球史に残る大投手の生涯ベストシーズンの成績を比較して、プロ野球史上No.1投手を探る旅。稲尾和久、江川卓、田中将大らに続く第8回は、2021、22年と2年連続で沢村賞を獲得したオリックス・山本由伸だ。昭和後期以降のパートタイムチャンピオン・江川卓、そしてオールタイムチャンピオン・稲尾和久に“現役最強投手”が挑む――。

“無名のドラ4”はいつ覚醒?

 これまで当企画で取り上げてきた史上No.1候補――江川卓、ダルビッシュ有、田中将大、大谷翔平ら――はいずれも甲子園に出場し、体格にも恵まれ、高校時代から将来を嘱望されてきたドラフト1位投手たちである。だが、山本は違う。

 宮崎・都城高校のエースとして臨んだ3年夏の宮崎県大会は3回戦で敗退。春夏通じて一度も甲子園に出場できず、一般には無名に近い存在だった。体格も178センチと恵まれているとは言えず、オリックスからドラフト4位(2016年)で単独指名されたことからも“化ければ儲けもの”という程度の評価だったといえる。

 しかし、そこからの急成長こそ山本の真骨頂と言えるだろう。

 入団1年目の17年は二軍スタートながらそこで好成績をあげ、8月20日の千葉ロッテ戦で一軍デビュー。同年は一軍で1勝1敗、防御率5.32に留まったが、最速152キロを記録し、強い球を投げる高卒新人として注目された。

 つづく2年目は中継ぎとして一軍に定着。前半戦に15試合連続ホールド成功というパ・リーグ歴代3位の快記録を達成し、19歳にしてオールスター初出場。最終的に、4勝2敗1セーブ32ホールド、防御率2.89の好成績を残した。

 この年の活躍が評価されて、翌シーズンから先発に転向。登板20試合すべて先発登板で8勝6敗、防御率はセ・パ両リーグ通じて唯一の1点台、1.95をマークし、初めて最優秀防御率のタイトルを獲得した。

 4年目は8勝4敗と二桁勝利には届かなかったが、それまでの江夏豊の記録を超える「25イニング連続奪三振」という日本人投手最多記録を樹立するなど、シーズン149奪三振で奪三振王に。WHIPも0.94でパ・リーグ最少を記録して、“三振を多く奪い安打も許さない”という現在の山本の投球スタイルが確立された年になった。

 こうして迎えた入団5年目の2021年、山本は大ブレークを果たす。初の開幕投手を務め、オリックスのエースとして戦ったこの年、終わってみれば18勝5敗、勝率.783、防御率1.39、奪三振206で、最多勝、最高勝率、最優秀防御率、最多奪三振の投手4冠を達成。さらに、最多完投、最多完封、最多投球回も合わせた「7冠」は2リーグ分立以降、初の快挙となった。

2年連続「4冠」は山本由伸のみ

 この年、山本は全会一致で沢村賞を獲得し、パ・リーグMVPも受賞。ドラフト4位の男が、名実ともに日本一の投手にまで昇りつめたのである。

 これだけでも十分凄いがさらに驚異的なのは、山本がこの歴史的な投球を翌22年も続けたことである。

 22年の最終成績は、15勝5敗、勝率.750、防御率1.68、奪三振205で、2年連続の投手4冠。それまで「投手4冠を2度達成した投手」は日本プロ野球史におらず、山本が初めてだった。それも連続年での達成である。当然のように、沢村賞も2年連続全会一致で受賞。過去の連続受賞者を見ても、杉下茂(名古屋)、金田正一(国鉄)、村山実(阪神)、斎藤雅樹(巨人)、菅野智之(巨人)と錚々たる名前が並ぶ。もし、この成績を23年も継続して3年連続となれば、金田正一以来2人目の“沢村賞3連覇”となり、通算3回の受賞も歴代最多タイ。記録的に考えても、日本プロ野球史上最強投手の称号を得ることになるだろう。

なぜNo.1投手になりえたか

 過去のスーパーエースたちに劣る高校時代の実績、体格。それでも山本はなぜ、これほどの急成長を遂げることができたのか。その秘密のひとつに、独特のトレーニング方法があると言われている。

