日本球に比べて品質が均一ではなく滑りやすいといわれる国際球。連覇を果たした2009年WBCでは、ダルビッシュをはじめ本来の投球をできなかった投手もいる一方で、松坂、岩隈のように全く苦にしなかったピッチャーもいた。違いはどこにあるのか。そして適応するために必要なものとは――。
Number726号(2009年4月2日発売)に掲載された「[国際球への違和感の正体]ダルビッシュが制球に苦しんだ理由」を特別に無料公開します。
韓国との決勝戦。連覇の陰で9回に起こったドラマを記憶しているファンも多いはずだ。
1点差でマウンドに立ったダルビッシュ有の制球が定まらない。1死から3番・キム・ヒョンスにはストレートの四球。4番のキム・テギュンにもスライダーが決まらず連続四球を与えてしまった。そしてチュ・シンスが三振の2死から、6番のイ・ボムホに今度は甘く入ったスライダーを三遊間に運ばれて試合は振り出しに戻された。
この大会ではダルビッシュが制球に苦しむ場面が多く見られた。
ダルビッシュの制球を狂わせた原因とは?
特に苦しんだのがシーズン中には大きな武器となったフォークとカーブがすっぽ抜けてほとんど使えなかった点とスライダーの曲がり幅が大きく、曲がりすぎてボールゾーンに行ってしまうことだった。第2ラウンドの韓国戦で先発したときも、立ち上がりに制御が利かず、先頭打者のイ・ヨンギュにボールを連発。いきなり0−3とカウントを不利にした上で、ストライクを取りにいった真っ直ぐを痛打された。その後もスライダーでストライクが取れないのを見透かされたようにストレートを狙い打たれて、いきなり3点の先取点を許してしまった。
2008年のシーズンでは1試合で2.38与四死球と、制球力には定評のあるダルビッシュが、今回のWBCでは13回を投げて6与四球。1試合平均で4.15与四死球と2倍近くに数字は跳ね上がってしまう。
この乱れの原因はいったい何だったのか?
日米の球場のマウンドの違いや気候の変化など様々な要素がからんだ結果だが、中でも見逃せないのは、やはりボールの違いだった。昨年の北京五輪も含め、これまで国際大会が開催されるたびに投手陣の課題として挙げられてきた国際球への対応は、WBCでも再び課題を残すことになった。
日本球とWBC球の違いが、精密機械のようなダルビッシュの制球力も狂わせたことは、今後の日本野球の大きな研究テーマとなるはずである。
「ボールに対する対応は自分では出来ていると思う。ただ、(WBC球では)カーブが全然ダメ。使える球種と使えない球種があるので、それを早く見極めていかなければならないと思っている」
大会を前に豪州代表との強化試合に登板したダルビッシュは、WBC球に対する対策をこう明らかにした。また、メジャー球に慣れているボストン・レッドソックスの松坂大輔投手も、前回のWBCでの登板を振り返って「すっぽ抜けるのが怖くてスライダーが投げられなかったが、チェンジアップはよく落ちた。ボールに向いた球種を早く見つけてそれをうまく使うこと」と指摘している。
使える球種と使えない球種がある
今回WBCで使用されたボールは、メジャーの公式球と同じコスタリカで作られたローリングス社製のものだった。日本製のボールと比べると、ボールが滑り、縫い目の糸の高さが高く不揃いなため、変化球の曲がりが大きく変化も一定しないといわれる。
特に日本の投手が苦労するのがボールの滑り。WBC球など国際球は表面の皮をなめす際にほとんど油を使わない。そのため表面がつるつるしている。
日本のボールは油を使ってなめすために表面の感触はしっとりとしたものになり、そのしっとり感が指先になじみ、適度な引っ掛かりがあるためにボールをコントロールしやすいわけだ。そこがこの2つのボールの大きな違いであることは今までも指摘されてきた通りだった。
「もちろん明らかにボールの滑り方は違います。ただ、この滑るという感覚は慣れていくしかない。ダルビッシュが使える球種と使えない球種があると言っていたのは、球種によってその滑り方の違いがあるということでしょう。一般的には(縫い目に)ひっかけ系の球種、例えばスライダーとかカットボールはWBC球では使いやすい。その反面、ひねり系やフォークなどのはさみ系のボールは滑る分だけ抜けてしまう可能性が高くなる。ダルビッシュもフォークやカーブが抜けて制球がしにくいのはそのためだと思います」と解説するのは日本代表のブルペンをあずかった与田剛投手コーチだった。
ただ、ここで滑りやすいと指摘されたフォークボールを他の投手の中には、何の違和感もなく使いこなした例もある。
例えば決勝戦に先発した岩隈久志投手はストレートにフォークとシュート、スライダーを軸に組み立てたが、WBC球では制球しづらいといわれているフォークも自在に操り大きな武器としていた。また、涌井秀章投手もWBC球では使いにくいといわれたカーブをうまく制球して球種の一つにしていた。
「結局はその投手個々の感覚の違いだが、もう一つあるとすれば、肉体的な違い。手の大きさの違いも関係してくる」
こう指摘するのは評論家の江本孟紀氏だ。
日本のボールは小さい?
