大阪桐蔭、履正社……高校野球での“最激戦区”である大阪府。しかしその中で実力格差が広がっているのも事実で、公立校の指導者たちはこの現状をどう捉え、新たな行動を取ろうとしているのか。各校顧問・指導者などに取材した。(文中一部敬称略。全2回の1回目/#2へ)

 半年前、春のセンバツ大会期間中のこと。あるプロ野球チームのスカウトと雑談をしていて、彼が漏らした感想だ。

「例えば大阪桐蔭対智辯和歌山のような強豪私学同士の対戦や、超高校級のピッチャーとバッターの対決をファンは求めて楽しむ傾向にある。甲子園自体がイベント、お祭りになってるということ。

 これはエンタメですよね。昔は頑張ってる高校生の姿を見たいという気持ちで観戦していた。最近の甲子園は“本当の甲子園”じゃないなと思っています」

 あくまで、個人的な思い、と言って続ける。

「今の甲子園は形骸化してるように見えていて、本来の甲子園の良さが戻ってこないかなと思います。それはアイデンティティじゃないかと。地元の高校があって、そこを応援していると、もしかしたら甲子園に行くかもしれないと。そこで行っちゃったら、さらに地元が盛り上がる。47都道府県の49校がアイデンティティを持って参加する。

 そこにお盆という季節感がマッチする。故郷に帰ってお墓参りをする時期に、郷愁をくすぐる仕組みが日本人の文化に合致していた。ここが高校野球の根本だと思うんですよ。そのはずなのに、盛り上がった形だけが残って、中身はすり替わってるとしか僕には見えない」

 筆者もまったく同意見だった。もちろん、スカウトの仕事はプロで通用する選手を探すこと。地元を意識することなく、超高校級の投手と打者の対決を凝視するのだが……。

強者と弱者の二極化は止まらない

 2022年夏の甲子園。大阪桐蔭の春夏連覇がなるか注目されたが準々決勝で敗退。優勝したのは仙台育英で、史上初めて白河の関を越えて、東北地方に栄冠をもたらした。

 しかし一方で、地方大会を勝ち抜いてくる高校が偏りだしていて、初出場校が減っている。上位進出できる高校も限られている。事実、夏のベスト8進出校はほぼ甲子園常連校で、7校が私立の強豪だった。

 甲子園で勝ち抜くには相応に優秀な選手が揃わないと難しい。大阪桐蔭の圧倒的なセンバツの優勝劇と、5人の140キロ投手を揃えた仙台育英の初優勝は顕著な例だ。一方で公立校はなかなか、甲子園にさえ出場することが困難になっている。強者と弱者の二極化は止まらない。私立はますます戦力を強大化させ、公立は部員減が進んで野球部そのものの存続が危ぶまれている。

 特に大阪では大阪桐蔭と履正社という高校球界2大巨頭が君臨して関大北陽、東海大仰星など他の私学でさえ甲子園には遠い。府立の普通校にしたら夢でしかない。

 8月下旬、夏の大会が終わって10日ほど経ったころ、ある大阪府立高校の顧問とのメールのやりとりの中で、こんなことを打ちあけられた。

《ある構想を抱いています。それは高野連を脱退して新しい大会を作る。 「全国公立高等学校野球選手権大会」をほっともっとフィールド神戸で行う。 約2年4カ月頑張ってきたのですが、大阪では1回戦で強豪私学、中堅私学とあたる可能性が多々あります。 そして5回コールドで高校野球が終わる。あまりにもつらいです》

 “実現可能かどうかはわかりません”という机上の構想だが、切迫感が伝わってきた。

2人に声をかけて“ギリギリ9人”の大会出場

 メールの送り主は磯岡裕教諭(44歳)。枚方なぎさ高校硬式野球部の顧問である。部長、監督ではないので比較的自由に発言ができる立ち位置ではある。

 高校生当時、府立牧野高校では野球部所属だったが、学業に専念するために大学では野球部には入らなかった。ただ府立教員になってからは、枚方津田高校や牧野で計13年間、責任教諭や監督を務めてきた。

 そんな彼が顧問を務める枚方なぎさの現状を知ると、高校野球の格差を思い知らされる。

 同校は2002年に枚方西高校と磯島高校が合併して開校した。1学年6クラスで240人、全校生徒700人ほど。特色は芸術系、看護系があることで、女子に人気のごく普通の公立校だ。ハード面は“府内で一番”と言えるほど、グラウンドが狭いという。さらにマウンドはなく、陸上部が走る時はベースが邪魔になるので、一旦外すのだという。

 そもそも、野球部の存続自体が危うい。部員は2年生が3人、1年生が4人。ちなみに3年生は5人だった。

 秋の大会は8月28日、強豪の大体大浪商と当たって初戦コールド負けを喫した。この時は“中学で野球をやっていた”という2年生2人に声をかけて、ギリギリ9人で戦ったという。

甲子園の高校野球は僕からしたら別のスポーツ

 まずは部員減少を止められないか。それが今、磯岡の大命題である。

 5月に1つの案を考えついた。ツイッター、インスタグラムで〈コース別部員募集〉を発表。来年度から本格的な募集に入るという。

 同コースには『BE STRONG』『Practice』など4つのコースがあり、各自の希望で日々の練習内容や練習時間が選べる。例えば『BE STRONG』コースならフルタイムの練習時間で、主力選手として公式戦出場を目指す。一方、『Practice』コースなら日曜と平日のうち1日は練習を休み、兼部も可能で野球の楽しさを実感することが目的になる。

 私学と違って、入ってくる部員のレベルはまちまちだ。中学野球の経験者もいるし、中学時代はテニス部だったという部員もいる。技術を向上させてゲームに勝つ、という最終目標は共有しながらも、それぞれのゴールは実力に見合ったものでいい。

