第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本代表・栗山英樹監督が1月26日に会見を行い、先行発表された12選手に新たに18選手を加えた出場30選手を発表した。
ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平投手にサンディエゴ・パドレスのダルビッシュ有投手、シカゴ・カブスの鈴木誠也外野手らのメジャー組に、国内組からはヤクルト・村上宗隆内野手らの先行発表組に加えて同・山田哲人内野手、巨人・岡本和真内野手、西武・山川穂高内野手らの出場も正式に決まった。さらには日本代表史上初となる日系メジャーリーガー、セントルイス・カージナルスのラーズ・ヌートバー外野手も参加し、“最強チーム”が完成。日本代表がいよいよ正式に動き出すことになった。
栗山監督が「最後の最後に自分の中で決断したこと」
「(目標は)世界一。それだけです」
こう語る栗山監督から発表された30選手。陣容を見て、改めてポイントとなったのは投手15人、野手15人という選手の振り分けだった。
栗山監督の説明だ。
「基本的には投手中心でしっかり守り切って我慢して勝ち切っていく形だと思います。そういう意味では最後の最後まで投手の人数を何人なのか迷い切って、最終的に1人増やして15人という形でスタートする。これが最後の最後に自分の中で決断したこと」
前回の第4回大会は登録28人で投手13人で野手15人という振り分け。第2回大会と第3回大会も最終的には投手13人で野手15人とレギュラーシーズンと同じ構成で臨んできている。さらに、30人登録の第1回大会では投手13人に野手17人という攻撃的な構成だった。
そういう意味ではこれまでにない投手力中心のチーム構成ということになるわけだが、この決断の背景には栗山監督の惜しみなく投手を注ぎ込む野球をやるという戦略が込められている。
大会では1試合の球数制限と球数によって連投禁止や登板日の制限などのルールがある。そのため投手を役割分担で考えると、基本的には先発要員が4人で第2先発も同じく4人。それだけで8人の投手が必要になる。
加えてクローザーを任せる投手も最低2人は用意しなければならず、残った枠でセットアッパーを含めた中継ぎ要員を考えなければならないことになる。
「投手で我慢して勝つと決めたなら、投手交代のところでそこが足りなくなるというのは許せないと自分では思った。そこのところを厚みを増して戦っていくぞというふうに決めた」
栗山監督が挙げた2人の投手とは
特に意識しているのは走者を置いた場面でも、迷わずにスイッチすることを念頭に入れた人選だ。メンタル的にも難しい場面。技術的にも空振りがとれるフォークやシンカーなど特殊な球種を持っていることが必要条件となる。そういう場面での登板経験とスキルを持つ投手として、栗山監督が挙げたのが巨人の大勢投手とオリックスの宇田川優希投手だった。
大勢は巨人では基本的にはクローザーで回の頭からマウンドに立っているが、昨年10月1日のDeNA戦では満塁の場面でマウンドに上がって3者連続三振で切り抜けた実績がある。代表でもクローザー候補で、試合終盤に待機している状況でも8回にピンチがあればそのままマウンドへという想定だ。
一方の宇田川はもともと中継ぎのスペシャリスト。昨年の日本シリーズでも第4戦の1死三塁の場面でリリーフして2者連続三振でピンチを断って、シリーズの流れを変えた場面が印象的だ。この2人に阪神・湯浅京己投手を加えた3人が走者を置いた場面での登板要員となる。
「『頼むここで抑えてくれ』みたいに願って投手を使う(続投させる)というのは許されないと思っている。状態が悪ければスパッといかないといけない」
栗山監督はこう語って早め早めの継投を意識していることを明言。もちろん先発、第2先発の後を受けてクローザーまで、1試合でさらに投手は必要になる。そのためには質だけでなく量でも圧倒できる布陣を揃えることを考えて、最終的に投手を15人とする決断をしたという訳だ。
外野手5人という構成については…
しかしその決断の結果として、どこかを犠牲にしなければならない部分も出てくる。それが内定選手が明らかになる中で、多くの指摘が飛んだ外野手が5人という構成だった。
