日本球界を代表するスターであるソフトバンク・柳田悠岐。2年前の東京五輪では侍ジャパンの一員として全戦フル出場を果たし、金メダル獲得に貢献した。

 しかし、今年3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は出場辞退するとの報道が1月の自主トレ期間中に駆け巡った。そして同19日に行われた自主トレ公開取材の中で、自らの口でWBC辞退を明らかにした。

WBC辞退の裏に「昨季の失敗」

 同日の西日本スポーツの速報記事によれば<柳田は出場したい思いを語った上で、「そこ(WBC)に100に持っていって、自分の体がそこから(シーズンに)というのがイメージしづらかった」と体の状態を考えてのことだと理由を説明した>という。

 侍ジャパンに選ばれることの偉大さも、日の丸を背負って戦う意味も、そこで得た人生の財産も、重圧を乗り越えて勝つ喜びも、柳田は経験者として知っている。

 だが、1人のプロ野球選手として、さらにソフトバンクの主将として、彼は決断をした。

 それだけ昨シーズンは柳田にとって不満足な一年だったからだ。

 打率.275、24本塁打、79打点。

「満足度ゼロでした」

 昨年末に福岡市内で行ったトークイベントの中で、彼自身が率直に、そのように口にした。そして、不振の原因をはっきりと自覚していたことも明かした。

カップ麺、大福に「目覚めちゃって」

「僕の体重は普通90〜91キロくらいなんですが、開幕の時に103キロもあって。トレーニングとかじゃなくてただ太っただけ。もし僕が競走馬なら馬券は買えんでしょ(苦笑)」

 1年と少し前の自主トレでは「今年はホームラン40発打つ」と息巻いていたが、新型コロナウイルスに感染してしまい、一時療養施設での生活を余儀なくされた。プロのアスリートだからといって、食事面で特別な待遇などない。口が寂しくなった柳田は知り合いに差し入れをお願いして食べ物を持ってきてもらった。カップ麺やフルーツサンド、大福などを「バクバク食べた」という。

「運動もせずに食べるだけ。もともとお菓子を食べる方じゃなかったけど、甘い食べ物ってこんなに美味いのかって目覚めちゃって。それで太ったのもありますし、復帰後もその時の習慣が身についたように食べてしまっていたんです」

 さすがにマズいと思い、シーズン中も体重を落とす努力は行っていた。試合後もエアロバイクを漕いで汗をかいた。

「だけど、一度ついたゼイ肉はなかなかとれない。そもそも増え方が良くないし」

昨季は「試合に出たくないと思った」

 超人ギータとはいえ、そのような状況では持ち前の打棒を振るえるはずがない。

「序盤は打率が2割5分もいかなくて。感覚も良くない。嫌やな。試合に出たくないと思った」

 打撃フォームをコロコロと変えた。もともと柳田は試行錯誤しながら打席に立つタイプ。そのためシーズン中に自分の感覚の中で打撃をいじるのは珍しくない。

「いつもは変えたら、すぐにハマって結果が出るんです。だけど去年は変えても打てなかった」

 当然ストレスを抱える。すると、またお菓子に手が伸びて体重が落ちないという悪循環に陥ったようだった。

「コンディションってやっぱり大事なんやな。それを改めて思った一年でした」

 昨年のソフトバンクは最後の最後までリーグ優勝を争った。シーズン最終盤の大事な試合で、柳田は値千金のホームランも放ってみせた。しかし、シーズン143試合目の最終戦で敗れて頂点を逃し、クライマックスシリーズでもオリックスの前に敗退した。

「2割7分で休む余裕はない」

 そうして突入したシーズンオフ。柳田はすぐに、一定のあいだ固形物を摂取しないことで消化器官を休めたり、体をデトックスすることを目的とするファスティングに「人生で初めて」取り組んだりした。

 それが終わると秋季練習に参加。その後、チームの秋季キャンプは参加こそしなかったが、体は動かし続けていた。

 長いシーズンを戦い抜いた特にレギュラークラスの選手たちは、オフになると野球スイッチを切って身も心も休めるもの。柳田は「ファスティングをやった1週間は何もしてなかったんで、ゆっくり休めましたよ」と話したが、ファスティングは野球選手としての“調整”の一環であり、完全オフとはいえない。

「(打率)2割7分じゃ休めんスよ。休む余裕はないです」

 次なる23年シーズンへの並々ならぬ決意が、この短い言葉に集約されていた。

 迎えた今年2月。柳田は4年ぶりに主力のA組で春季キャンプをスタートさせた。ユニフォームを着ていても体のラインが引き締まっているのが分かる。馬で例えるならばサラブレッド。フェイスラインもくっきりしていて、絞り込まれた肉体美が想像できる。

「キャンプインは95キロくらい。良い感じじゃないですか」

柳田悠岐34歳の覚悟

 打撃練習の時は伸びきった髪の毛を束ねて、まるで侍を思わせるスタイルで「ゔんっ」と唸り声を上げながらバットを振りきる。「イメージは(霜降り明星の)粗品……いや、ロッチの中岡です」と髪型を問うてきた報道陣を笑わせた。

「もう30代中盤(次の誕生日で35歳)。一番のテーマはコンディション。最高の状態でシーズンを迎えられるようにしたい。また、ここ数年は30発行ってないので、30本塁打をクリアしたい。昨年の悔しさをしっかり取り返したいです」

 苦渋の決断でWBCを断念しペナントレースへ自身のすべてを注ぎ込む。今シーズンがプロ野球選手として分岐点になるかもしれない――柳田の覚悟を垣間見たような気がした。

文=田尻耕太郎

photograph by JMPA