5年ぶりのBクラス・4位に沈んだ2022年の巨人。ペナント奪回のために原辰徳監督が行ったのが、大胆な一軍コーチ陣の入れ替えだった。その中で“目玉”とも言えるのが、大久保博元打撃チーフコーチの就任だ。
 黄金期の西武から1992年に巨人に移籍。藤田元司監督の下でプレーし、長嶋茂雄監督(現終身名誉監督)の下では日本一も経験。現役引退後は西武で中村剛也内野手の育成などに携わったのちに、楽天では打撃コーチから一軍監督も歴任するなど、指導者としての経験も豊富だ。
 就任直後の秋季キャンプでは「アーリーワーク」と呼ばれる早朝練習を導入して、これまでとは違う新風をキャンプに吹き込むのにも一役買っている。その大久保打撃チーフコーチがNumber Webのインタビューで巨人打線再生プランを明かした。〈全2回の1回目/#2へ〉

――就任直後の秋季練習、秋季キャンプではいきなりハードな練習で話題になりましたが、その中でいまの巨人の打者に必要なものはなんだと感じましたか?

大久保 もともと巨人ファンで、評論家としても試合は見ていました。その中で一番感じていたのは、単純に練習が足りないんじゃないかな、ということですね。どこでそう感じるかというと、スイングの力強さでした。選手を見ていて感じたのは、『しっかりフルスイングで振り込めていない。練習で全力で振るスイング数が少なければ、試合でも全力で振れないでしょ』ということ。練習している選手は、試合でもしっかりマン振りできる。でも巨人でそういうスイングができている選手が少なかった。単純に巨人って、練習していないから勝てないんだなっていうことですよね。

――広島の若手とかに感じる力強さがない?

大久保 ジャイアンツの選手たちはセンスはいいのに、センスがいいだけで終わっている。もったいないんじゃない? じゃあ何が足りないのかというと、やっぱり練習量なんですね。

――練習の仕方は?

大久保 まず理解しなければならないのは日本人の骨格です。欧米人は骨盤が前向きに入っていて、蹴り足がしっかり使える骨格を持っている。でもアジア系の人は体の作りが違っていて、骨格的にそこの蹴り足が強く使えない。陸上のスプリント競技に弱いのもそのためです。だから野球でも、外国人みたいに打席で自然体で構えたところから、ボールをじっと見て反動を使わずにバッと打てない。ハエ叩きでも、反動をつけずにパチンと叩く方がミート率は上がる。外国人は体の作りでそれができるんですね。でも日本人は体の作りからそれができない。蹴り足が使えないから。

――それではどうすればいい?

大久保 そういう骨格の人たちが力を伝えるには、大きく体を使わなければならないんです。ただ精度を高めるためには、なるべく小さく打ちたい。だとすると体に力をつけるしかない。そのためにはウエイトをやって、その上でいかにバットを振る力を養うか、ということになる。

――その振る力が巨人の若手には足りない?

大久保 4連敗した2019年と2020年の日本シリーズは分かりやすかったですよね。パ・リーグの投手は、中継ぎでもみんな150㎞以上の球速が出ちゃうわけだから、打てないですよね。あのスイングじゃ。で、速い球を打てないから慌てる。すると相手バッテリーに簡単に奥行きを作られる。前に出されて、崩されて……それじゃ勝てないよって……。

三振しても悔しそうに見えなかった選手たち

――一軍の主力でもそうだった……。

大久保 あと去年、負けた選手たちの姿を見て感じたのは、三振しても悔しそうに見えなかったことですね。練習していると悔しいはずなんです。これは僕の持論として。練習してなければ悔しくない。だから練習してないよ、と。

――秋季練習ではアーリーワークを取り入れてかなりの練習量をこなしました。

大久保 監督もバントは必ずやらせる方針だったのでバント、バスター、バスターエンドランと、犠牲心を持った組織的な打撃を必ず入れる練習になった。みんな真剣に取り組んでくれていた。秋季練習ではレギュラー陣もやった。監督のやりたい野球の準備のために、練習に入るにあたってはベテランを含めて選手と話し合って、分かり合って前に進みたい。それを分かれば“ユー”より“アイ”になるんです。「お前どうしたい?」じゃなくて「オレはこうしたい」という話し合いができる、いまはそういう選手が一杯いますね。

――具体的な若手の評価をお聞きしたい。まず期待の秋広優人外野手については?

大久保 秋広ってやばいくらいにカロリーを消費するんですよ。1日で6000kcalとかそれ以上のカロリー消費量なんです。普通なら2000から3000kcalなのに。それじゃ太れないですよね。だから中田翔がいまやってくれているように、それなら7000kcal食えよってことです」

――まず体作り、体力作り?

大久保 基本的には長くて重いものを持ったらボールは飛ぶわけです。もちろんバットを入れる角度とかもありますけど。秋広の場合は長さは持っているけど、重さが足りないんですよ。それがシーズン中に痩せちゃうから、ますます足りなくなる。その分の脂肪がないと143試合は持たないですよね。秋広は体が大きくなることがテーマだから、翔が自主トレで『12合をみんなで食うぞ!』とやってくれている。

秋広に伝えた「そこは求めてないんだよね」

――技術的には?