5人の配置を考えると左翼にボストン・レッドソックスの吉田正尚外野手とソフトバンクの近藤健介外野手、右翼に鈴木でバックアップに近藤が回ることも可能だ。
一方センターの守備経験がある選手は基本的にはヌートバー1人で、一応、バックアップメンバーとしてはソフトバンクの周東佑京内野手が控える。ただもしヌートバーの状態が悪いケースには果たして先発で周東を使うのか? 選択肢としては鈴木にセンターを守ってもらって、近藤をライトに入れるということもある。ただ鈴木に不慣れなセンターを守らせる、という選択が得策かどうかも疑問の残るところだ。
だとすれば中堅を守れる、例えばヤクルトの塩見泰隆外野手のような選手を入れておくべきではなかったか、という声があるのはもっともなところなのだ。
そこで選手選考の渦中の栗山監督の発言で一つ、気になっていたことがあった。
栗山監督が原監督に投げかけた”ある質問”
1月8日に放送されたテレビ朝日系「GET SPORTS」で第2回大会の代表監督を務めた巨人・原辰徳監督との対談の中でのことだった。
「自分が選手を信じることと、我慢をすることのタイミングってあると思うんですけど……。例えば2009年の(第2回)WBCでイチローが全然、打てなくて、どう判断しました?」
栗山監督が原監督に投げかけた質問だ。
この場面を観ていて、ふっと思ったのが「栗山監督はいったい誰のことを思って、この質問をしたのだろうか?」ということだった。単純に村上や鈴木などの主力選手が不調だったときなのか、それともまた違う選手を考えてだったのか……。
ただ最終的に外野手を5人とした時点で、「ここか」と納得できた。その選手がこのチームの一つのシンボル的な存在になるヌートバーだったのかと思ったからだ。
野球の日本代表としては初めての日系メジャーリーガーの選出は、日本野球の国際化という点でも画期的な出来事だ。さらには栗山監督が「最高の布陣」を目指した中で、大谷らの日本人メジャーリーガーの招集と同時に重要なキーマンの1人である。
もちろん選手としても代表入りする資格は十分にある。昨シーズンは108試合で打率2割2分8厘ながら14本塁打、40打点で出塁率は3割4分。俊足強肩の外野手で昨季の夏場以降はカージナルスでも1番を任されており、代表でも「2番・大谷」の前を打つ1番として期待されている。
「ヌートバーと心中する」覚悟なのか?
一方で少し気になるのが、多くのメジャーリーガーが、162試合の長丁場を戦うことを考えて、春先はまだトップコンディションではないスロースタートに慣れているという点だ。今大会も米国代表やドミニカ共和国代表にはトップクラスのメジャーリーガーが名前を連ねるが、日本代表が付け入るスキがあるとすれば、まさにそこだった。
もちろん代表入りしてくるメジャーリーガーたちはそれなりに早めの仕上げはしてくるだろう。しかし日本の選手のように、ほぼほぼ仕上がった状態で大会に入りするのはなかなか難しい。ヌートバーも同じで、まだまだ若手の部類で多少は早い仕上げに慣れていて、潜在能力の高さでそれなりのプレーを見せてくれるとは思う。ただ、あまり状態が上がらないままに大会に突入ということが考えられないわけではない。
どうやら栗山監督は多少の不調でもヌートバーは我慢して使い切る決意をしているようだ。原監督は不振を極めたイチローを外すことは「まったく考えなかった。イチローをベンチへ引っ込めることはこのチームを否定することだと思いました」と栗山監督の問いに答えていた。
その言葉を真剣に聞き入る栗山監督の表情が非常に印象的だった。そしてその場面を思い出して、今回のチーム構成、ヌートバーという存在への監督の思いが理解できた。もちろんどうしようもなければ打順をいじり、最終的には鈴木をセンターに回すという決断も迫られるかもしれない。
ただ、大谷や村上が活躍することももちろんだが、ヌートバーを使い切ってこそ、新しい日本代表の姿が切り開ける。そういう意味では「ヌートバーと心中する」――それぐらいの覚悟で作ったチームだということもできるのかもしれない。
文=鷲田康
photograph by KYODO