社会人野球のうち、企業が抱える「会社チーム」は全国に100弱あるが、長期的には減少傾向にある。それでも「野球部は簡単になくしたくない」と語るのがJR西日本野球部だ。
「プロ野球戦力外通告」(TBS系)でも注目されるのが、社会人野球チームからのオファーだ。JR西日本野球部ではどうやって優秀な選手を集めているのだろうか? 監督に聞いた。【全3回の3回目/#1、#2へ】

社会人野球はどうやって選手をスカウトしている?

 社会人野球のチーム作りは、プロはもちろん高校・大学などともまったく違う事情を抱えている。というのも、選手はただの選手ではなく、“社員”という前提があるからだ。だから選手数は会社の事情に左右される。もちろん一般の社員に交じって仕事をしなければならない。

 さらに、現役を引退してからも基本的に会社に残る。JR西日本野球部ならば、引退後は“鉄道マン”としてキャリアを積んでいくことになるのだ。そうしたことを踏まえつつ、同時にチームを強くするチーム編成をしていかなければならない。

 いったいどのようにして、チームを作っているのだろうか。JR西日本野球部副部長の宮本晃さんに聞いてみると……。

「私は選手の獲得そのものには関与していないんですよ。経営状況とか将来の要員体制を考えて、野球部には何人くらい必要だなという人数の判断は野球部の幹部でしますが、どの選手を獲得するかは監督やコーチら、現場のスタッフに任せているんです」

 となれば、話を聞くべきは監督だ。JR西日本野球部の監督は、田村亮さん。選手は現場の仕事をしながら野球もする二足のわらじだが、監督・コーチ・スタッフは中国統括本部経営企画部に所属しつつも、野球に専念する立場だという。

「私はもともとJR西日本野球部にいたのですが、福知山線列車事故で休部になった際にJR九州に移籍しました。選手を引退後もJR九州で2年ほど仕事をしていたのですが、こっちに戻って来ないかと声をかけてもらって、コーチとして復帰しました。2年前に監督に就任しています」

「最近はプロに行きたいという学生がすごく多い」

 ちなみに、JR九州とJR西日本は同じ“元国鉄”の仲間だが、会社のカラーには違いがある。それは野球部のカラーにも反映されているのだとか。

「九州はこっちと比べると会社と野球部の距離がより近いというか。九州男児が集まっていて、泥臭い感じがありますね。まあ、あくまで僕の感想ですが(笑)」

 それはさておき、田村監督は「監督の仕事の中でかなり多くを占めているのが新人選手の獲得」と話す。チームの練習や試合で指揮を取る傍ら、高校生や大学生の試合を視察し、指導者とコミュニケーションを取りながら選手獲得への道筋をつけていく。狙うのはもちろん強豪校で活躍してきた選手たち。ただ、名前の知られた彼らはプロ球団や他の社会人チームも目をつけている。

「最近はプロに行きたいという学生がすごく多いので、難しくなっているところはありますね。最初からJR西日本に行きたいと思ってくれればありがたいんですけど、現実的にはまずは選択肢のひとつに入れてもらうことから。ウチを選んでもらうためには、やっぱり結果を出していくことが大事ですよね。強いチームに声をかけてもらえると選手もうれしいでしょうから」

“野球バカ”から会社員になるという意識

 そうした中で、選手獲得の武器になっているのが“安定”だという。野球を引退した後も、会社で仕事を続けることになる。それは裏を返せば、生活面での不安を感じずに野球に打ち込めるということだ。こうした点もアピールしつつ、有力選手のスカウティングに監督自ら励んでいるというわけだ。

「ただ、仕事をしながら野球もするわけですから、その視点でもみないといけない。会社の中の野球部で、会社から給料をもらって野球をやっている。だから、会社の一員という意識は野球部以前に持っていなければいけない。選手獲得もそうですし、入ってからもそれを理解してもらうことがいちばん大事だと思っています」

 強豪校で野球をしてきた選手たちは、まさに文字通りの“野球バカ”。設備面も含めて恵まれた環境でひたすら野球だけをしてきた選手ばかりだ。それが、社会人野球に進むと一変する。午前中は自らの職場で一般社員とともに仕事に励み、午後に練習に向かうという生活になる。それに順応できるかどうかは、野球の技術面以上に重要なのだ。

「チームの基本理念として、“愛されるチーム”“勝てるチーム”の両方を掲げています。強いだけで誰にも応援してもらえなくても意味がないし、応援してもらっても勝てなければダメ。その両輪がうまく回るようなチームを作っていきたい。そのためには、できるできないは別にして、仕事の部分で一生懸命取り組む姿勢を見せること。仕事がいい加減だったら、そいつのために応援に行こうなんて思ってくれないですからね」

