2022年の上半期(対象:4月〜8月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。インタビュー部門の第3位は、こちら!(初公開日 2022年7月25日/肩書などはすべて当時)。

引き続き、元女子バレーボール日本代表・木村沙織さんのインタビューをご覧ください。#3は現在、夫と一緒に営むカフェで奮闘するお菓子づくりについて。仕事中に通った公園で偶然出会った姉妹とのエピソードも。全3回の3回目(#1、#2へ)

 高校時代から日本代表選手として活躍し、現役引退の2017年まで4度の五輪にも出場。

 “バレーボール選手の木村沙織”だった頃は、朝も昼も、それこそ正月もクリスマスもなく、ひたすら練習に明け暮れた。

 現役引退から5年――。

 結婚、引退を経て、肩の力が抜けた今は大阪で夫と共にカフェを営み、ただただ穏やかで「地味な」日々を過ごしている。

「朝からカヌレとスコーンを焼き始めて、13時頃にお店へ納品する。ランチ時で混んでいたらお店を手伝いますけど、間に合いそうだったら足りないものを買い出しに行ったり、銀行へ入金に行ったり。家に帰ってからは次の日の仕込みもします。地味な生活ですよ。“木村沙織のカフェ”と言って下さる人もいますが、むしろ私は飾り付けみたいなもの。焼いたお菓子を入れるだけで、お店は旦那さんがメインで回しているんです」

お菓子づくり「最初はものすごく失敗した(笑)」

 現役時代からバレーボールとは交わらない「やってみたいこと」はいくつもあった。その1つがカフェ。19年に大阪でオープンした際は、カフェというよりカフェバーの趣が強く、夜にお酒を出して簡単な食事も出す程度だったが、新型コロナウイルスが蔓延し、緊急事態宣言が出されて営業停止も余儀なくされた。

 それならば、と思い切って夜から昼へシフトチェンジを果たすべく、近所のコーヒー店に先生役を依頼して夫がコーヒーの勉強をスタート。その間、木村は「コーヒーが出せるようになるなら焼き菓子をつくりたい」と、中学・高校の同級生で、かつて東レでも共にプレーし、現在はアイシングクッキーなど製菓の講師も務める森山美耶さんに習い、お菓子づくりを始めた。

 だが、バレーボールのように最初からうまくいくわけではない。きちんと材料の分量を量り、手順に沿ってつくるお菓子づくりに「最初はものすごく失敗した」と笑う。

「形もうまくいかない、焼き方もイマイチ。オーブンの温度とか、粉の配合、いろんな失敗を繰り返しました。せっかくつくるなら自分の好きな味、好きな感じにしたかったので、教えてもらったことだけでなく、いろいろな本を見たり、YouTubeでいろいろな情報を集めて。どうやったら自分が一番つくりやすくて、一番好きな味になるかを何回も何回も繰り返して、今に至った。製菓学校を出たわけでも、お菓子づくりのプロを目指してやってきたわけでもないので、こうやってバレー以外のことを聞かれて話すのは恥ずかしいですね(笑)」

 とはいえ、凝り性ぶりは変わらず、意外なところにバレーボールとお菓子づくりの共通点も感じている。

「やろうと思えば、いつまででも練習できるじゃないですか。突き詰めようとして、時間さえつくればいくらでも練習できるし、完成した時は嬉しい。唯一違うのは、勝ち負けがないことぐらいかな。だから今は、とにかく丁寧に、心を込めて毎日つくる。それだけを意識して、毎日お菓子を焼いています」

 振り返れば、常に選択の基準は「好き」であることだった。

 小学2年生から始めたバレーボールも、人間関係が嫌になったことはあったが、バレーボール自体を嫌だと思ったことはない。日本代表、Vリーグ、トルコリーグとさまざまな経験を重ねる中で、自身のスランプや主将としての重圧に苦しみ「自分がいないほうがいいのではないか」と取材のたびに涙することもあったが、それでも「バレーボールが大好き」な根っこの思いは変わることはない。引退してから5年が過ぎた今も同じだ。

 カフェの休業日と重なる日に試合があれば会場へ足を運び、観客と一体となり、音楽に合わせて身体を揺らし、1つ1つのプレーに「すごい!すごい!」と手を叩く。ネーションズリーグでは解説を務めたが、「へ〜」と相槌を打ったり、「うわ〜」と感嘆の声を上げる自然体ぶりが実に木村らしかった。それを伝えると、眉間にしわを寄せ、苦笑いを浮かべながら、小さい声でつぶやく。

「本当は解説、やりたくないんです」

 単に人の前に出るのが苦手だから、ということではなく、そこには理由もある。

実は“天然キャラ”じゃない?

