カタールW杯に臨む日本代表。現地取材するスポーツライター飯尾篤史氏による“同時進行ドキュメント”で随時チームの内情・変貌ぶりを追っていく。

 優勝候補の一角がタジタジになっていた。

 ノイアー、キミッヒ、ミュラー、ルディガー、ニャブリ……と世界的な名手を擁し、W杯優勝4度を誇る強豪国が土俵際へと追いやられていた。

 ドイツを追い詰めたのは、前半は22%しかポゼッションを許されなかった日本だった――。

3-4-2-1への変更が反撃のきっかけに

 0-1で命からがらハーフタイムにたどり着いた日本は、フォーメーションを4-2-3-1から3-4-2-1へと変更する。これが、反撃のきっかけとなった。

 ドイツは攻撃を組み立てる際、左サイドバックのラウムをウイングのように高く上げ、ズーレ、ルディガー、シュロッターベックの3人でビルドアップを試みる。

 その3人に前田大然、鎌田大地、伊東純也の3トップが激しくプレスを仕掛け、ギュンドアンとキミッヒの2ボランチには遠藤航と田中碧が、ムシアラには板倉滉が、ミュラーには冨安健洋が……というように、潰しに行く相手をはっきりさせた。

 こうして流れを手繰り寄せると、森保一監督は57分、前田と長友佑都に代えて浅野拓磨と三笘薫を投入。71分には堂安律、75分には南野拓実と、攻撃のカードを淀みなく切り、ドイツを押し込んでいく。

 ピッチ上に描かれたのは、前線に左から三笘、南野、浅野、堂安、伊東が並び、その後ろに鎌田が構える超攻撃的なシフトである。そして、75分に堂安が値千金の同点ゴールを決めると、83分に浅野が起死回生の逆転ゴールをぶち込んでみせるのだ。

「監督が決断して、変えてくれたのがすべて」

 鎌田がこう語ったように、指揮官の決断と勇敢な姿勢が歴史的勝利を導いたことは間違いない。脳震とうを乗り越え、フル出場を飾った遠藤もこう振り返る。

「ターニングポイントは、後半の始めからシステムを変えたこと。あそこで10分、15分様子を見ていたら、ドイツをハメることができなかった。森保さんの素晴らしい判断だったと思います」

本当の勝因は、別のところにあるのでは?

 だが、システム変更はトリガーのひとつに過ぎないのではないか。

 このゲームの本当の勝因は、別のところにあるように思えてならない。

 ドイツ戦の前半、日本は積極的にプレスを仕掛けて敵陣でボールを奪うプランを持っていたが、それをさせてもらえなかった。だが、動揺はなかったと長友は証言する。

「もっと前から行きたかったけど、相手のポゼッションと戦術的なギャップの作り方がうまくてハメられなかった。でも、ハメられないことも想定していたので、ネガティブになることなく、ブロックを敷くことに切り替えた。誰ひとり焦っていなかった」

 前半の途中からドイツに押し込まれる展開となり、左サイドバックのラウムがまるでウイングのようなプレーをしてくると、伊東は最終ラインに入って5バックのように対応した。こうした判断はピッチ内でなされたものだ。

 また、1点を先制されたあとも、動揺はなかった。事前にあらゆる状況を想定できていたからだろう。

「前半は想定した状況でしたけど、思っていた以上にカウンターを仕掛けるチャンスがなかった。1失点しましたが、そこで崩れずに0-1で進めるということはずっと話していた」

「佑都くんや麻也くんが“0-1ならオーケー”だと」

 日本の左サイドに流れるミュラーに手を焼きながらも奮闘した田中が明かせば、代表で3年10カ月ぶりのゴールとなった堂安も言う。

「0-1ならオーケーだと(長友)佑都くんや(吉田)麻也くんが事前に話してくれて、その通りになった。W杯初出場の選手では、その意見は出なかったと思います」

 4年前のロシアW杯では、ベルギーから2点を先取したものの、リードしている日本のほうがアタフタし、ボールを繋げなくなって疲弊して、相手のパワープレーに為すすべなく屈してしまった。そんな姿は、カタールのピッチではもう見られなかった。

