2022年の上半期(対象:4月〜8月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。Number部門の第5位は、こちら!(初公開日 2022年7月7日/肩書などはすべて当時)。

 2002年日韓ワールドカップから20年――。あれ以来、日本サッカーは変わったのか? 変われなかったのか? トルシエジャパンの選手らの証言で振り返ったNumber1054号「日韓W杯 20年後の告白」(発売中)で、特集の巻頭記事は当時の日本代表の中心だった中田英寿「勝ったから、ではない満足感」、大トリがJリーグチェアマンだった川淵三郎「日本が20年でできたこと、できなかったこと」だ。
 2人にインタビューをし、記事を執筆したのが90年代からNumberのサッカー特集に寄稿し続ける金子達仁だ。ベルマーレ平塚時代から取材を重ねる中田、面識はあるものの、意外にも初インタビューだという川淵。金子が感じ取った2人の言葉の共通点とは? そして彼らが日本人に求めるものとは?

 考えろ、考えろ。

 6月6日、国立競技場でブラジルと戦う日本代表の後輩を見ながら、中田英寿の胸中にあったのは、きっと、そんな思いだったのではないか。10数年ぶりになるNumber本誌でのインタビューを終えて、そんな気がしてきている。

6月6日のブラジル戦を観戦した中田と小野伸二(真ん中一番左から)。中田にとっては初の新国立競技場だった ©SPORTS NIPPON

 長い付き合いでおぼろげながらわかってきたことがあるとすれば、彼は、物事を将棋のように考える、ということだ。

 目的は何か。王を取ること。では、王を取るためにどうするべきか。目的から逆算して、手段を考える。言い方を変えれば、目的のない手段を嫌う。

 一流とされる将棋の棋士は、100手先まで読むことが可能だという。彼らが指す一手一手には、すべて、目的につながる意味がある。

 そんな人たちからすれば、素人の指す将棋は、「なぜ?」でしかないだろう。なぜそんな手を? なぜ考えない?

 ゲームをコントロールしようとしている選手が少ない、とブラジル戦を見た中田は言った。分厚いオブラートにくるんだような表現だったが、要は、意図の感じられるプレーが少ない、意味のないプレーが多すぎる、ということだったのだろう。

「ボールが来たからこうします、じゃなくて、こうしたいからこうしますっていうのをやってる選手が、あの試合の日本に関しては、あまりいなかったと思う。もちろん個人の技術は大事。チームとしての戦術も大事。監督選びだって大事でしょう。でも、そもそも意志を持った選手、意志を持ったチームを作らない限り、作ろうとしない限り、どうにもならないというか、限界があるのがサッカーっていうスポーツだと思う」

 極端かつありえないたとえをするならば、わたしの将棋を見た藤井聡太の気分に近いかもしれない。

川淵三郎vs.「知の巨人」

 考えろ、考えろ。

 日本サッカー界の後輩たちに対する川淵三郎の言葉も、ざっくりまとめてしまえばそういうことだった。

「よくあんな凄いヒトにケンカ売ったと思うよ、我ながら」

 インタビューが終わったあと、彼はそう言って苦笑した。いまではすっかり和解しているらしい「あんな凄いヒト」とは、阪神ファンにはちっとも凄さがわからないし、わかりたくもない読売新聞のドンのことである。ただ、Jリーグ発足時、チームに企業名を入れるか否かで川淵とその方が激しい、いや、激しすぎる舌戦を繰り広げたことは、もちろん多くの人が知っている。

©Naoya Sanuki

 チーム名から企業名を外す。その発想自体は、ヨーロッパからの移植である。ただ、およそ日本には馴染みのなかったこの発想を、Jリーグの柱にしようと考えたのは川淵だった。そして、この柱を守るために、Jリーグ発足当時54歳だった彼は、総理大臣のブレーンを務めたこともある「知の巨人」に、真っ向から思想闘争を挑んだのだった。

 Jリーグを成功に導くために、川淵三郎は必死になって考えた。そして、考えを守るために蛮勇を振るった。そうした経歴を持つ人間にとって、昨今の日本サッカー界、特にJリーグの球団トップたちの姿勢がどう映るかは容易に想像がつく。