日本のボールの規格は公認野球規則の1.09項で定められている。これはアメリカのオフィシャル・ルールブックを和訳したものでボールの規格に日米の差はない。ただ、ルールの範囲で重量は「141.7グラム〜148.8グラム」、周囲は「22.9センチ〜23.5センチ」と明記され、重量で7.1グラム、周囲で6ミリの幅まで公認球として認められることになるのだ。
その中で品質が均一でないメジャー球の場合はボール個々によって大きさや重さにバラつきがあることは以前から指摘されている部分だ。日本球もメジャー球も規格上はほぼ同じ大きさと重さになっているが、実際に選手が手にした感覚では日米のボールには大きさや重さなど使用感の違いを生むことになる。
中でも制球に大きく影響を与えているのがボールの大きさとなる。
「日本にきた外国人の投手が“日本のボールは小さい”ということがよくある。実際にはそれほど大きな違いはないと思うが、手の大きさの大小で握った感覚は大きく変わるもの。WBC球はそういう違いの影響も出てくる」
江本氏の指摘だ。
手の大きさでWBC球の扱いに違いが…
実はこの手の大きさの違いが、今回の投手陣の中では顕著にWBC球の扱いに差を生んだ。
岩隈や涌井、また中継ぎで好投した田中将大投手は元々、手が大きくWBC球でも軽くボールを握れた。その反面でダルビッシュや松坂大輔、藤川球児らは手の平から指先までがそれほど長くない。当然、手の小さい投手はボールを深く、強く握らなければならなくなる。強く握る分だけ指先の微妙なタッチが出しにくくなり、ひねったり抜いたりする動作に影響が出てくることになった。
岩隈や涌井がフォークやカーブを日本球と同じ感覚の握りで投げられるのに対して、ダルビッシュや藤川はより深くはさんだり、強く握って回転をかけることになる。力が入れば手首も柔らかく使えない上に、微妙な感覚の違いを持ちながら調整しなければならない。
「投手というのはミクロの感覚で勝負をしている。一握りの違いが変化球の曲がりやボールを離す瞬間の微妙なタッチに影響を及ぼすので、そういう影響がなかったといえばウソになる」
与田コーチはこう明かしている。
最大5グラム前後の重さの違いも
しかも、WBC球と日本球のもう一つの違いは、大きい場合は5グラム前後といわれる重さの違いにもある。
「メジャーのボールを投げた後は、投手の腕の張り方が日本のボールとちょっと違うんですよ」
こう証言するのは日本人メジャー投手のケアをしているあるトレーナーだった。
「普通はピッチングをすると肩から前腕部分にかけて張りが出るんですが、日本のボールに慣れた投手がメジャーのボールを急に使って投球をすると前腕部の張りが非常に強くなる傾向があります」
理由はボールの大きさと重さの違い、とそのトレーナーは推察する。
「たとえ2、3グラムでも投手にとっては大きな負担。感覚的でもボールが大きく重いと感じると、どうしても深く強く握るので、前腕の筋肉に負担がかかってくる。そうなればフィジカル面でも、筋肉の張りも出るし握力も落ちる。これもメジャー球が制球にも影響を及ぼす一つの理由だと思います」というわけだ。
アテネ五輪で銅メダルに敗れ、北京五輪ではメダルにも手が届かなかった。その中で国際基準のボールやストライクゾーンを統一する必要性を指摘する声は、一部の野球関係者の間で起こっていた。その反面、いわゆる飛ぶボールから国際球に変えれば、本塁打が激減して華々しい魅力が失われるという声もプロ野球関係者の間では根強い。
ただ、急激に技術力がアップ。パワーとスピードを兼ね備えた野球で日本のライバルヘと成長してきた韓国のプロ野球では、すでに国際化に備えて国内リーグをすべて国際基準で統一していることも指摘しておかなければならない点だろう。
日本の野球の順応力の高さを示した
「野球というのは慣れのスポーツ。こういう国際大会では使用するボールもストライクゾーンもどれだけ順応できるかの勝負だった。そういう意味では日本の野球の順応力の高さを示した大会でもあったと思う」
WBCを終えた原監督はこう胸を張った。日本人の持つ順応力の高さならば、国際球を使って選手がその感触に慣れさえすれば、パワーと技術も新しい水準へと進化する可能性は高い。
連覇を決めた韓国戦。延長10回、最後の打者のチョン・グンウを三振に仕留めたダルビッシュが挙げた雄たけびこそ、日本野球の適応力の高さを示す象徴でもあったわけだ。
文=鷲田康
photograph by Naoya Sanuki