大久保 自分の評価がどうしてもヒットを打つとか、打率が大事になっちゃっているんですよね。秋季練習のソフトバンクとの練習試合で3本、ヒットを打ったんです。でも、追い込まれてチョコン、チョコンと打ったヒット。3本ともです。だから秋広には『オレは全然、そこは求めてないんだよね。3本打って、結果出たと思っているかもしれないけど、悪いけどオレの中ではそこは評価にはなっていない。追い込まれてもブアッと振ってくれって言っているじゃん』って話したんです。

――フルスイングしろ、と。

大久保 練習でもマン振りできなくなっている。監督が求めるのは大きな当たりを全方向に打って欲しいということですよね。松井秀喜になって欲しいから、背番号55番をつけているわけじゃないですか。

――才能はある?

大久保 あります!

――どう伸ばしていきたい?

大久保 振る才能をもっと伸ばしていく。秋広はこれまで生きてくる上で、長打を打つより、結果を残さないと生きていけない場面が多々あったんだと思う。彼の歴史の中で。深海魚の目がなくなっていくようなもので、強くフルスイングする振り方を忘れてしまっている。それをもう1回、呼び起こす。元々はホームランバッターなんだから、そこを生かしていこうというのをやる。秋季キャンプからやってはいたんだけど、ゲームになるとどうしてもチョコーンとやりだしてしまう。まずそれをやめて欲しい、と。それは本人にも伝えました。

――今季、一軍で使えるレベルまで期待できますか?

大久保 まあ一軍でも2割5分で30本打つ力はある。2割で30本でもいいです。それだったら8番に置けるから。ただ、今のチョコン、チョコンというのでは打っても10本ですよ。それじゃあ使えないんじゃないですか。守備もそう上手いわけじゃない。走れるわけじゃない。ならば僕らも「監督、違う選手がいいんじゃないですか」となりますよ。それが現状です。彼が3割3分打つならいいですけど、それはない。魅力はホームランを打つという、3割を打つより難しいかもしれないことで、それをできる可能性はあるんです。そこを秋広にはやって欲しい。ぜひ一軍、二軍と言わず、どっちにいようが高いところ、高いところを狙って、ホームランの打ち損じがヒットというバッターになって欲しいですね。

――秋広選手以外で目を引いた若手は?

大久保 廣岡(大志内野手)、北村(拓己内野手)、増田陸(内野手)あたりは、打撃部門で言うと一軍でも大きなチャンスがありますよね。

――増田陸選手は外野へのコンバート案もあり、今年はチャンスが広がりそうですが……。

大久保 増田陸のタイミングのとり方は天性です。あれくらいタイミングが上手にとれる選手というのは1チームに1人か2人いるか。勝手にタイミングが合わせられる。ピッチャーの足が上がったからとかじゃなくて、自然ととれる。増田だけですね。天才的なので楽しみです。

――課題はどの辺にありますか?

大久保 僕に言わせると一軍の実戦、実績ですよ。バッティングだけなら、もう上で十分に使えます。ただ守れない選手はレギュラーはとりづらい。よく守りは努力で何とかなるというけど、守りは天性です。例えば元ヤクルトの(宮本)慎也(内野手)でも、彼は守りがいいと使っているうちに2000本(安打)打っているわけですよ。あいつのバッティングは天才だってプロに入ってきても、守備がダメだとね。オレがそうです。バッティングは自分でも天才だと思っていましたから!(笑)でも守備と足がダメだとなると、なかなか使えないんです。そこで負けていっちゃう。(本塁打を)50本打たなければ追いつかないけど、50本は打てないわけですよ。だからそう考えると増田は守備を頑張らないと、走塁を頑張らないと。10試合に1回は走れるようにならないと、チャンスに入ってこないですよね。増田にはバッティングより守備をアピールしろ、っていうのがオレの中ではありますよね。

「ミスは試合前に決まっている」

――廣岡選手も去年は坂本勇人選手が故障で離脱したときに、チャンスをもらいながら守備のミスでモノにできなかった。

大久保 僕に言わせれば、そういうミスというのは、実はもう試合前から決まっているんです。我々人間って、ホモサピエンスの時代に虎とかヒョウから逃げて、どう生き延びるかばかりを考えてきたから、基本はマイナス思考なんだ、という話を聞いたことがあります。そのマイナス思考をどう変えるか。医学的には副交感神経を活発にして、リラックスして呼吸をたくさんできる状況を作れるか、だそうです。何が言いたいかというと、去年も若い選手たちをどうしても打線の中にムリやり組み込まなければならなかったし、そうやってムリやり嵌め込んだら、選手はプレッシャーで結果が出るわけがないんです。

――重圧が若い選手のミスを生む?

大久保 だから結果については、我々の責任にしてしまうしかない。使うけど、打てなかったらオレらが悪いんだから結果を気にしないでやってくれ、と。全力でやるのがお前の仕事だよ、と。ただもう一つ、「ミスは試合前に決まっている」と言ったのは、我々がいくら責任を引き受けても、彼らの背景としてどれだけ練習したかということがあるからです。やっぱり今までやってきた練習量が結果になる。そこはしっかり押さえないといけないところですね。

 練習はウソをつかない。そのためのアーリーワークであり、ケースバッティングの徹底である。しっかりとバットを振り切る、マン振りできる集団を作り上げるところから、巨人打線の再生は始まる。

 後編では期待のルーキー・浅野翔吾外野手の可能性と、岡本和真内野手と坂本勇人内野手の新旧キャプテンの再生案を聞く。

〈続く〉

文=鷲田康

photograph by SANKEI SHIMBUN