「やっぱりね、経営者が選手の採用だとか、観客動員に対してどうすべきだとか、クラブの発展に必要なこと、重要なことで積極策に出なかったのが大きいだろうね。こんなこというと嫌われちゃうけど、やっぱりサラリーマン社長が多いのが理由かな。その点、規模が違うという点は差し置いても、Bリーグは自分で決断できるオーナー社長が多い。今度(6月末)辞めちゃうけど沖縄の木村(達郎)さんは日本で最先端のアリーナまで作ったし、秋田の水野(勇気)さん、北海道の折茂(武彦)さんもゼロからクラブを作っているから発想が面白いよね」

 新しい日本のスポーツ文化を築くべく立ち上げたJリーグは、いま、日本のスポーツ界に影響を与えるような新しい何かを提供しようとしているだろうか──。

ジョン・マクレーンのことを思い出して考えが変わった。

 ただ、中田英寿にしても川淵三郎にしても、日本のスポーツ史に長く名前を残していくであろう偉人である。後輩たちに対する彼らの要求は、不満は、わかったようなつもりになる反面、「でもそれはあなただからできたことでしょ」と感じてしまう自分がいた。中田英寿だから100手先まで読むことができた。川淵三郎だから怯まずに思想闘争を繰り広げることができた。同じことを凡人に求めるのは、いささか酷なのではありませんか、と。

 だが、ジョン・マクレーンのことを思い出して考えが変わった。

 考えろ、考えろ。

 映画『ダイ・ハード』でブルース・ウィルスが演じるニューヨーク市警の刑事、ジョン・マクレーンは作中で何度も何度も自分にそう言い聞かせる。

 なぜ彼は考えなければならなかったのか。別居中の妻が働く日系企業の本社ビルを訪れたことで、大規模な強奪事件に巻き込まれてしまったからだった。考えなければ妻や人質を助けることはできないし、そもそも、自分の命も危ない。それゆえ彼は、いつも以上の思考スピードを自らに強いたのだった。

『ダイ・ハード』(1988)の一場面。 ©Getty Images

 ジョン・マクレーンはもちろん架空の人物である。妻に愛想をつかされた挙げ句、勤め先のナカトミ商事では旧姓を名乗られてしまう架空の人物である。偉人ではないし知の巨人でもない。

なぜ彼らは考えていないように見えたのか

 だが、そんな冴えない中年男であっても、危機に瀕すれば考える。考えて考えて考え抜いて、何とかして危機から脱出しようとする。普段はあまり使っていない自分の頭にムチを入れ、新たな一手、先の一手を編み出そうとする。

 なぜブラジルと戦う日本の選手たちは、Jリーグの社長たちは、考えていないように見えたのか。考えることによって活路を見出してきた人間に物足りなさを感じさせているのか。

 考えなくても滅びないという前提に立っているから、ではないだろうか。

 このままでは日本代表はワールドカップで全敗し、日本サッカーは未曾有の危機に陥る。ファン層の高齢化が進む一方のこのままでは、Jリーグは消滅する――。そう宣告されて何も考えない日本代表選手はいないし、Jリーグの社長もいない、とわたしは思う。

 このままではいけない、何か手を打たなければという声が、アイディアが、そこかしこから噴出すると思う。思いたい。

 誰もが中田英寿になれるはずがないし、川淵三郎になれるわけもない。だが、彼らの推進力になった発想の大枠は、彼らにならずとも、あるいはなれずとも獲得することができる。

 わたしたちはいま、ナカトミ・プラザにいる。

 そうイメージするだけでいい。

 発売中のNumber1054号「日韓W杯 20年後の告白」では、2002年の熱狂をあらゆる角度から振り返ります。金子達仁さん執筆の中田英寿のインタビューを皮切りに、稲本潤一、宮本恒靖、戸田和幸、トルシエらの貴重な証言が満載。『嫌われた監督』の著者・鈴木忠平氏による「神も見た夜 フジテレビ視聴率66%の内幕」など、ピッチ外の物語を扱った3本のノンフィクションも掲載しています。

文=金子達仁

photograph by Tsukuru Asada