2009年から2018年まで10シーズンに渡ってJリーグでプレーし、“ミカ”の愛称で親しまれたミハエル・ミキッチ氏。カタールW杯で母国クロアチアと「第二の祖国」と語る日本との対戦が実現したことで注目を集めた右サイドのスピードスターは、サンフレッチェ広島時代の盟友・森保一監督について何を語ったのか。インタビュー後編では、同氏のあふれんばかりの日本愛と、日本サッカー界への熱いメッセージをお送りする。(全2回の2回目/前編へ)

堂安律の優勝宣言に苦言を呈したワケ

――あらためて、今大会の日本の戦いぶりをどう評価していますか?

 優勝経験のあるドイツとスペインに勝った。前大会のW杯準優勝国のクロアチアには公式記録上で負けていない。最後にPK戦で負けただけ。それは予想をはるかに上回る成功だ! 今のチームはとても若いので、4年後のW杯で彼らが爆発することを本当に期待している。PK戦での敗北と同じく不運に挙げられるのは、板倉滉が累積警告でクロアチア戦を欠場したことだね。

――結局のところ、両チームの差はなんだったのですか?

 私はビッグトーナメントでの経験の差だと思う。クロアチアは長い年月にわたって激しい試合を戦い続けてきた。W杯、EURO、ネーションズリーグ……。高いレベルでプレーすることで大きな経験を培ってきた選手グループだ。

――大会前から堂安律が優勝を狙うと公言していましたが、クロアチア公共放送であなたは苦言を呈していましたよね。

 私は「野心的すぎる」と言った。自分をしっかりと信じ、自尊心を持っているスポーツ選手はとても好きだし、評価もしている。しかし、ある状況においては現実的になること、そして謙虚な姿勢が必要。つまり、一段ずつ階段を登っていくんだ。サッカー選手の誰もがW杯優勝を夢見ていることを私も知っているよ。しかし、W杯の舞台にはフランス、ブラジル、クロアチア、イングランドなどの強豪国がいる。彼らは手強い相手なんだ。

 例えば、今の私は「準々決勝でクロアチアがブラジルに勝てる」なんてとても口にできない。ブラジルの試合を見たけど、あれは恐ろしいチームだ。想像を絶するほど強力だ。今のクロアチアがブラジルに勝つのは非現実的とさえ言える。ブラジルに勝てるとしたらサプライズが起きた時だけ。つまり、運に恵まれなくてはならないし、想像以上のエネルギー、あっと驚くような戦術がなければならない。そして、事実上ノーミスでプレーしなければならない。それらが起こらない限りはクロアチアに希望は持てない。

「日本サッカー界に“冬”は訪れない。しかし…」

――Jリーグでも開幕前にすべてのクラブが優勝宣言してしまうような、しばしば非現実的なことが起こりがちです。

 もちろん非現実的だ。18クラブ全部が「リーグ優勝を狙う」なんて宣言するのは不可能。おそらくクラブ側がサポーターにモチベーションや希望を与えたいからやるのだろう。実際のところ、いくつものクラブがタイトルを獲るほどのクオリティがないことを誰もが知っている。とりわけ34試合を通して戦うリーグ戦においてはね。今季のサンフレッチェ広島は3位で終わったが、私が監督だったとしても「来季はリーグ優勝を狙う」と宣言するような判断はしないだろう。もしかしたらその宣言が重圧に変わるかもしれない。

 だからこそ私は常にこう言いたい。「トップ3、あるいはトップ5のチームに入れるように戦おう。そしてトロフィーを1つ掲げたい」。つまり、ルヴァンカップ、天皇杯、Jリーグのいずれかの優勝だ。そのように言えば、重荷を背負うことにならないのと同時に、何かしらのタイトル獲得の希望を与えられる。わかってくれるかい?

――はい、わかります。

 例えば、大卒選手が6人から7人、新たに加入した年に「リーグ優勝を狙う」と宣言したところでも現実的ではない。それは野心的すぎる宣言だ。どのクラブもサポーターを活気づけ、モチベーションを与え、彼らに寄り添ってほしいと考えるのは理解できる。しかし、最後に大きな失望をもたらしてしまう可能性があるんだ。

――日本サッカー協会は「新しい景色」と称してW杯ベスト8を目標にしています。その目標に到達するために何が必要でしょうか?

 何も特別なことはない。今までの方向性で続けることだ。とても多くの選手がヨーロッパでプレーしているし、Jリーグは本当に優れたリーグだと思う。ただし、もっとトレーニングを積む必要がある。そしてユースクラブ、高校チーム、大学チームには優れたコーチが必要だ。そうすれば日本サッカー界に“冬”は決して訪れない。コーチが優秀なプロフェッショナルならば、タレントをしっかりと育てていくだろう。そして、最も重要なのは“強力なJリーグ”だ。国内リーグが強力で、その中で最高の選手たちがヨーロッパに渡る。そして、向こうでさらなる成長を続けていく。それこそが、日本サッカーがより良くなる唯一の道だ。

 しかし、あまりに若い年齢でヨーロッパに渡ってはダメだ。「18歳や19歳、20歳のうちにヨーロッパへと渡りなさい」なんてアドバイスを私は決してしたくない。ヨーロッパに渡るべき理想的な年齢は21歳か22歳だと思う。少なくとも2年か3年はJリーグで活躍すべきなんだ。国内リーグが強力ならば全員が正しい方向に成長する。それが私の考える日本サッカー界の“道しるべ”だ。

「森保は代表監督を続けなければならない」

――盟友の森保監督にメッセージはありますか?

 本当に誇らしいよ。彼が成し遂げたすべてに対して称賛を送りたい。彼は優れたセレクションを実行し、とても素晴らしい雰囲気のチームを作った。日本代表はまるで大家族のように見えた。それこそが最大の勝利なんだ。森保は日本代表監督を続けなければならない。彼が築き上げたものをピッチで目にした後はなおさら、あのスタイルが変わってしまうのが私には惜しいんだ。(広島で一緒にやった)アシスタントコーチのヨコさん(横内昭展)、マツさん(松本良一フィジカルコーチ)、シモさん(下田崇GKコーチ)も含め、彼らは素晴らしい道を歩んでいると思う。だからこそ日本代表の仕事を続けていく必要があるし、これまで成し遂げたすべてを誇っていい。サッカー協会は森保に契約延長を提示しなければならない。次のW杯は、森保とあの世代にとってピークになるべきだと思う。

――最後に、日本の読者やサポーターにメッセージをもらえますか?

 唯一のメッセージは「日本代表が全世界に披露したサッカーに誇りを持っていい」ということ。彼らが見せたのは、いわば“未来への光”なんだ。それも眩(まばゆ)いほどの。彼らは世界中の度肝を抜いた。そのプレースタイル、その振る舞いをもってしてね。日本代表が世界中の人々の共感を得たことが、私にはとても喜ばしいんだ。

――その上、日本人はスタジアムを綺麗にしていきましたからね。

 それも同じく大きなプラスだ。今では日本国民のメンタリティと文化を世界中の誰もが知っていて、高く評価している。だから私は、これほどまでに日本のことが大好きなんだよ。

<前編から続く>

文=長束恭行

photograph by Yasuyuki Nagatsuka