一発を食らった。

絶対王者が揺れた「闘争心」と「緊張感」の間

 0-3。序盤から体勢を崩される。

「どの大会でも初戦の入りは難しいものですが、相手も同じなので」

 監督の西谷浩一がそう言い、チームが置かれた状況を冷静に見極める。

「セーフティバントを決められて向こうのパターンになったと言いますか。しっかり攻めてこられたなかで、こちらとしては受けて立つようなことはありませんでしたけど、そういうような形になってしまいました」

 秋の明治神宮大会と春のセンバツを制した絶対王者。優勝候補の大本命と目され、初戦は順当に勝ち上がるだろうと期待されても、夏は異様な空気がチームを覆う。

 キャプテンの星子天真が、チームのムードをこのように表現する。

「朝一の試合(第1試合)で緊張もあり、一人ひとり気持ちの持っていき方がちょっと難しかったのかなって思います」

 選手たちは闘争心と緊張の間で揺れていた。

「夏は雰囲気が違いました」

 去年の夏も主力として経験したキャッチャーの松尾汐恩が、再確認する。

「春と違って夏は雰囲気が違いました。『苦しい戦いになる』と頭にありましたけど、実際に試合に入ってより感じました」

 松尾とバッテリーを組むエースの川原嗣貴が、核心を突くように心情を吐く。

「センバツは『次もある』という考えもできましたけど、夏は負けてしまったら終わりなわけで。積み上げてきたものがなくなってしまいますし、勝たないと何の意味もないんで」

 川原は昨夏の近江戦で痛恨の決勝打を許し、涙に暮れた苦い経験を持つ。センバツの初戦でも先発を託され、夏も西谷から「打たれるからな」と念を押されているエースはしかし、序盤で3失点しながらも泰然自若だった。

「打たれても、『次のアウトを取ればいい』ってプラスに。雰囲気に飲まれないように考えながら投げていました」

昨夏の甲子園、近江に4-6で逆転負け。試合後に涙を流す大阪桐蔭・川原嗣貴投手(当時2年)  ©Nanae Suzuki

 ビハインドの展開となり、西谷は「選手は焦っていたと思う」と見ていながら、「これまでの経験が生きているのかな」と、腰を据えて戦況を見守っていた。

 松尾や川原の心理状況からも窺えるように、大阪桐蔭は「7試合1失点」の大阪大会を一度リセットし、夏の甲子園は苦しい戦いになることを受け入れて初戦に入った。だから、多少の焦りがあろうと動揺はなかった。

 星子が言う。

「序盤はうまくいかないこともありましたけど、練習からそんなにガンガン打てたり、みんなの状態がいいわけではないので。そういう時にこそ、『次いこう!』とか前向きな声をかけるようにしています」

 この切り替えこそが歴戦の経験であり、このチームの強みでもある。

 0-3とされた直後の3回裏。「やるべきことを全うしよう」と、松尾のタイムリーと相手の暴投ですぐさま1点差に詰め寄る。すると6回には、海老根優大のホームランで試合をがっぷり四つの状態に戻した。

西谷監督「7回になったぞ」からの逆転

 粘り強く、泥臭く。

 それは、今年の大阪桐蔭が試合の度に口にする、言うなれば精神だ。西谷いわく、そのなかでも「試合終盤に粘り強いチームを作っていこう」と、チームに説いているという。

 練習からそれは徹底されてきた。シート打撃では、1アウト二塁から得点を演出することを徹底するなど、星子が言った「状態がよくない」なかでも最低限の試合運びができるよう準備をしてきている。

大阪桐蔭西谷監督(昨夏の写真) ©Nanae Suzuki

 仕切り直しの7回。指揮官が語り掛ける。

「7回になったぞ」

 チームのギアがもう一段上がる。「相手が攻めてきているなら、それ以上に攻めていこう」と打席に入った、1番バッターの伊藤櫂人(かいと)のホームランで勝ち越すと、直後に代わった2番手ピッチャーに連打を浴びせ、6-3と試合をひっくり返した。

 先にまわしを取られても地面に根を生やしたように踏ん張り、体勢を立て直してまわしを取り返し、最後は寄り切る。大阪桐蔭の初戦は、そんな粘り腰の野球だった。

 星子がチームのしぶとさを謳う。

「10-0でも1-0でも、1点多く取ったほうが勝つんで。守備でミスをしても粘り強くできましたし、打てなくても誰かがカバーしてくれたのがこの試合の収穫でした」

 王者も苦しんだ初戦の入り。自分たちが掲げる精神で結束し、難局を打開した。

 3度目の春夏連覇へ。

 大阪桐蔭のエンジンが温まってきた。

文=田口元義

photograph by KYODO