巨人・大久保博元一軍打撃チーフコーチへのインタビュー後編は、浅野翔吾外野手と萩尾匡也外野手のドラフト1、2位コンビの可能性から、苦しんだ昨シーズンからの復活を目指す坂本勇人内野手、岡本和真内野手への期待と再生計画を聞いた。〈全2回の2回目/#1へ〉
――ドラフト2位で入団した萩尾匡也外野手はキャンプも一軍スタートで、即戦力の期待がかかっています。
大久保 萩尾は六大学でライトでもどこでもホームランを打っているんですよ。監督は「長野(久義)を初めて見たときと一緒だ」と言っていましたね。「長野が入ってきたとき、やっぱり右方向にとんでもない距離を出していた。それが萩尾にはある」って。バッティングは使えるんじゃないかなっていう予想は、みんなが立てていると思います。それじゃ守備はどうか。守備範囲は広い。肩はどうかというと平均点はある。だとセンターですよね。十分チャンスはあると思います。
――二軍スタートが決まったドラフト1位の浅野翔吾外野手はどう見ますか?
大久保 彼は頭がいいですよね。「僕は何年後かを目指します」って。あれは実はプラス思考な発言なんですよ。プロに入ってきて、まずはプロの生活になれるのに1年はかかる。朝、何時に起きて、何時に朝食を食べるんだっけとか、同じものを食べたのに体が重いけど、何でだろう、とかね。そこに慣れていくのに最低1年はかかる。そういうのを誰かに教わらないと、ああいう発言は出てこないと思う。ルーキーに変に淡い希望を持たせて、張り切りすぎてアキレス腱とか切られたら終わりですから。そういう意味では監督も百戦錬磨、浅野への教育プランは上手に組んでいます。
――彼のバッティングはどう評価しますか?
大久保 いまでもすぐに一軍で使えるんじゃないかと思うバッターですよね。まずタイミングをとるのが上手です。これは天性。そういう1人じゃないか、と。高校時代のビデオを見ていて感じたのは、初めて当たるピッチャーの全球種であそこまでタイミングを合わせることはなかなかできないってことですよね。
――身長は171cmと小柄ですが、いかにも体幹が強そうな体型をしている。
大久保 強そうだよね! ウリ坊みたいだもん(笑)
――現時点での課題としては?
大久保 もうちょっと欲しいと思うのは、インパクトの瞬間だけバンっと振れるようになること。それができると(一軍で)いけるとなるんだけど……。まだ、それはないですね。まだインパクトのあたりがボヨーンって感じ。おかわり(西武・中村剛也内野手)も身体は小さいですよね。浅野くらい(中村は身長175cm)だけど、あいつのすごいのはインパクトの一瞬だけで振れるところ。インパクトのところだけ振るみたいな感じなんです。そこが浅野にも出てきたらと思います。でもサンペイ(中村)だって、その感覚が出てくるまでに6年も7年もかかっているわけですから。
――浅野選手もその感覚がつかめれば中村選手クラスになれる可能性を秘めている?
大久保 なれるだけの素材だと思います。おかわりが試合に出始めた頃ダメだったのはインコースでね。当時、コーチをしていて「これは3年くらいかかるな」と思っていた。そうしたら2008年の巨人との日本シリーズで、グライシンガーだったかな、ややインコース寄りを左翼のポール際に打ったんですね。その瞬間に「アッ出来た! アララッ、この子はもうホームラン王獲るわ」ってね。それに近いものがありますよね、浅野には。体は小さいかもしれないですけど、ホームランを打てないバッターではないです。
――昨シーズンは坂本選手が戦線離脱を繰り返し、レギュラーになってからはキャリア最低の成績に終わり、岡本和真内野手も好不調の波が激しかった。若手を育てるのには主力の頑張りが必要ですが、その主軸の選手たちを再生するための方策は?