「Practiceの部員にならないかと話を勧めてみましたが“僕らの役目は終わりました”と言って彼らは試合が終わると、いつもの高校生に戻りました」

 メールから数日後、磯岡のもとを訪ねると、苦笑いしながら、秋大会に出場してくれた2人について話すとともに、現場で感じる高校野球の現状についてこう語る。

「甲子園の高校野球は僕からしたら別のスポーツです。高野連と朝日新聞が主催する今の甲子園大会はそのまま続けてもらってかまいません。多くのファンが楽しみにされ、その試合のドラマに感動されています。甲子園を目指す学校はそのまま、目指せばいい。

 ただ、その代わりになる大会が必要だと思っています。新聞にも載らなくていい、ネットニュースにならなくてもいい。 でも努力次第で全国大会に出られる環境を作りたい。

 枚方なぎさのような学校にとって、甲子園はあまりにも現実離れしたものになっています。 そんな二極化している状態のチームが同じ土俵で試合をしても、5イニングが終わる頃には10点以上を取られる。それでは彼らはかわいそう。コールドゲームで負けて、ただ自尊心を傷つけられて終わるだけになってしまっているような気がしてならないんです。

 高校生活最後の大会はどちらの大会に出場しますか? そんな選択肢があってもいいような気がします。 今の甲子園大会は本当に高校生のためになっているのか。その疑問と戦っています」

高校野球の格差は中学の時から始まっているという

 磯岡自身の経験談によると、高校野球の格差は中学の時から始まっているという。

 小学校卒業を控えた愛息と地元・近畿地方の硬式野球チーム(シニア、ボーイズなど)の体験会に参加した時のこと。チーム関係者は、“うちのチームからどの強豪私学に何人の選手が入学したか、パイプがあるか”に重きを置いて説明したという。そこで私学の人材集めの熾烈さ、中学野球チームとの繋がりをあらためて実感した、という。

 さらに中学硬式チームは少年野球の大会にスカウトにきて、時には5年生の子どもにも勧誘の声をかけるとも聞く。

 中学生の部活は文科省の通達により平日は2時間程度と決められ、土日のどちらかも休むことになっている。一般的な中学生だと、強豪校での部活の練習に耐えられないことも少なくないのだという。

 中学の硬式チームだと土日はもちろん、平日も練習するところがあり、私学に入学すれば立派な設備でさらに技術力を上げる。高校で選ばれるエリートとそうでない者の差は開く一方なのだ。

この秋に部員が20人超えてるんは…

 磯岡以外にも、公立校で指導に携わる人々の声を聞いた。

 まずは府立山田高校。20年秋、センバツ21世紀枠の大阪推薦校になった公立校だ。同校の金子恭平監督(43歳)は仙台育英投手陣についての印象をこう話す。

「5人のピッチャーって、ただの5人ではないですよね。公立からしたらエースが5人いてるような布陣です」

 府立香里丘高校の岡田泰典監督(45歳)は、3人でもいれば最強投手陣だという。

「公立は“飛車角”が揃わない。“飛車”で1試合いったら次は“歩”でいくしかない。なんとか“と金”に育てる努力をするけど、せめて“桂馬”ぐらいがいたらなぁ」

 山田も香里丘も大阪府内では比較的、公式戦を勝ち進める実力校である。しかし、エリート校との差にはため息をつく。野球の格差や底辺拡大という観点から、金子監督は衝撃的なことを話している。

「この秋に部員が20人超えているんは、私学を入れても152チーム中60チームぐらいしかないそうです」

 30人超えてるのはもっと少ないそうだ。つまり、少数私立への一極集中が起きている。今夏の大阪府大会の参加校数は165校だが、近い将来、50校などということになりかねない。

公立校野球部は廃部の道をたどってしまいます

 前述した磯岡は危機感を募らせている。

「私学から声がかからない、野球が好きな普通の中学生に公立の良さを知ってもらうしかない。大阪は私学の授業料無償化の影響もあり、公立校野球部は廃部の道をたどってしまいます」

 昔はテレビをつけると野球中継があって、野球一択の時代だった。しかし、時が流れて最近は卓球、バドミントン、バレーボールが人気だそうだ。野球は用具も高価で、家族の負担も大きい。だからこそ、少年が野球をやりたい、という状況を作り出す努力と工夫が必要だ。

 その生き残りの方策が――前述した「全国公立高等学校野球選手権大会」というわけだ。

2つか3つ、9回までさせてやりたいんです

 磯岡がこの構想を考える原体験となったのは何か。それは牧野の監督時代、藤浪晋太郎がエースだった大阪桐蔭と夏の初戦に対戦。後の春夏連覇校に5回コールドで負けたことだという。

「すごいところと対戦出来て良かったですね、とメディアに言われましたけど、コールド負けして良かったなんてこれっぽっちも思いません(笑)。最後の試合は9回までやらしてあげたい」

 磯岡によると、開催中の22年秋の大阪大会の1、2回戦では、全体の65.5パーセントがコールドゲーム(内39.3パーセントが5回コールド)だったという。

「高校最後の試合は入場行進なんてなくてもいい。ささやかなアナウンスはあったら嬉しいかも。大阪大会だけでもいい、2つか3つ、9回までさせてやりたいんです。

 高校生の成長の場として部活動はかけがえのないもの。せっかく公立校の教員になったし、自分も高校野球に育ててもらった。単なる野球好きのおっさんで終わらないように、未来に続くようなことをしてやりたいんです」

 そんな磯岡たちが取り組んでいる、公立校独自の取り組みとは――。#2ではその試行錯誤について記していく。

<#2につづく>

文=清水岳志

photograph by Nanae Suzuki/Takeshi Shimizu