 最近は、山本の活躍もあって広く認知されるようになったBCエクササイズと呼ばれるトレーニング方法で、個々の筋肉を鍛えるのではなく、身体の深部に働きかけ、身体を内側から変えることで、効率的に全身の力を使えるようになるという。ブリッジや倒立などで身体のバランスを整え、やり投げやハンマー投げのトレーニングで全身の効率的な使い方を身につける。これによって、力を入れずとも力のある球が投げられるようになり、試合の終盤まで球速が落ちず、登板後の疲労も少なくなるという(参考:『Number』1023、1052号)。

 アメリカに渡った大谷が筋トレを重視し、年々筋肉と身体を大きくしている身体の作り方とは対称的な、武術にも通じる身体の作り方と言えるかもしれない。

江川卓に挑む…果たして?

 さて、山本のベストシーズンである21年の成績と、昭和後期以降のパートタイムチャンピオン、1981年の江川卓との勝負だが、比較すると以下のようになる(赤字はリーグ最高、太字は生涯自己最高)。

【山本】登板26、完投6、完封4、勝敗18-5、勝率.783、投球回193.2、被安打124、奪三振206、与四球40、防御率1.39、WHIP0.85

【江川】登板31、完投20、完封7、勝敗20-6、勝率.769、投球回240.1、被安打187、奪三振221、与四球38、防御率2.29、WHIP0.94

 江川が上回っているのは登板数、完投数、完封数、勝利数、投球回だが、時代の違いを踏まえるとこれらは大きなアドバンテージにはならない。

 一方、山本は勝率、防御率、WHIPで上回っている。当企画で重視する“打者圧倒度”の指標となる1試合あたりの被安打数は、江川の7.00に対して5.76の山本がリード。1試合あたりの奪三振率でも、山本9.57に対して江川8.28と山本が上回る。さらに防御率でも、27本と被本塁打の多い江川に対して、被本塁打7本と少ない山本が江川を圧倒。やや与四球は多いもののWHIPでも山本が上回っていることから、山本に軍配を上げたい。

 そう、あのダルビッシュ有や田中将大、大谷翔平すら勝てなかった江川に対して、山本が完勝である。恐るべし……。

立ちはだかる稲尾和久…結果は?

 つづいて、昭和後期以降の新チャンピオンとなった山本と、オールタイムチャンピオンである1961年の稲尾和久(西鉄)との勝負である。2人のベストシーズンの比較は以下の通りになる(赤字はリーグ最高、太字は生涯自己最高)。

【山本】登板26、完投6、完封4、勝敗18-5、勝率.783、投球回193.2、被安打124、奪三振206、与四球40、防御率1.39、WHIP0.85

【稲尾】登板78、完投25、完封7、勝敗42-14、勝率.750、投球回404、被安打308、奪三振353、与四球72、防御率1.69、WHIP0.94 

 改めて言うまでもないが、稲尾の登板数は3倍、完投数は4倍以上、勝利数・投球回も2倍以上……とさすがに「鉄腕」である。とはいえ、これらも時代の違いがあるため重視せず、例によって打者圧倒度に注目してみよう。

 1試合当たりの被安打数は、山本の5.76に対して稲尾は6.86。奪三振率は山本9.57、稲尾7.86。防御率、WHIPも山本が上回って……時代を越えた頂上決戦を制したのは、他ならぬ山本だった。

 シーズン42勝の日本記録と、353奪三振という史上2位のシーズン奪三振記録を併せ持つ鉄腕に、現役最強の山本が勝利するとは……。筆者自身、やや意外な結果となった。

 山本がもし404回を投げていたらどうなったか、という思いは残るが、ここでは当企画の趣旨をまっとうしよう。シーズンを通して打者をより圧倒し続けた最強の投手として、山本を新チャンピオンとしたい。

 思えばWBCには、今回新チャンピオンになった山本由伸はじめ、これまで史上最高候補として登場した大谷翔平、ダルビッシュ有も出場する。当企画の"主催者"である筆者も彼らの活躍を大いに期待したい。

 次回は、新チャンピオン山本由伸に、元祖沢村賞、”日本プロ野球を作った男”沢村栄治が挑戦する。

文=太田俊明

photograph by Hideki Sugiyama