早稲田 is Back!!
箱根駅伝6位。とはいっても、それは派手な形ではなく、粛々と進められた印象だ。
昨年6月、母校の監督に就任した花田勝彦氏はこう話す。
「実力的には7、8位くらいという読みでした。もしも、上位が崩れるようなことがあれば5位に入れるかもしれない――という予測を立てていました」
取材に向かうと、待っていたのは花田監督のPCだった。外部の人間が滅多に見られないデータを見せてくれた。
「レース前、区間ごとに基準となるタイムを設定しますが、上方に振れた場合と、下方に振れた場合のタイムも想定しておくんです」
今年の早稲田の場合、総合タイムのターゲットは10時間53分30秒だった。
「上方に振れた場合、10時間51分台前半、下方に振れた場合は10時間56分くらいまでを考えていました。そして実際は、10時間55分21秒でした。想定の範囲内に収まったわけですが、1区が極端なスローペースになったことも影響しているので、ほぼ想定通りの走りをしてくれたということです」
「テレビで目立たなかったのは、そういう理由もあります(笑)」
このあと、各区間の想定と実際の走破タイムを見せてくれたのだが、まるで「花田スクール」の生徒になったような気分だった。
驚いたのは、予測と各選手のタイムにほとんどブレがないことだった。たとえば……。
5区 伊藤大志(2年・佐久長聖) 72分00秒→71分49秒
6区 北村光(3年・樹徳) 58分30秒→58分58秒
8区 伊福陽太(2年・洛南) 65分20秒→65分20秒
9区 菖蒲敦司(3年・西京) 69分15秒→69分12秒
10区 菅野雄太(2年・西武学園文理) 70分30秒→70分06秒
この5人は想定の30秒以内の差に収まり、8区の伊福にいたってはそのものズバリのタイムである。花田監督の解説が続く。
「往路は様々な要素が絡むのでタイム幅は大きくなりますが、復路は単独走が多くなるので予測しやすいんです」
花田監督は、就任してから「1=1、練習=試合の走りができるように」ということを話していた。私はこの数式は単純であるがゆえに、その重要性を見逃していた。ここに神髄があったのだ。
学生のポテンシャル、練習の達成率、レース展開の予想まで含め導き出されたのが設定タイムだ。現実のタイムが想定の幅に収まったということは、花田監督が選手たちの能力を十分に把握していたことを示す。
だから、無理もさせなかった。
「集団になった場合、じっと我慢するように学生たちには話しました。本来、早稲田の選手なら集団の先頭に立ち、前を追うようなレースをするべきでしょう。ただ、今季はそうした攻めの走りができるような練習をする時間が取れなかったので、選手は自重し、我慢して走ってくれました。あまりテレビでも目立たなかったのは、そういう理由もあります(笑)」
瀬古さんのダメ出し「それじゃ、足りないんじゃないか?」
では来年、早稲田が“目立つ”ためにはどんなことが必要なのか。花田監督は明言する。
「このままでは優勝はできませんよ」
直截な物言いに驚く。
「今年のレースで、想定通りのことはできると学生たちは証明してくれたわけです。これから上を目指すなら、学生たちの『俺たちはこんなもんじゃない』という欲が絶対に必要なんです」
1993年、花田監督は3年生の時に総合優勝を経験しているが、その時はチームが欲に満ちていたという。
「城西大学の監督を務めている櫛部(静二)、武井(隆次)も、そしてナベ(渡辺康幸・現住友電工監督)も、みんな区間記録を出す気満々でした。そのためには、普段の練習が重要です。レースで100パーセントの力を出すために、練習メニューを85パーセントでこなす余裕が必要だと思ってました。そのために、生活を見直していく。いまの学生たちもポイント練習だけではなく、つなぎのジョグ、体のケア、治療、あらゆる面でレベルを上げていく努力が見られるようになれば、早稲田は優勝を狙えるチームになると思っています」
指導のベースにあるのは、師である瀬古利彦氏の教えだ。
「瀬古さんは私たちに『今度のポイントは何をやるか?』と、まずは意見を聞いてくるんです。そこで『5000mを2本で行こうと思います』と答えたとすると、当初は『それじゃ、足りないんじゃないか?』とダメを出されていました。そうしたやり取りを重ね、実際に実力がついてくると、瀬古さんと私の思惑が合致するようになってきたんです。いま思うとケンカもしつつ、瀬古さんの手のひらの上で転がされていたと思いますが、私も学生たちからそうした欲を引き出せるようになりたいですね」
そしてこう付け加えた。
「指導者の究極は『選手を止めること』ですから」
「ユニフォームへのスポンサードも検討しなくては…」
学生の意識に応えるべく、環境の整備も進めている。花田監督自身、大学4年生の時に欧州遠征を経験したことで飛躍するきっかけをつかんだ。
「同じような場を準備したいですが、いかんせん、予算がありません」
そこで浮上したのが、2月に発表される見込みのクラウドファンディングだ。
「海外遠征、合宿の充実を目的としています。当初の目標は500万円です。そこを突破したら1000万円、そしてさらに次の目標を設定しています。ただし、学生の強化は単年ではなく、長い時間かかるものですから、少なくとも5年は継続できるプロジェクトの形にしていきたいと考えています」
名門でありながら、早稲田の環境は必ずしも恵まれているわけではない。
現状では指導に当たる専任コーチは花田監督がひとりだけ。それに対して、今回の箱根駅伝で2位に入った中央大学は、藤原正和監督を筆頭に4人の指導陣を揃える。これは人件費の差を示す。
「今後の活動資金のことを考えると、ユニフォームへのスポンサードも真剣に検討していかなければなりません」
早稲田の課題は「リソース」に尽きる。高校生のリクルーティングについても、他校では1学年10人ほどの推薦入学者がいるが、早稲田は、1年で3、4人。ただし、花田監督は現状を嘆くことはない。
「リクルーティングは欲をいえばキリがありませんが、私は現状のままでも十分に戦えると思っています。入部してくれる人材を、丁寧に指導していく。このところ、大迫(傑)君以降、長距離で早稲田関係者から代表を出していないので、日の丸をつけて走れる選手を育成することも早稲田の使命だと思っています」
花田監督の言葉を聞いていると、アメリカのスポーツジャーナリズムで使われる言葉を連想する。
No-Nonsense.
意訳すれば、真っ当で、隙のない様子。
リソースと花田監督の「理」が合致すれば、早稲田は間違いなく上向く。
「早稲田が優勝する時は、運営管理車から私が何も言わなくても選手たちが自分で判断して走れるようになってほしいですね」
しかし、論理的であるばかりではない。花田監督には熱いものが流れている。もしも、もしもだ。早稲田が優勝を争うような熱い展開になったとしたら、花田監督がかつての中村清監督のように早稲田大学校歌を歌い、激励する日が来るかもしれない――。
「知と熱」が融合する日を待ちたい。
文=生島淳
photograph by Yuki Suenaga