「せっかく試合が面白いのに、私みたいにバレーボールのことをちゃんと話せない人が解説者だったら視聴者の方は『今日の解説は大丈夫か?』って気になって、試合に集中できなくなっちゃうじゃないですか。ちゃんと解説できる人はたくさんいるので、自分はそういう(楽しむ)方向で行きたいと思います。あ、でもそんなこと言っちゃダメか(笑)」

 現役時代のインタビューやメディア対応だけを見れば、“天然キャラ”と勘違いする人もいる。だが、それはあくまでも氷山の一角。

 たとえばその質問が特定の選手に対する評価を問うものであれば、褒めるのは簡単でも別の選手が活字として見れば傷つくかもしれない。そこまで考えて「えーっと」とか「質問なんでしたっけ?」とはぐらかしてきた。

 それが木村沙織という人だった。

 少しでもバレーボールに携わってほしいと望む声に対して、慎重になる理由もあった。

「自分のできることとできないこと、やりたいこと。そういうのをちゃんと見極めなきゃって思うんです。今、バレーボールを頑張っている選手たちがいて、小学生とか、子供たちはそういう姿に憧れてバレーボールをしているわけじゃないですか。そういう中に、自分が出ていくことによって汚したくないというか、私がうまくしゃべれないせいで、バレーボールとか、バレーボール界が変だと思われたくないな、って。

 もちろんバレーボールは大好きだから、自分にできることがあればいろんなことに挑戦したいとは思うけれど、でも“バレーボールのため”を考えたら、今頑張っている選手たちが前に出てくることが一番大事。人生一度きりだから、基本的には何でも挑戦するのが大事だから、バンジージャンプとか虫を食べるとか、絶対に嫌なこと以外はやってみたい(笑)。でも、バレーは別。そこに対してはすごくシビアに考えちゃうのかもしれないですね」

 今もバレーボール教室や自身の名をつけた大会開催にはなかなか縁がない。でも気の向くままバレーボールを楽しむタイミングもある。先日、思わぬ出会いがあった。

近所の子どもと公園でパス交換!?

 カフェの売り上げを銀行へ持って行く道すがら、公園で2人、バレーボールのパス練習をする小学生の姉妹がいた。どちらもまだまだ、ボールコントロールと言うには程遠く、1回、2回と続けばいいほう、というレベル。それでも思わず、身体が動いた。

「パスが50回続くまでやろうよ」

 街の公園で、普段着のまま木村は飛び入りで参加した。もちろん自分が元バレーボール選手で、五輪に4度も出た選手で、ましてやメダリストだなんて言うはずもない。ただ、どんな方向へボールが飛んでも、2人がパス交換を続けやすいように動き続けた。

「膝がコンクリートについてジャリジャリってなるし、もう必死ですよ(笑)。その後も何回か会いましたね。姉妹に名前を聞けるほど仲良くなったけれど、たぶんその子たちは私のことは知らない。ただの“大きいお姉さん”。家に帰って『今日大きいお姉さんと一緒にバレーした』ってお母さんとかに話して、怒られていないといいな。それが心配です(笑)」

「近頃はなかなか会えないんです」と残念そうに話す木村に、問いかけた。もしも幼い姉妹が、デニム姿で一緒にバレーボールをしてくれる大きいお姉さんが、あの木村沙織だと気づいたらどうするか。

「えー、どうしよう。全然、考えていなかった。そうなったらどうしよう。うーん、『そうだよ! 今度メダル持ってくるね!』とか、めっちゃ自慢しようかな(笑)」

 変わらぬ自然体。木村沙織は、やはり木村沙織だった。

[撮影協力]Stylist/Nozomi Fujimoto Hair&Make/Yuka Morishima

文=田中夕子

photograph by Shigeki Yamamoto