年の瀬のこと。佐々木朗希投手が練習を終えて帰路につこうとしていた時、電話が鳴った。知らない番号からの着信だった。電話に出ると聞き覚えのある声がした。誰からかすぐにわかり、思わず背筋が伸びた。
侍ジャパン栗山英樹監督。強いメッセージを告げられた。「郎希の力を出してくれ」。
もちろん、佐々木はそれより前から3月に行われる“世界大会”に向けて照準は合わせていた。しかし思いもしていなかった指揮官直々の言葉に大きなスイッチが入った。全身から力が湧き上がるのを感じた。
「ビックリしました。もちろん選ばれたいと思っていました。ただ本当に選ばれるのかなあという思いもあった。電話で監督から言われて初めて強い実感が湧きましたし、嬉しかった。光栄でした」
WBC公式球に手応え「感覚はよくなっている」
佐々木は年末年始もしっかりと練習スケジュールを作り、予定通りに身体を動かした。大みそかはスケジュールに沿ってオフをとったが、1月1日は地元の岩手県大船渡で朝から身体を動かした。
ボールも、投げた。強度強めのキャッチボール。それは立ち投げと言っていい。20球程度、力を入れて投げ込んだ。ボールはすべてWBC公式球。昨年11月に招集された侍ジャパンシリーズでは滑りやすいと言われるボールに、まだアジャストはしきれなかったが、ここにきて手先で感覚を感じることができるようになってきた。
「WBC使用球をなるべく多く投げて微妙な違和感だったり感覚のズレをなくして、自分のものにできるようにしたいと思っていた。感覚はよくなっている。まずはキャッチボールで100%に近い形で操れるようにしたい。そしてストレートをしっかりと投げられるようにするところから」
WBC――佐々木の記憶に残っている思い出は、2009年の第2回大会だという。まだ本格的には野球を始めていない小学校1年生の時。野球チームに入っていた3学年上の兄と一緒にボールを投げはじめたころだ。
学校が終わり、自宅に戻るとテレビがついていた。日本と韓国の決勝戦。手に汗握る展開の試合終盤、「ただいま」と居間に顔を出すと家族はその映像を見入っていた。
日本1点リードで迎えた9回に同点に追いつかれ、延長に突入。そして10回表2死二、三塁、伝説のシーンが生まれる。それまで不調だったイチローが中前に勝ち越しタイムリー。その裏のマウンドに立ったダルビッシュ有が最後のアウトを奪うとガッツポーズを見せた。テレビを見ていた家族もみんなで喜んだ。その光景は鮮明に覚えている。だからメディアからWBCの覚えているシーンを聞かれると必ずあの決勝戦を挙げる。
「野球に対する憧れやイチローさんをはじめ選手の皆さんがカッコよく見えた」
偶然に目にした光景は脳裏に焼き付いており、今でも目を輝かせながら話す。
テレビ越しに見ていたダルビッシュもいる
人生とは本当に不思議なものだ。
月日は流れ、あの時の小学1年生は21歳になった。1月6日に栗山監督の口から一部メンバーが発表され、佐々木は大谷翔平といった錚々たるメンバーの中に佐々木は名を連ねた。そして、テレビ越しに見ていたダルビッシュの名前もあった。
「すごい選手が集まる。レベルの高い大会になる。そして現役のメジャーリーガーの方々と一緒に野球をする機会はとても貴重なことだと思うので、色々なことを見たいですし、話もさせていただいてたくさんのことを吸収してその中で頑張れたらと思う。すごい経験になる」
普段はあまり感情の起伏をコメントには出さない若者もWBCの話題をメディアから振られると興奮気味に話をする。言葉の節々からも高揚感が伝わってくる。
今大会には千葉ロッテマリーンズの新指揮官である吉井理人監督も侍ジャパン投手コーチという立場で参加する。佐々木のプロ1、2年目に投手コーチを務め、成長の過程を優しく見守ってきた吉井監督がジャパンにいることは頼もしい限りだろう。そして吉井監督も“令和の怪物”と呼ばれる若者が超豪華メンバーがそろう侍ジャパンでさらなる化学反応を起こし、覚醒することを願っている。
「楽しみしかない。もちろん、ピッチング自体も楽しみだけど、彼がダルビッシュや大谷などのスター選手たちから何を吸収するか。どんな話をして、何に影響を受けるか。どのような練習方法に興味を持つか。ワシも彼らの会話を横で聞いてみたいぐらい。どんな影響を受け大会を通して成長するか。本当に楽しみしかない」(吉井監督)
北海道日本ハムファイターズ時代には投手コーチを務め、ダルビッシュや大谷とも一緒に活動した期間があり、彼らのプロフェッショナルな部分はよく知っている。だからこそ、手塩にかけて育ててきた佐々木がスーパースターたちと接することで、多くの事を吸収してほしいと期待している。
「彼らに共通していることがあるとすれば、もっと上手くなろうという向上心であり、自分で考えることが出来る事。つねに貪欲に新しい何かを探している。今、自分の状態がどうなのか、どのような練習が必要なのか、足りていないのか。今の自分を冷静に分析し、長所、弱点を見つけ出して、さらによくなろうと考えている。そこは共通しているので、話をすることで色々な発見がまた見えてくるはず」
「自分の投げる日は絶対に勝つ」
日本中が注目するだろうWBCに向けて、侍ジャパンはいよいよ本格的に動き出した。佐々木も地元での自主トレを打ち上げ、帰京。大会から逆算されたスケジュールを組んだ練習メニューを予定通りにこなす野球中心の毎日を過ごしている。
もちろん、WBCが終わった直後に迎えるプロ4年目のシーズンも見据えている。
「去年の自分に足りなかった部分を考えて補って、すべての面でレベルアップしたい。今年はチームの中心として投げられるようにまずは規定投球回数を投げて、登板数を意識する。自分の投げる日は絶対に勝つ。そんな気持ちで投げて優勝したい」
年末にはメディア向けに入団以来、毎年恒例となっている漢字一字での決意を色紙にしたためた。
一度も登板することなく終えた1年目のオフには「発」と書いた。出発の発。あえて“我慢”を選んだ1年目を終え、2年目にすべてがスタートする。その想いを力強く言葉にした。結果、2年目は甲子園でのプロ初勝利を含む3勝を挙げた。
2年目の年末に書いた文字は「超」。「スーパーなピッチングをする。ファンの皆様やメディアの皆様が期待をしている色々な事もしっかりと超えて、期待を超える存在になりたいです」とその理由を口にした。その意味は3年目が開幕してすぐに明らかとなった。4月10日のバファローズ戦(ZOZOマリンスタジアム)で28年ぶり史上16人目の完全試合を達成。しかも20歳5カ月の達成は史上最年少で、さらに19奪三振の日本記録タイ、13者奪連続三振の日本新記録もついてきた。まさに文字通りの“スーパーピッチング”だった。
そして注目の2023年に向けた記した漢字は「冠」。文字通り、タイトル。ハッキリと明確に宣言して迎えるシーズンとなる。
「タイトルを獲ります。勝ち星や勝率もですけど、個人としては防御率や奪三振を取りたい。全部、狙っていきます」
タイトルには、侍ジャパンとしての世界一。そして千葉ロッテマリーンズでの日本一の意味が込められている。すべての個人タイトル獲得にも照準にとらえる。
2023年は昨シーズン以上に背番号「17」が躍動しそうだ。期待と希望に胸高鳴る新たな1年が始まった。
文=梶原紀章(千葉ロッテ広報)
photograph by Chiba Lotte Marines