球団の外に出ていたから見えること、わかることがある。昨シーズン、バッテリーコーチとして14年ぶりに古巣ベイスターズに復帰した相川亮二コーチは、感慨深げに語る。

とくに大きかった今永昇太の存在

「三浦大輔監督をはじめ選手時代に一緒にプレーした方々とともに戦うのはコーチになって初めての経験でしたし、充実感がありました。あとチームは、僕がいた時代とくらべてすごく変わりましたよね。これまでの指導者や僕の下の世代のOBや現役選手たちがチームの雰囲気を大きく変えてくれたんだと思います。すごくいいチームにしてくれたな、と感じることのできた昨シーズンでしたね」

 相川コーチが正捕手を務めていた時代、ベイスターズは低迷期から抜け出すことができず苦しんでいたが、今やそんな脆弱な姿をさらすチームではなかった。

 三浦監督体制になって2年目の昨季、相川コーチや石井琢朗コーチ、齋藤隆コーチ、鈴木尚典コーチなど球団OBを指導者として招聘をした影響もあってか、チームは一昨年のリーグ最下位から2位へとジャンプアップした。

 相川コーチが任されたのはバッテリー間における戦略戦術のブラッシュアップだが、コーチとして復帰し、まず目をみはったのは投手陣の充実だった。

「近年のベイスターズは外から見ていて“打撃”のイメージが強かったのですが、中に入って知れば知るほど能力の高いピッチャーが多いことがわかりました。とくに今永(昇太)の存在は大きかったですね。ノーヒットノーランできる実力はもちろん、とにかく勝利を強く意識しチームを鼓舞してくれる。“いいピッチングをする”といった意識だけではなく“勝つ”という強い気持ち。僕なんかよりもひとつ上の考えを持って野球をやっているというか、多くのモノを背負いながらチームのために尽力してくれる姿は本当に心強かったし助かりましたね」

「競ったら勝てる」というイメージ

 どのようにして相手チームに勝つのか。シンプルにして最大の目標。シーズン前、三浦監督と相川コーチが話し合いバッテリーに求めたのは、いかに競った試合で粘り、最後に勝ちを取ることができるかであった。

「大事なのはバッテリー間で同じプラン、考えを持って戦っていくこと。まずは競った試合をやっていき『最後は取るぞ!』ということをシーズン通して、話してきました」

 結果、昨季は2点差以内の試合は41勝33敗だった。一昨年の26勝32敗という成績を考えれば躍進のひとつの要因になったといっても過言ではない。とくに相川コーチが手応えを感じたのは、横浜スタジアム17連勝を含む夏場の1カ月間だった。

「負けていても逆転できる。つまり競ったら勝てる、というイメージを持ってチーム全体で野球ができていましたね。バッテリーは意思を通わせ失点を防ぎ、バッターは1点を取ることに集中することを体現できた時期だったと思います。そこをもう一度振り返って見直していけたらと」

 相川コーチの口調からは、またあの戦い方ができれば今シーズンはいける、というニュアンスが感じられた。

キャッチャー全員に告げたこと

 また昨季、キャッチャー全員に言っていたのは、予定調和の配球やアウトの取り方ばかりではなく「型にハマることなく自分の個性を伸ばしていけ」ということだった。

「基本的にはアナリストのデータなどを参考に試合のプランを立てていくのですが、ピッチャーの調子などプラン通りにいかないときもあります。そういうとき僕はバッテリーと話し合いプラン変更をするのですが、とにかくゲームに入ってしまえばキャッチャーは自分で考えることが大事ですし、最後に決断するのは選手たち。僕は手助けをしただけで、去年はバッテリーの努力が非常に見られたと思いますね」

 プランを与え、その前提が変わったときにいかに臨機応変に相手と対峙できるか。当たり前の話だが、やはりこのあたりは指導陣と連携ができていないと上手くは行かない。昨季はバッテリー間の大きなテーマとして“ストライク先行”というものがあったが、相川コーチは一定の成果があったと見ている。

「とくに先発は球数のことやあらゆる面を考慮するとストライクを先行させなければいけない。2ストライクに追い込むまでの被打率というのは高いわけですし、ストライクゾーンでいかにカウントを進めて追い込んでいけるか。今の野球はそこが大事だと思うので、初球の入りや追い込むまでの過程、そしていかにして一球で仕留めるかを明確にしてやって来た部分はあります。その点において昨年はいい部分も見られました。しかし今年、同じように行くとは限らないので、引きつづきバッテリーとはコミュニケーションをとっていきたいと思います」