 ドイツとの一戦を迎えるにあたっては、全体ミーティングのほかに、選手たちは顔を合わせるたびに細かいディスカッションを重ねた。その成果としてピッチ内で各々がしっかりと意思を持ち、対応力を発揮したのだ。

 こうして前半を0-1で踏みとどまれたことが、後半の反撃へと繋がっていく。

なぜ、ドイツが最後までなんの修正もできなかったのか

 一方のドイツは、フォーメーションを変えてきた日本にまったく対応できず、最後まで後手を踏んだままだった。

 バイエルンを6度目の欧州王者へと導いたハンジ・フリックですら、45分間でなんの修正を施すこともできなかった。

 なぜ、できなかったのか。

 もちろん、優勝候補ゆえのプレッシャーもあっただろうが、そもそも代表チームは毎日トレーニングを積み、1年間戦うクラブチームとは違う。おそらくバイエルン時代なら簡単に修正できたはずのことが、代表チームでは簡単ではない。バイエルンの選手を中心にチームを作っているドイツ代表ですら、こうなのだ。

チーム作りが困難な中での、日本代表のアプローチとは

 メンバーが国内組と欧州組に分かれ、日本国内で試合があるたびに欧州組は大移動を余儀なくされ、メンバー全員が揃うのは試合2日前ということがざらにある。しかも、欧州でプレーする国もイングランド、スペイン、フランス、ドイツ、ベルギー、ポルトガル、スコットランド……と多岐にわたる日本代表のチーム作りは、想像以上に困難だ。

 それでもW杯ベスト8以上の高みにたどり着くために、どういったアプローチをすればいいのか。

 選手たちが主体的に考え、意見を発信し、ピッチ内での対応力を身につけること――。

 それこそが、森保監督が西野朗前監督とあのベルギー戦の敗戦から学び、この4年間に一貫して取り組んできたことだった。

 今や日本代表選手のほとんどがヨーロッパでプレーしているように、日本サッカーのレベルが上がっているのは間違いない。

 とはいえ、スペインやブラジルのように、選手たちがパッと集まって自らのサッカー(スタイルも、戦術も)を表現できるようなレベルにはまだない。

 日本のスタイル、固有の戦術や概念はまだなく、ヨーロッパに飛び出した選手たちがその国で、そのチームで戦術を学んでいる状態にある。

 これは選手や代表チームの問題ではなく、育成や日本サッカー全体に関わる問題だ。

 そうした段階の代表チームを強化するには、監督から何かを与えられるのを待つのではなく、自分たちで考え、行動できる集団を作らなければならなかったわけだ。

「自分たちができるということはある程度分かっていました」

 だから指揮官は、サンフレッチェ広島でJリーグを3度制したことが評価されて代表監督に就任したにもかかわらず、その戦術(3-4-2-1をベースとした可変式システム)を植え付けることに固執してこなかった。

 ところが、このドイツ戦の後半の頭から、時間をかけて取り組んできたわけではない3-4-2-1を導入して機能させてしまった。遠藤はきっぱりと言う。

「自分たちができるということはある程度分かっていました。森保さんが提示してくれて、あとは選手が対応してやるだけだったんで」

 ハーフタイムにシステム変更を決断し、積極的にカードを切ったことが凄いのではなく、目標とした集団に近づきつつあることこそ、森保監督のチャレンジとこの4年間の成果なのではないか。

 とはいえ、W杯の戦いはまだ始まったばかり。コスタリカとスペインに敗れれば、すべてが無に帰してしまう。そして、目指すのはグループステージ突破ではなく、ベスト8以上なのだ。

 おそらく森保監督は次のコスタリカ戦でメンバーを大きく替えてくるはずだ。殊勲の堂安がスタメンでもおかしくないし、出番のなかった相馬勇紀や上田綺世もラインナップに名を連ねてくるかもしれない。

 日本の総力を結集した戦いは、最高のスタートで幕を開けた。しかし、まだ始まったばかりで、何も手に入れてはいない。<つづく>

文=飯尾篤史

photograph by Kiichi Matsumoto/JMPA