球春到来。プロ野球各球団キャンプを取材で巡る記事を写真とともにNumberWebでお届けします。
宮崎県西都市のヤクルト二軍キャンプにはここ数年、足を運んでいるが、昨年はコロナで対応できないとのことで取材はならなかった。2021年に行ったときには、報道は私のほか2、3人。ファンは近所のおじさん風がいただけだ。しかし、この鄙びた郷でのヤクルト二軍キャンプにもファンが戻ってきた。
ヤクルト二軍キャンプは室内練習場で体を動かしてから陸上競技場に出てアップをするところから始まるが――すでに室内練習場の前にはファンが集まっていた。
「どこから来たんですか?」
「宮崎」「宮崎」「高鍋」「茨城」
「え? 茨城、遠かったでしょう?」と聞くと「3年ぶりに来ました」とのことだった。なお宮崎市から来たファンも公共交通機関利用なら、1時間以上かけてきたことになる。
かつてのドラ1近藤、西浦らが盛り返しを期して
二軍の陣容は投手19人、野手14人。日差しがさす中で、入念にアップを続けていく。
二軍でキャンプスタートする選手は大きく分けて3つのグループに分けられる。1つはルーキーや2年目、経験値の浅い選手。ここから成長して一軍を目指す。2つ目は故障や成績不振などで二軍スタートになった選手。そして3つ目はじっくりと調整するベテラン選手だ。
近藤弘樹は2つ目のグループの1人だ。2017年楽天のドラ1投手だったが一昨年、楽天を戦力外になりヤクルトに入団してセットアッパーとして11ホールド、防御率0.96の好成績を挙げた。しかし翌2022年は右肩の肉離れなどで投げられず、育成契約になっていた。背番号は「012」、浮き沈みの激しい野球人生だが、ここから再起を図ることができるか。
投手は陸上競技場、野手はメイングラウンドに分かれてキャッチボールが始まる。
メイングラウンド。身体が軽そうに、回転のいいボールを投げているのは小森航大郎、山口県宇部工から一昨年、ドラフト4位で入団した俊足の内野手だ。
背番号「3」もこの中にいる。西浦直亨だ。一昨年は遊撃手として82試合に出場したが、昨年は3年目の長岡秀樹にレギュラーの座を奪われた。スロースタートとなったが、ここから盛り返す。
まだ10時を過ぎたばかりだが、気温は上がり、選手の動きもダイナミックになっていく。
18番・奥川がブルペンに入って強いボールを投げ込んだ
ブルペンの方が騒がしくなった。
報道陣がカメラを担いで足早に移動する。体育館の横に設けられたブルペンには、背番号「18」の姿があった。奥川恭伸だ。
2021年の後半、奥川は当時「11」だったが、すでに「18」にふさわしい活躍だった。立ち上がりで少々走者を出してもしり上がりに調子を上げる。球数も少なく、CSではマダックス(9回完封して100球未満)を達成したが、昨年はコロナ感染に続いて右ひじの不調に苦しみ、わずか1試合の登板に終わった。
奥川が不在の中で、ヤクルトが連覇したのは驚きではある。奥川は一部にささやかれたトミー・ジョン手術を受けることなく、二軍キャンプ地に姿を現したのだ。
ゆっくりとしたフォームから、かなり強いボールを投げ込んだ。球速は次第に上がり、周囲から「おおー」と声が上がる。
「やす、6割くらいか?」の声に笑顔
「やす、6割くらいか?」
コーチから声がかかる。奥川と言えば、あのさわやかな笑顔が印象的だが、再起を期したブルペンでも笑みを浮かべながら答えていた。球数はわからなかったが、全力投球も何球かあったように感じた。
投げ終わって、小山田貴雄ブルペン捕手と言葉を交わしている。小山田はかつて四国ILの高知でプレーした捕手、筆者には懐かしい顔だが、2010年からヤクルトのブルペン捕手として投手陣を見ている。奥川にとっても頼もしい存在なのだろう。
高校時代から世代屈指の投手として知られた奥川だ。本当ならば、同世代の佐々木朗希や宮城大弥らとともに侍ジャパンのユニフォームを着ていてもおかしくない投手ではある。しかし焦らずに再起を期してほしい。
「おら、慎吾! 体、重たそうやのー!」
メイングラウンドでは内外野のノックが始まっている。
城石憲之コーチがノックバットを振る。西浦、荒木貴裕など準レギュラークラスがいい動きを見せている。太田賢吾はスナップを利かして鋭い送球を見せている。この選手はバッテリーを除くすべてのポジションを守るが、試合前のノックで際立った動きを見せる。
ノッカーが一軍から二軍に転任した宮出隆自コーチに代わった。
宮出コーチは、ファーストミットを持って守る川端慎吾をいじり倒す。
「おら、慎吾! 体、重たそうやのー!」
ジャッグルしかかって体勢を立て直すと、「さすがベテラン、慎吾はやらん(失敗しない)のー!」と、周囲は爆笑に包まれていた。
2015年の首位打者の川端だが、このところ筆者は毎年のように西都の二軍キャンプで姿を見かける。ベテランらしくマイペースで始動しているのだ。ここ2年合わせて一塁を10試合しか守っていないが、川端の動きは軽快だった。春のこの時期に、身体をいじめておくことでシーズン通じて活躍できるのだろう。
池山監督が絶妙なノックで選手をかわいがった
ノッカー後ろで笑っていた池山隆寛二軍監督が、おもむろにバットを振り始めた。そして三塁手、遊撃手に向かってノックし始めた。
ただのノックではない。当たり損ねのようなぼてぼての当たり。ポップフライ。三塁線に大きく逸れる当たり。太田、澤井廉など若手選手たちは、文字通り右往左往してボールを追いかけている。
「足が止まっとるぞー」
「そこまでかー」
池山監督のノックバットのコントロールは抜群だ。グローブがもうちょっとで届くか届かないかの位置にボールを転がしたり、猛ダッシュしなければ届かないようなドン詰まりの当たりを打ったり。
内野ノックの最後に、池山監督は、選手を懇ろにかわいがったのだ。
ヤクルトの二軍キャンプが明るいのは、池山監督の「関西風のノリ」が大きいのだとは思う。しかしただ明るいだけではなく、締めるところはきっちり締めている。二連覇するチームならではの緩急のマネジメントがあるのだと思う。
池山監督の役割は、主力級や有望株などの選手をどんどん、沖縄県浦添市の一軍キャンプに送り届けることなのだ。奥川や西浦、川端あたりがいつまでも宮崎県にいては困るのだ。
関西弁でいうなら「とっとと出て行かんかい!」という感じで、選手を鍛え上げているのだろう。
<つづく>
文=広尾晃
photograph by Kou Hiroo