大久保 僕の中でそこは、単純に練習不足だと思っているところなんです。この春のキャンプでも監督は「全員でアーリーワーク行くぞ」と言っている。練習では選手をいくつかのグループに分けて、それぞれのグループにリーダーシップをとる主力の人たちが入るようにしています。彼らが自分の若い衆を持つことによって、若い選手のために頑張るという集団心理を練習に使わせてもらう。そのためにベテランの人たちともオフの間に連絡をとって、了承も得ている。丸(佳浩外野手)なんかは、広島のあの恐ろしい練習を27、28(歳)までやったぐらいですからね。そこを他の選手たちがね、練習を通して経験できることになるし、丸自身ももう1度、あそこまでハードではないにしろ、そういうものを思い起こして若手と汗が流せるわけですから。
「まだまだやりたいんです」って勇人が
――ベテラン、中堅が練習の先頭に立つことで、彼らもまた練習量が自然と増えるという算段ですね。
大久保 僕はプロゴルファーとしても試合に出ていましたが、プロゴルファーもツアーに出てシード選手になってくると、飛ぶよりも曲げたくないってなりだす。そうすると何が起きるかというと、一気に飛ばなくなるんですよ。飛ばなくなると、その飛距離を取り戻すのは、大変な作業なんですね。もし(坂本)勇人が、ヒットでいいやって思ってホームランを捨てているとしたら、以前のヘッドスピードを取り戻すのは大変なんです。
――確かに昨年の坂本選手は本塁打がわずかに5本と激減している。
大久保 だから勇人は昨年の秋から本気になって、飛距離を取り戻すことにチャンレンジしているんです。彼には「勇人、何球マン振りできるかだぞ。ただ練習で何球かマン振りするだけじゃなかなかだけど、やりようによっては戻らないこともない。お前がどれだけ練習でフルスイングして、ゲームでフルスイングできるかだ。そうやって継続していけば突然、ポンっと距離が戻るはずだよ」って話をしました。
――坂本選手はそれで取り組み出した。
大久保 まだまだやりたいんです、って勇人は言う。だったらオレはマン振りしろとしかアドバイスできないよ、って言いました。フォームとかそういう問題ではないんです。2000本(安打を)打っている選手ですよ。何をオレが教えるの? そうじゃなくて振るしかないよ、と。その振るためのお手伝いは、いくらでもできるよと彼には伝えてあります。
――岡本選手については?
大久保 あいつは足の向きだけ上手にしてやればいいんですよ。
――足の向き?
大久保 右方向に大きな打球が飛ぶというのは、基本的には右を向いているんです。それで右足のつま先があんまり開きすぎると、軸足の力が解放されて、踏み込む足に制限がかかってしまう。それをどう自分で調整していくかだけです。
――構えの問題だ、と……。
大久保 いいピッチャーってプレートを上手に、自分で使い分けるじゃないですか。キャッチャー目線からすると、バッターもボックスを上手に使える人がいいバッターなんです。ちょっと離れたぞとか、ちょっとあっちいったぞとか動くことができる。ピッチャーによって右足にどう制限をかけるかなんです。基本的に右を向いて、つま先を開くから、岡本の打球は右方向に飛ぶ。でもそれではインサイドは刺されてしまう。せっかく内角を打つのが天才的に上手いのにね。あんまり度が過ぎないように。ニュートラルなところを探していこうと、本人とは秋季練習で話しました。
――グリップを後ろに引きすぎて、簡単に言えばテークバックで背番号が見えすぎるというのも同じ理由ですか?
大久保 そうですね。右足を引いてつま先が開きすぎて解放されてしまうから、グリップを後ろに引いちゃうんですよ。右足をあんなに引かなければ、手は自然と真っ直ぐ引けるようになる。去年のシーズン中はどこまで右向くの〜ってくらい。どこ向いて野球やっているのって(笑)。一塁のファウルゾーンに体が向いていましたものね。あれは極端過ぎです。
――そこをしっかり修正できれば好不調の波も少なくなっていく?
大久保 30本、打っていて文句言われているんだから、かわいそうですけどね。でも岡本は50本打てるバッターです。バンテリンドームなら34〜35本だろうけど、東京ドームならば50本打てますよ。
――巨人打線というのはやっぱり坂本選手と岡本選手がしっかりして……。
大久保 そうそう、それに丸もいますからね。そうすれば外国人選手に頼らないでも、しっかりした打線が組めるし、若い子もプレッシャーなく入っていける。そうなれば若い選手を使える環境ができると思いますね。
「球界でも何本かの指に入る」小林の配球
――あとは外国人選手も入ってきます?