ピッチャーに意識するように伝えた「ある変化球」

 昨季のDeNAのバッテリーを見ていて感じたのは、カーブを投げられる投手はカーブを積極的に使っていたこと。そして両サイドを意識しつつも高めの配球を効果的に差し込んでいたことだ。

「そうですね。特にカーブはピッチャーに意識するように伝えました。奥行きや緩急、他のいいボールを活かすという意味からもしっかり投げてもらいました。高めもそう。低めが基本とはいえ、高めはファウル、フライ、空振りのゾーンになりますからね。本当、バッテリーは勇気を持ってやってくれたと思いますよ。カーブのような遅いボールを投げるのはリスクをともないますし、またゾーンぎりぎりに外れる高めは、甘くなれば長打ゾーンでもありますし、反応がなければカウントを悪くする恐れもある。そこはもうキャッチャーというか、ピッチャーが頑張って投げてくれました」

 チーム成績に直結するバッテリーの成長が見られた昨季ではあったが、ただ懸念するのはチームトップの74試合でスタメンマスクをかぶった嶺井博希がFA移籍でチームを離れてしまったことだ。そのことについて尋ねると、相川コーチは真っすぐな眼で言うのだ。

「そもそも1年前に就任したときからベイスターズのキャッチャーの層は厚いと思ったんですよ。経験豊富な戸柱(恭孝)や伊藤(光)はいますし、山本(祐大)あたりは間違いなく一軍で勝負のできる存在。また若い益子(京右)や東妻(純平)もすごく力を付けてきているし、上の選手を脅かす存在として必ず一軍の戦力になってくれると思いますね」

松尾汐恩はチェックの段階

 そしてもうひとり楽しみな存在が昨年のドラフトで1巡目指名され、この8日からファーム施設(DOCK)で新人合同自主トレをスタートさせた松尾汐恩である。高卒ルーキーということで育成方針に関しては慎重を期さなければならないが、相川コーチは松尾にどのような印象を持っているのだろうか。

「まだ動画でしか動きは見ていないのですが、センスの塊ですよね。従来のキャッチャー像とは異なる、走攻守が非常に軽快でうちのチームにはいないタイプ。とはいえ、キャッチャーなので、まずはキャッチング。“捕る”という部分に問題はないのか。今後、合同自主トレやキャンプでプロのレベルでやっていけるのか諸々チェックが入ると思いますし、まだ何とも言えない時期ですが、実力を発揮してくれれば開幕一軍も見えてくると思うので、本当に期待をしています」

兼任する作戦コーチの仕事とは?

 さて改めて今季、相川コーチはバッテリーコーチに加え作戦コーチを兼任することになった。果たしてどのような仕事をしていくことになるのだろうか。

「作戦コーチに関しては、三浦監督や他のコーチ陣らと密にコミュニケーションを取りながら、いかに相手投手を攻略し、勝っていくかという部分に注力することになります。具体的に言えば、いかに得点力をアップしていくのか」

 DeNAの昨季の総得点は497と、これは前年の559を大きく下回るものだった。競った試合を勝てていたことの証明ではあるのだが、この得点力では投手陣への負担も大きく、また優勝を目指すには心もとない。

このチームの一番の怖さはやっぱり“打線の爆発力”

「これは石井コーチも言っているのですが、他球団の人間としてベイスターズを見たとき、このチームの一番の怖さはなにかと言うとやっぱり“打線の爆発力”なんですよ。昨年、細かいプレーができるようになってきて、そこを踏まえ持ち前の爆発力を改めて加えることができれば、ヤクルトともいい戦いができるし、優勝も見えてくるのではないかと思っています。また投手に関しても、先発も中継ぎも、昨年からもう一枚二枚、厚みを増せる可能性があると思っているので、期待をしてもらいたいですね」

 相川コーチは頼もしい口調でそう語った。ヤクルト、巨人と渡り歩き、時には侍JAPANで活躍するなど、投打でベイスターズを支えた経験豊富な扇の要。三浦監督の性格や野球観をよく知る懐刀として、どんな作戦で勝利に導いてくれるのか、今から開幕が楽しみだ。

文=石塚隆

photograph by JIJI PRESS