3月16日、WBC準々決勝でイタリアを撃破し、5大会連続の準決勝に駒を進めた侍ジャパン。大谷翔平の熱投や“まさか”のセーフティバント、岡本和真の“最高”な3ラン、そして誰もが待っていた村上宗隆の復活……。米マイアミ行きのチケットを勝ち取った最大のポイントはどこにあったのか。2006年WBC優勝メンバーで元中日監督の谷繁元信氏が、NumberWebの短期集中連載で侍ジャパンの戦いを徹底解説する。
拙攻で失いかけた「流れ」を引き寄せたのは…
1次ラウンド、そしてイタリアとの準々決勝を振り返ってまず思うのは、「今回の侍ジャパンは本当に強い」ということ。いかに選手層が厚いといっても、ほぼ初対戦の相手に、終わってみれば明確な差をつけて5連勝したわけですから。今大会のドミニカ共和国(2勝2敗で1次リーグ敗退)の結果が物語っていますが、どれだけ力があっても「国際大会で勝ち切る」というのは非常に難しいんですよ。準決勝、決勝がどういった結果になるかはわかりませんが、この5連勝には相当な価値がある。称賛されるべきチームだと思います。
とはいえ、イタリア戦も決して楽な試合ではありませんでした。1回、ヌートバーがヒットで出て、近藤健介が四球でつないでノーアウト一・二塁。センターに抜けようかという大谷翔平の当たりをシフトに絡め取られて、その後の吉田正尚、村上宗隆が倒れて無得点。そして2回も、おそらくはサインミスによる盗塁で一塁走者の岡本和真がアウトになった。状況は違いますが、重盗失敗で内川聖一がアウトになった2013年大会の準決勝を思い起こしました。
ああいった拙攻が続くと、相手に流れを持っていかれるのが野球の理です。しかしそれを断ち切ったのが、大谷の投球でした。初回からずっと声が出ていて、中国戦とはまったく違うギアの入れ方をしていた。前の回の攻撃でまずい流れになりかけた2回も、そして3回も、それを察知して「絶対に抑える」という気迫が伝わってきました。「やっぱり大谷はすごいな……」と惚れ惚れしながら見ていましたよ。
大谷翔平のセーフティバントは「予想できない」
攻撃の流れを持ってきたのも大谷でした。3回の攻撃、1死一塁からの初球セーフティバント。いくら守備シフトが敷かれているといっても、正直、誰も想像していなかったんじゃないですか。あれだけ熱い投球しているのに、あの場面で意表をつく冷静さも兼ね備えている。打ちにいって凡退しても誰も文句は言わないのに、チームを勝たせるために、あのセーフティバントをやったわけです。どれだけ周りの状況がよく見えているんだ、と。
もし僕がキャッチャーだったら……やっぱり予想できないと思いますね。もう完全にお手上げですよ。「うわ、マジか! やられた……」と。イタリアのバッテリーも、監督のマイク・ピアザもそう感じたと思います。あれは間違いなく大谷個人の判断でしょうね。直後のベンチの様子をカメラが抜きましたが、栗山英樹監督もキョロキョロしていましたから(笑)。なんにせよ、1回、2回の悪い流れを投球で断ち切って、なおかつ打席で流れを呼び込んだ。この両方ができるのが大谷なんですよ。
最初から飛ばして投げていたので、4回途中からスライダーが浮き始めて、5回に2失点してしまったのは仕方がない。相手に流れを渡さず試合を作ってくれたんですから、誰も大谷を責めることはないでしょう。じつに素晴らしいピッチングでした。
村上宗隆の復活で穴のない打線に
もちろん、岡本の3ランもナイスバッティングでしたね。強いスイングをして追い込まれたあと、センターから逆方向を意識しながらスライダーをファウルして、それゆえに次のスライダーがバットにうまく引っかかった、という印象です。「最高です」しか言わない独特のヒーローインタビューもまあ、あれはあれで岡本のキャラクターというか、愛される理由なんでしょう(笑)。
そして誰もが待っていた村上の復活。前回の解説で準々決勝以降のキーマンにあげさせてもらいましたが、2点差に迫られた5回の第3打席、チャンスで初球から打ちにいった。もう腹をくくっていたんでしょうね。攻撃的に振りにいった結果が、左中間を抜けるタイムリーツーベース。あそこで球場が一気に盛り上がって、完全にひとつになったなと感じました。
次の打席も、最初のストライクを叩いてツーベース。ここまで甘い球になかなか手が出ていなかったので、「とにかく振りにいこう」という意識もあったんでしょう。加えて、強化試合から続いていた“小さなズレ”が、打席を重ねるなかでかなり改善されてきた印象です。
栗山監督が打順を5番に下げたのは少し意外でしたが、あれだけ出塁率のいい打者が前に4人いるわけですから、5番でもチャンスで回ってくるだろう、というのは容易に想像がつく。4番だろうが5番だろうが、村上自身は気にせず打席に立っていると思いますよ。
村上、岡本に当たりが出たことで、ほぼ穴のない、いい打線になりましたね。つながりもあるし、一発もある。準決勝の4番は、吉田でも村上でも大丈夫だと思います。どちらが4番に座ってもしっかり点は取れているので、もはやあまり大きな論点ではないのかな、と。
準決勝を前にあえて指摘したい「ふたつの不安要素」
準決勝に向けて、あえて不安要素をあげるとするなら、岡本がアウトになったサインミスのようなディティールの部分。より力のあるチームと対戦したときに、ああいったミスが命取りになる可能性も大いにあります。サインの確認、細かい戦略の部分については、あらためて首脳陣が主導して引き締め直してほしいですね。
もうひとつの懸念は、これはもう不可抗力なので仕方ないんですが、結果的に5試合続けて危なげない点差になっていることです。そういった試合が続いてしまった以上、1点を争う勝負になったときの準備をより入念にしなければいけない。もちろん常に想定はしていると思いますが、実際にそのシチュエーションになっていないので、いざ競り合う展開になったときに響いてくるかもしれません。ただ、打撃陣も投手陣も好調ですし、継投時のバッテリー間の連係にしても、現状まったく心配はいらないと思います。
準決勝は佐々木朗希の先発が有力視されているようですが、実際に佐々木が投げるにしても、あるいは山本由伸にしても、僕はまったく不安視していません。抑えられるかどうかはさておき、力のある投手たちですから、ベンチも信頼して送り出すはず。「メジャーの打者を相手に、彼らがどれだけの投球を見せてくれるのか」という楽しみの方が大きいです。
準決勝から先は、結果がどうあれ、とにかく悔いのないように戦ってほしい。骨折しながら試合に出ている源田壮亮の心意気がある意味で象徴的ですが、本当にみんなよく頑張っています。彼らがマイアミで勝利の美酒を味わうシーンを見ることができたら……言うまでもなく最高ですね。<3月22日の決勝後にも谷繁元信氏の解説を掲載予定です>
(構成:NumberWeb編集部)
文=谷繁元信
photograph by Naoya Sanuki