4チームすべてが決勝トーナメント進出の可能性を持ってキックオフされたカタールW杯グループリーグE組最終第3節。勝てば無条件で2大会連続のベスト16入りを果たせる日本は、グループ内最強のスペインと対戦し、初戦のドイツ戦の再現とも言える2−1の逆転勝利を収めた。必然か、偶然か、奇跡か、実力か。そんなことは関係ない。日本は確かにベスト16へ進んだ。その背後には、今までの日本ではあまり見られなかった情報戦があった。

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 スペイン戦の前日会見に向かうと、入り口には開始前から長蛇の列ができていた。ペン記者とフォトグラファーは合わせて200人ほど。1戦目、2戦目と比べても多い人数だった。日本は森保一監督とGK権田修一が出席。会見はいつも通り、監督と選手から一言ずつ抱負を述べるスタイルで始まった。

 心なしか、森保監督の表情がドイツ戦やコスタリカ戦前と比べてリラックスしているように見える。権田は持ち前のよどみない語り口調でひとつひとつの質問に対して明快な回答を返していく。

 2人とも、大一番を前に少なくとも気持ちの部分ではクリアな精神状態にあるように思われた。スペイン戦のちょうど1カ月前、11月1日のW杯メンバー発表の際、今の心境を尋ねられた森保監督が挙げた、「行雲流水」という四文字熟語をあらためて想起させる雰囲気だった。

「自分の力を信じて、仲間の力を信じて挑んでほしい。普段やっている100%出してやれば勝てると思っている」(森保監督)

「スペイン戦は決勝トーナメントが1試合増えたような感覚。ベスト32という感覚で臨みたい」(権田修一)

会見場を和やかにした、森保監督の“あるジョーク”

 権田のポジティブな言葉は、チーム内の前向きなムードを代弁しているようである。コスタリカ戦の敗戦が醸し出す重苦しい流れを吹き飛ばすように、権田はこのように言った。

「何点以上取って勝たないといけない、という状況なら難しい感情だったかもしれない。でも、ドイツに勝てたことで、結果(勝敗)次第で上に行ける可能性を残せたのはポジティブなこと」

 森保監督は、監督と権田への共通質問が出た際、権田が立派な答弁をするのを聞いて「選手が非常にしっかりしたことを言ってくれるので監督が喋りづらい。先に喋ればよかった」と言って会見場を和ませた。

 森保ジャパンは選手とスタッフが同席して戦術ミーティングを行なう。そこでは若手からベテランまで年齢を問わず活発な意見が飛び交う。そのうえで、森保監督が選手起用と戦い方を決定し、選手に指示を出す。世界的に見ても希有なアプローチ法でW杯を戦っている訳だが、この距離感が会見の雰囲気にも出ているのだろう。

 一方、スペインは監督と選手が同席するスタイルではなく、30分の時間を区切って先にルイス・エンリケ監督の質疑応答があり、監督の退席後に選手の質疑応答が行なわれた。ルイス・エンリケ監督は身振り手振りを交えながらしゃべり口調にも勢いがあり、「静」の森保、「動」のルイス・エンリケという様相にも見えた。

大一番で仕掛けた“情報戦の真相”

 しかし、それは見た目上のことに過ぎなかった。会見で情報戦を仕掛けたのは森保監督だった。森保監督はスペイン語メディアから「ケガ人」に関する質問を受け、意外なほど詳しく説明した。ルイス・エンリケ監督が「この後の練習を見て判断する」という言い方にとどめたのに対し、けが人の状態については、「昨日の練習では外れた選手もいたが、全員練習はできる状態。酒井(宏樹)がどうなるか……。それ以外は全員できると思っているが……」と、別メニュー調整が続いていた遠藤航と冨安健洋の復帰を明かした。ただ、語尾が曖昧だったため解釈が難しく、日本メディアでも捉え方にばらつきが出るほどだった。

 日本代表の前日練習は、公式会見が終わった後、日が落ちてすっかり真っ暗になった18時から行なわれた。練習はいつものようにジョギングで開始。ところが、ジョギングの隊列を見ると、酒井と遠藤の姿はこの日もピッチになかった。森保監督は決勝トーナメント進出をかけた大一番で情報戦を仕掛けていたのだ。

 さらに、冒頭15分間の公開時間が終わって報道控え室に戻ると、今度は室内に大音量のポップミュージックが流れていた。日本代表の練習ピッチは2面あるが、1つは仮設の報道控え室のすぐ隣にあり、室内が静かだとピッチの声が聞こえてくることがある。音楽がかかるようになったのは、スペインメディアの人数が増えた試合2日前から。これには戦術練習の内容をもらすまいと細心の注意を払っている様子がうかがえた。

森保監督は、あえて直接コミュニケーションをとらなかった

 12月1日。スペイン戦が始まった。日本は開始からスペインに一方的にボールを握られる展開を強いられ、前半12分にはドイツ戦と同様に先制点を奪われた。内容的には防戦一方で攻め手の見えなかったドイツ戦よりは攻撃に転じる道筋が見えていたが、スペインのクオリティーそのものがドイツ以上で、厳しい展開であることは間違いなかった。

 前半を終えて0−1。しかし、日本は後半、ドイツ戦の逆転劇という成功体験も力となって勢いを見せ始めると、立ち上がりの数分間にスペインを一気に逆転した。そして、2−1のスコアのまま試合は終盤にさしかかった。すると、後半42分、コスタリカ戦で古傷の右膝を痛めて別メニューが続いていた遠藤がひょっこり交代でピッチに立った。スペイン戦前は予定されていたメディア対応も回避し、一度も報道陣の目に入る場所に姿を現さなかった遠藤の出場は、サプライズだった。

 アディショナルタイムの7分間を含めて約10分間、クローザーとしての役割をまっとうした遠藤は、「ドクターには無理かも、と言われたんですけど、思った以上に回復した」と笑顔。コスタリカ戦からの3日間は一度もチームに合流しないままの試合出場だったことを明かし、「8割くらいはできると思ったけど、1日も練習しない状態で先発はどうなのか。森保さんには難しい判断をさせてしまってそこは申し訳なかった」と言った。遠藤によると、この間、森保監督とは直接コミュニケーションを取らず、「遠藤⇔ドクター⇔森保監督」のヒアリングでメンバー起用の判断がなされていったという。

 選手と距離を詰めるところと、距離を取るところの使い分けも冴えているようである。

 日本は12月5日(日本時間6日0時)、ラウンド16でクロアチアと対戦する。酒井の状況は? 冨安や遠藤は先発でいけるのか? 再び情報戦が始まりそうだ。

文=矢内由美子

photograph by Takuya Sugiyama/JMPA