いよいよ高校ナンバーワンストライカーが海を渡る。

 先日閉幕した高校サッカー選手権での活躍が記憶に新しい、鹿児島・神村学園のFW福田師王だ。

 2023年1月から、ドイツ・ブンデスリーガの強豪クラブであるボルシアメンヘングラッドバッハ(以下、ボルシアMG)のセカンドチームに加入する。「4部リーグが主戦場」という見解が多いが、活躍次第ですぐにトップチームに昇格できるプロ契約だという。

 身長は178cmと決して大柄ではないが、質の高い動き出しと身体の強さ、そして空中でのボール処理能力に優れ、ピッチの最前線では抜群の推進力とシュートセンスを発揮する。その才能は多くのJ1クラブが高1時から獲得に乗り出すほど注目を集めてきた。

「バイエルンの練習会に行くか?」

「最初は海外なんて選択肢は存在しなかったんです」

 海外でのプレーを選択した経緯を訊くと、18歳の青年は素直にこう打ち明けてくれた。

 海を渡る意識が明確に芽生えたのは、高2でエースとして出場した昨年度の選手権を終えた後。ある日、神村学園サッカー部を率いる有村圭一郎監督に職員室に呼び出された。

「バイエルン・ミュンヘンの練習会に行くか?」

 突然の問いかけに福田は「え?」と戸惑った。

「冗談でしょ? 何かの間違いでしょ?と思っていたので、あまり先生の話が頭に入ってこなかったんです」

 それでも有村監督は困惑する福田をよそに話を続ける。淡々と超強豪クラブへの練習参加のオファーが届いたことを伝えたのだった。

 当時の福田は決して海外サッカーを熱心に観るタイプではなく、ヨーロッパサッカーの動向もハイライトで追う程度。ただ、最もプレーの参考にしていたレバンドフスキ(現バルセロナ)がエースとして君臨しているチームだ。海の向こうの遥か遠い存在が急に近づいてくるように感じた。「こんなチャンスは滅多にない」と、22年3月にドイツに旅立った。

 バイエルンでは、同世代の金の卵たちが技術を磨くU-18チームとU-19チームの両方に参加した。わずか1週間の参加だったが、福田はその時間を「地獄だった」と振り返る。

 実戦形式の練習では、得意の動き出しを何度も仕掛けるも一向にボールがこない。ボールを受けるためにポジションを落としてもパスが回ってくる気配すらない。言葉も通じない、知り合いも友達もいない環境で過ごすことは福田にとって苦しい時間だった。落ち込んでいる暇すらなく、あっという間に時間は過ぎ去っていく。結局、最後まで彼のもとに効果的なパスはこなかった。

 練習後、いつも込み上げてきたのは悔しさではなく、“怒り”だった。その矛先はパスを出さないライバルではなく、自分。

「自分がヘタクソだからパスがこない。何もできない自分に腹が立ちました」

 自分がヘタクソだから――そうやって自分にベクトルを向けられるのは福田の強みの1つだと言っていい。神村学園中等部時代から切磋琢磨してきたMF大迫塁(J1セレッソ大阪内定)のことは「神」と呼ぶほど信頼を置いてきたが、単にリスペクトするだけではなく「差を広げられたくない。自分が成長しないと一生塁には追いつけない」とシュート練習やゴールへのアプローチをひたすら磨いた6年間だった。だから、この“地獄”の経験もすぐに自分にベクトルを向けることができた。

「トレーニングのところからみんな勝負にめちゃくちゃこだわってやっていましたし、強引に仕掛けたり、強引にシュートまで持っていったり……。『結果を残して何が何でも上に行く』というリアルな気持ちが伝わってきました。それくらいやらないと置いていかれるなと」

 おそらく1週間もパスがこない経験なんてしたことがなかったに違いない。でも、「もっと成長して、バイエルンを倒したいと思いました」と、モチベーションを上げる燃料に変えてみせた。

リセットして臨んだボルシアMGの練習参加

 取り戻す機会はすぐに訪れる。そのままドイツに残り、今度はボルシアMGの練習に参加するチャンスを得た。

「もう一度自分の気持ちをリセットして、『絶対にやってやるんだ、見せつけてやる』という気持ちでしたね」

 U-19チームの一員として参加し、「『ヘイ! ヘイ!』と声を何度も出して、ジェスチャーも大きめにやった」と、初日から臆することなくボールを要求した。すると、限られたチャンスでゴールを決めた福田のもとにはどんどんパスが回ってきた。仲間たちと徐々にコミュニケーションが取れるようになり、ドイツらしい激しい球際でもより考えてプレーを選択できるようになった。

「後ろ向きでボールを持ったら、自分は身体が小さいのでファール気味にアタックされて潰されてしまう。体の向きやフリーの時にどうやってボールを受けるかをすごく考えました。自分次第で環境は変わる。まだまだ自分がヘタクソだということを嫌というほど思い知らされたからこそ、成長につながる場所だと思いました」