大久保 そうね。ただ外国人選手は一生は、いないですから。だから生え抜きの選手は大事なんです。生え抜きが大事なのは、プロの世界に入ってきたときから、そのチームの空気を吸っているから。江戸前のタレっていうのは、本当は元のタレなんて残っていないんですけど、そういう問題じゃないじゃないですか。配合だったり、作り方だったり、そういうレシピがすべて残っているところに価値がある。
――その江戸前のタレが少し薄らいでしまっている感はあるような……。
大久保 そうですね。いっときね、あまりに補強し過ぎちゃって、タレが薄くなっちゃった。そうなると難しい。いまのヤクルトにしても基本は同じです。生え抜きがしっかりいて、そこに外国人がいる。キャッチャーに中村悠平が育ってきているので、ピッチャーも育ちますよね。
――捕手が投手陣を育てる。それは捕手出身の大久保コーチらしい視点ですね。
大久保「ジャイアンツのキャッチャーは誰がレギュラー? 大城(卓三)も出ているけど、小林(誠司)もいる。それじゃあ逆にピッチャーは不安になって、育ちにくい環境かもしれないですよね。いまの小林のリードは入団したときとは別人です。球界でも何本かの指に入る配球をする。理にかなっていて、それでいて分かりづらい配球をします。ストライクの取り方も、こいつピッチャーにいいアドバイスしているなというような感じで取ってくるから。
――あとはバッティングですか?
大久保 普通は2割5分は打つと思うけど……。
――もう少し右方向を意識した方が……。
大久保 僕は逆に右を意識しすぎているんじゃないかと思いますね。右に打て、右に打てという人は多いですけど、右に打つ一番の意味は肩が開かないことですから。ただあまりにやりすぎると、ヘッドが寝てしまう。小林もただ右へ打てと言っても分かっていないんじゃないかなと思いますよ。もっと肩を開かない意識を持って打てればね。あまりに短く持って右方向にというのを、やり過ぎたんじゃないかなという気もしますね。
「日本一」のその先を目指して
――最後に約30年ぶりの巨人のユニフォームです。改めてそのユニフォームへの想いを教えてください。
大久保 プレッシャー以外の何物でもないですね。このプレッシャーはそう簡単には、はねのけられないです。それは現役時代に他のチームから来たので、余計に分かっています。やっぱりライオンズ時代は、日本シリーズに巨人出てこい、巨人出てこいって待ち受けて、巨人を叩いて初めて我々が名を残せるというのがあった。僕は巨人でもそこを目指したいですね。
――ただ勝つだけではなく、勝ってその上を目指す?
大久保 日本一なんて通過点。もちろん100mダッシュの100mでゴールだけど、150mまで行こうぜ、そうすればもっと成長できるぜって。そこを目指したい。巨人軍はあまりに日本一、日本一って言い過ぎなんじゃないかなとも思います。その先だよ、俺が行きたいのは、って思って欲しいというのはあります。
――そこから本当の強さは生まれてくる。
大久保 ただオレは外様だから、そういうことを言えるというのもある。現役で4年しかプレーしていないし、レギュラーなんて1年しか取れていない。ジャイアンツは常にスタンドに満員のファンが溢れて、ノンプレッシャーの試合なんて1試合もない。それがジャイアンツですから。そういう環境に選手たちは慣れている。慣れていると何が起こるかというと、慣れすぎて、なかなかアドレナリンが出なくなっているんです。「オリャー! いくぞ!」みたいなね。普通はアドレナリンが出過ぎるのを抑えるんだけど、ここの選手たちはアドレナリンを出すのが大変みたいになっている。
――それが負けて悔しがってほしいという最初の話につながるわけですね。
大久保 ウチの娘が子供の頃から熱烈なライオンズファンで、ある日、テレビを見ていて凄い勢いで怒っていたんですよ。『どうしたの?』って聞いたら『私たちが死ぬ気になって応援しているのに、選手が負けて笑っている! もう応援しない!』ってね。ああ、これがファン心理だし、ここだよって。負けて悔しいってならなきゃおかしいって。そういうチームにしたいですね。原監督が、リーダーがそういう熱さを求めているんだから。我々が鼓舞してぜひ、そういうチームにしたいですね」
〈#1からつづく〉
文=鷲田康
photograph by Hideki Sugiyama