故郷の空気はやはり違うのであろう。

 花巻空港に降り立った佐々木朗希投手はホッとした表情を見せた。

 今年を締めくくる最後のマウンドは11月10日、札幌ドームで行われた侍ジャパンシリーズのオーストラリア戦。先発して4回、無失点の好投を演じた。

 翌日、日本中の注目を集める男は札幌から空路、岩手に向かった。シーズン終了後に訪れて以来の地元でのオフ。花巻から大船渡に向かう車の中で「これでちょっと気が抜けるかな」と、濃く過ぎていった2022年シーズンの終わりに浸っているように静かに窓の外の景色を眺めていた。

故郷でよみがえる家族との思い出

 花巻空港から大船渡市内までは車で1時間半ほど。山道を通過する道のりが続く。子供の時から何度も通った事のある道。少し険しい、ただの山道ではあるが、人にはそれぞれ色々な思い出があったりする。穏やかに流れる川に面したところで佐々木はクスッと思い出したように笑い、話をしてくれた。

「まだ小さい時の話ですけど、(4歳年下の)弟が服を汚して、慌てて車を止めてそこの川で洗濯をしたことがあります。なんだろう。母が川で洗濯をしていたことが凄く思い出深く残っています」

 日本中からその名を知られる若者が、まだ普通の少年であった頃の家族の思い出。人にとって、ふとした日常の出来事が記憶に刻まれることがある。そんな思い出の数々が次から次へと頭を駆け巡る故郷までの道程。注目という重圧と戦ってきた日々から少しばかり解放され、懐かしの思い出に浸れる時間を楽しんでいるようだった。

 いつの間にか気が付けば大船渡市内に入ろうとしていた。「毎年、景色が変わる」。ボソッとつぶやいた。外の様相も変わるが、佐々木朗を取り巻く環境も激変した1年でもあった。

 今季3度目の先発登板となった4月10日のオリックス・バファローズ戦は、球史に残る試合となった。背番号「17」は完全試合を達成した。28年ぶり16人目、史上最年少20歳5カ月での偉業に日本中が沸いた。ドラフト入団前から令和の怪物と騒がれ注目を集めていた若者が文字通り、怪物であることを自らの手で証明し、世間に強烈な印象を与えた日となった。

 そこから景色は一変した。シーズンオフにはギネス世界記録にも認定されるなど社会現象と化した。

「ボクにはもっと目標がある」

「完全試合は消えない記録なのでもちろんうれしい。ただボクにはもっと目標がある。あの試合で終わりなのではなく、もっともっと印象に残る試合を作っていきたいです」

 地元に戻った際に行われたメディア対応で佐々木は強い口調でコメントした。

 いつまでも独り歩きを続ける“完全試合”のワード。達成した数少ない選手として、背負い続ける覚悟はある。ただ、それが目指しているゴールではない。歩んできた道のりを振り返った時の足跡の一つである。

 もちろん足跡の中でもひときわ大きく目立つもので永遠に消えない強烈なものだが、いつまでも振り返ったり、思い返したりして生きていくつもりはない。だから、完全試合を達成した翌日から次へと向かって歩み続けた。さらにピッチングを進化させるためにどうすればいいかをいつも考え、トレーニングも食事も一日の過ごし方も自分の身体に一番いい形をつねに考え続けている。

 地元での束の間のオフに偶然、寄った場所がある。陸前高田市立米崎小学校のグラウンド。母校ではないが大事な原点だ。

「小学校3年生の時にボクが試合で人生最初に投げた場所です。今も忘れない。初めて打者と対戦した。投げる前はもちろん緊張していたのですけど、緊張以上にワクワクしていた。三者凡退で三振は一つ。あと一つはセカンドフライかセカンドゴロ。もう一つは覚えていないけど嬉しかったですね」

 プロ初先発のマウンドは本拠地ZOZOマリンスタジアム。これまで20試合に先発してきた。その他に楽天生命パークで4試合。京セラドームで3試合。PayPayドームで2試合。東京ドーム、そしてプロ初勝利を挙げた甲子園で1試合。侍ジャパンのユニホームに身を包み初めて札幌ドームのマウンドにも上がった。

 数万人が見つめる、そんなキラキラと輝く華やかなマウンドと同じように、いやそれ以上に、この山間の静かな小学校の校庭の中にあるマウンドを特別なものとして見つめている。ピッチャーとして初めて登板した日のことが、今も大事な宝物として佐々木の胸に残っているのだ。

プロを意識させた“ピッチャーの経験”

「ピッチャーをやらせてもらえなかったらプロにはいっていない。今はないですからね。もちろん、あの時はプロに入るとか想像もしていないですし、夢としても思っていない」

 その時は先発ではなく、中継ぎ登板。だからバックネットの裏に作られたブルペンで仲間と一緒に準備した。そして名前を呼ばれてマウンドへと向かった。1回を無失点。それが完全試合男のスタート地点であり、原点。大事な原風景だ。

 しばしのオフは終わり、11月14日にはすでにZOZOマリンスタジアムにて汗を流す佐々木の姿があった。オフ期間も身体を作り、キャッチボールも続ける。来年3月にはWBCという注目の世界大会も控えている。

「子供の時にテレビで見ていた大会。自分にも影響を与えてくれた。もちろん出たい気持ちは強い。チャンスをもらえたらしっかりと準備をしてチームに貢献したい」

 そして、来る2023シーズンについては「プレッシャーから逃げることはもちろんできないし、しない。来年は今年よりももっと投げたい。今年よりもよい成績を出してチームを引っ張る投手になりたい」と力強く話す。

 期待と注目を一身に浴びる重圧は受けたものしか分からないものだ。

 球場のマウンドで数万人の興味の視線が集まる。ただ、それだけではなく背番号「17」は完全試合男という尊い異名を背負い、投げる。観衆が期待するのは「もう一度」の想い。だからヒット1本打たれてもため息が漏れるし、勝っても失点すれば満足されないことすらある。21歳にして“究極”を求められている。

 自己分析ではマイナス思考。子供の時、授業などでは積極的に手を挙げるタイプではなく、集合写真も端を選ぶ恥ずかしがり屋。だから、試合前は辛そうな表情をみせる。それでもひとたびマウンドに上がれば左足を大きく上げる鮮やかなフォームで打者を圧倒しファンを魅了する。そのギャップがこの男の凄さであり、魅力でもある。

 WBCで世界に挑むことが期待される佐々木朗希の2023年。そして今季達成できなかった規定投球回数到達、2桁勝利に挑む。“完全試合イヤー”を終え、さらに印象に残るピッチングを残す新たなシーズンへ。

 原点回帰を終えた背番号「17」は未来だけを見据えている。

文=梶原紀章(千葉ロッテ広報)

photograph by Chiba Lotte Marines