 “地獄”と“充実”の1週間をそれぞれ過ごした福田は、卒業後に海外でプレーすることを本格的に選択肢として捉えるようになっていく。

 ドイツでの練習参加が報じられてからは、「Jリーグを一度経験してから海外に行った方がいいのではないか」という声が福田の耳にも届き始めた。

 Jリーグか、海外か。

 悩んだ高校3年生は、ここでもう一度、ドイツに行くことを決断する。22年8月に評価が高かったボルシアMGに再び練習参加することになった。

「めちゃくちゃ削りにくるんです。こっちも熱くなって強く行くんですが、向こうもさらに強く来ましたし、めちゃくちゃ要求してくるんです」

 あいつは2度目だよなーーチームメイトからすれば、1度目と違って仲間になる選手だと認識された違いはあったかもしれない。でもそれはライバルになる可能性があることも意味していた。周囲の空気の変化を敏感に感じ取った福田は「もうお客様ではない」と感情を剥き出しにした激しいバトルに身を置いた。

「お前、ストライカーだろ!!」

 練習から張り詰めた緊張感の中で、忘れられないシーンがある。

 クロスに対して選手2人がニアサイドとファーサイドに飛び込んでシュートを決めるトレーニングをしている時のこと。福田はニアサイドに飛び込んだ。そこにライナー性のクロスが届くと、福田はスルーしてファーサイドの選手にシュート機会を託した。結果、飛び込んだ選手に合わなかった。「合わなかったか」と引き上げようとしたその瞬間、後ろから怒鳴り声が聞こえた。

「お前、ストライカーだろ! 何で触らないんだ!!」

 味方が福田に殴りかからんとするくらい怒りをぶつけてきた。甘さを痛感した瞬間だった。

「確かにコーチからも『ニアサイドに飛び込んだら絶対に触れ』と言われていたんです。その言葉を浴びせられて、燃えないわけがないじゃないですか」

 たった1つの出来事で福田の価値観はガラリと変わった。何が何でもゴールを決める。それがこの世界で生き残る術だ。ここでの経験は選手権で挙げた3つのゴールシーンにもつながっていた。相手を背負ってでもゴールに向かうドリブル、誰よりも速いこぼれ球への反応は、短期間で得た“収穫”が生んだゴールとも言える。

「たった5カ月で…」同じ18歳がデビュー

 さらに、海外移籍への気持ちが傾く出来事もあった。1回目の練習参加時にU-19チームで一緒にプレーをしていた同い年のイヴァンドロ・ボルジェス・サンチェス(ルクセンブルク代表)が、すでにトップチームのベンチ入りを果たし、ブンデスリーガのピッチに立っていたのだ。

「たった5カ月の間にチャンスを掴んでトップのベンチに座っている。その姿を見て、『これが世界か』と思ったんです」

 練習参加を終え、帰国してから正式にオファーをもらった。即答はできなかったが、コーチ陣から的確な課題を指摘されるなど、“自分を見てもらっている”手応えも感じることができた。

 帰国した福田はもう一度、冷静に自分が進むべき道に向き合った。ボルシアMGのレギュラーとして活躍する日本代表DF板倉滉からは、「早いうちに来たら見る世界が変わる。言葉も覚えるよ。俺も最初は全然話せなかったから、心配しなくていい」と背中を押された。昨年、尚志高からシュツットガルトに加入した1学年上のDFチェイス・アンリからも「やばいくらい楽しいし、やばいくらい強くなれるよ。お前も早く来いよ」と素直な意見をもらえた。

 答えを出すことは簡単ではなかったが、悩みに悩んだ末にボルシアMGをプロとしての最初のクラブに選んだ。

「やっぱりあの経験は忘れられないし、どうせ行くなら早いうちに行って世界基準に早くなれた方がいいと思いました。(いろいろな意見はあったが)それなら俺が一番海外で成功してやろうと思えましたし、時代を変えたいと思いました」

 高卒→海外の成功例が少ないなら、自分が新しいケースになればいい。ここなら絶対に成長できる。そう、自分を信じることができた。

「もうゴールを決めることしか考えていません。早い段階で結果を残してトップチームデビューすることが僕の目標。そこでまた結果を残せば日本代表にも入っていける。常日頃の練習や試合からゴールにこだわっていきたいです」

「W杯で絶対ピッチに立ちたい」

 これからは異国の地での生活が始まる。しかも、初めての1人暮らしだ。

「凄く楽しみです。サッカーだけでなく、言葉も料理も、どこまでできるのかなと。また赤ちゃんから始めるようなものですね(笑)」

 もちろん、楽しみなのは私生活だけではない。福田の目線の先にはブンデスリーガで躍動する自分と、ブルーのユニフォームを着てW杯の舞台に立つ自分もしっかりと描かれている。

「2026年W杯で絶対ピッチに立ちたい。カタールW杯ではFWがゴールを決めることでチームに勢いをもたらしていたと感じたので、そんな存在になりたいと思います。僕が成長してFWの仕事をみんなの前できっちりとしたい」

 通用すると思ったから進むのではなく、通用しないと思ったからこそ進む。壁にぶつかったり、格上を相手にした時の福田は強い。全てを自分への“怒り”に変えられる男――挑戦の物語はもう始まっている。

文=安藤隆人

photograph by JIJI PRESS