じつは相当恵まれている環境

 仕事に対する姿勢が甘くなると、野球にもそれが表れてくるという。内野ゴロでも一塁に全力疾走をするのか、平凡なプレーでもきちんとバックアップに入るのか。そうした細かいところは、仕事への姿勢と共通するところがあるのだ。

「ですから、選手たちの職場もできるだけバラバラにしてもらうようにお願いしています。だいたい一職場にひとり。自分しか野球部員がいない中で、他の社員に交じって仕事をする。野球部員がたくさんいると、どうしても固まってしまいますからね」

 野球部のOBは各職場に散らばって、鉄道マンとして活躍している。田村監督は、そうしたOBたちから野球部員の職場での様子を聞いている。また、逆に選手たちに職場の様子を尋ねることもある。

「野球のことだけを考えれば、とうぜん野球だけをやるのがいいのは間違いないんです。でも、会社の中の野球部ですから、社員の皆さんに応援してもらうことがいちばんの意義。だから職場に出ている時間も、選手にとっては大事な時間だと思うんです」

 会社の中の野球部という環境は、傍目からはなかなか理解しにくいかもしれないが、実は相当に恵まれている。仕事を失う心配はなく、それでいて設備面も整った環境。メイングラウンドの脇にある室内練習場も、数年前に人工芝を入れ替えて練習効率が高まった。もちろん、会社がおカネを投じてくれたおかげだ。

社会人野球選手が感じる“壁”

 ただ、一方で社会人野球ならではの難しさもある。入社したばかりの頃は、多くの選手がプロを意識して野球に取り組む。しかし、誰もがドラフトで指名されるわけではない。20代も半ばになると、プロ入りの可能性はかなり低くなる。そうなってからも、モチベーションを落とさずに続けられるかどうか。そこは、社会人野球選手のひとつの“壁”になっている。

「私自身もそうでしたけど、やるからにはプロを目指したい。でも、適齢期を過ぎると変わってくるんですよね。ダメだったということで気持ちがきれるところもあると思います。でも、プロを目指すだけが野球じゃない。社会人として長くやるのもなかなか魅力的なんです。毎年新卒の選手が入ってくる中で、実力とチームに良い影響を与えるという部分がないと長くはできません。私も36歳まで現役だったので、長く続ける価値はよくわかるんです」

「カープの二軍と大きな差はないです」

 立場も目標も異なる中で、チームをひとつにして率いていくのが監督の役目だ。チームをまとめる原動力は、やはり“社員たちが応援してくれる”ことにあるのだろう。また、最近ではプロ野球を経験した選手が入部することも増えている。社会人野球のレベルも年々高まっているようだ。

「プロ野球がいちばんノウハウが詰まっているので、元プロが入ってくると周りの選手には刺激になりますよね。また、ウチはカープのファームと練習試合をする機会もある。若い選手は自分をアピールする機会だと気合いが入っていますし、ベテランにしても社会人の選手として仕事をしながら野球をしていることへのプライドもあるんです。毎日午前中は仕事をして、職場の人たちの思いも背負って野球をやっている、という……」

 カープの二軍との練習試合、結果は勝ったり負けたり、つまりは“良い勝負”だとか。田村監督は、「二軍とは大きな差はないと感じる」と分析する。

「高校野球を見ていてもそうですが、野球のレベルが底からグッと上がってきているのは感じますよね。高校生のピッチャーも普通に140km/h以上のボールを投げますし。その中で、めちゃくちゃ足が速いとか肩が強いとか、そういう選手が集まっているのがプロ。平均的に高いレベルにあるのが社会人。ぼくはそういう印象で見ていますね」

 2022年、JR西日本野球部は4年ぶりに都市対抗野球に出場した。中国地区は、JFE西日本や伯和ビクトリーズ、三菱自動車倉敷オーシャンズなど、強豪がひしめく激戦区。田村監督によれば、飛び抜けたチームがいない中で、紙一重の戦いが続いているという。そうした中で、地区予選を勝ち抜いて久々に都市対抗野球に出場、東京ドームで試合をすることができた。

「普段は誰も見ていないところで練習していて、都市対抗や日本選手権に出ればスタンドにたくさんの社員の方が来てくれる晴れ舞台。野球の応援以外で同じ会社の社員が何万人も集まることってないじゃないですか。だからこそ、ああいう舞台で試合するためにやっている、選手たちもそれをわかってくれたと思いますよ。半分くらいの選手は、都市対抗に出たのが初めてでしたから」

 都市対抗を経験し、選手の意識も変わってきた手応えがあると語る田村監督。社会人野球は引退後も仕事が保証されている。ハングリー精神とは遠いところにあるかもしれない。しかし、だからこそ野球に全力で打ち込める。そして職場の仲間や社員たちもついている。選手たちのプレーの中に、そんなプライドが垣間見えるのが社会人野球ならではの魅力のひとつなのかもしれない。

<#1、#2から続く>

文=鼠入昌史

photograph by KYODO