過去2大会で日本の大きな壁となったWBC準決勝の相手はメキシコに決まった。
この壁を乗り越えた先には、“不敗”の決勝戦が待っている。世界一に向けた最大の壁。そのマウンドを任されるのは、どうやら佐々木朗希投手と山本由伸投手の2人を軸にしたリレーになるようだ。そして、ここを勝ち上がると決勝戦はダルビッシュ有投手から今永昇太投手というリレーの可能性が高まっている。
最終決戦で必要な2人のリリーバー
もちろん栗山英樹監督の「総動員でいく」という言葉通り、野手陣も投手陣も全員がスタンバイして必勝態勢を組むことになる。中でもこの最終決戦を勝ち切るために、どうしても必要な2人のリリーバーがいる。
伊藤大海投手と宇田川優希投手である。
「ランナーを置いてファーストピッチからアジャストできる能力、スイッチの入れ方も上手いし、ブルペンで長いイニング待機してバックアップに回れる能力を持っている」
2人の特別な力を宮崎キャンプでこう評していたのは厚澤和幸ブルペン担当コーチだった。要は走者を置いたピンチの場面で、そこから脱出するための緊急登板ができる投手ということだ。
実際に一発勝負となったイタリアとの準々決勝突破のキーマンに、伊藤をあげる声は多い。
場面は5回だ。
快調に飛ばしてきた先発の大谷翔平投手に疲れが見え始め、2死球と安打で2死満塁のピンチを招いた。そして3番のDo.フレッチャー外野手にライト前にタイムリー安打を打たれて2点差とされてしまう。球数は71球。制限の80球まであと9球を残していたが、ボールも抜け出して明らかに限界は近づいていた。
あの場面で追加点を許していれば…
そこでベンチが救援指名したのが伊藤だった。
「ランナーを背負った場面での登板は緊張もしましたし、最初はふらついている感じもあった。真っ直ぐがいいなというのがあったので、変に変化球を打たれるよりは気持ちをぶつけていこうと思った」
こう語った伊藤は、バッターボックスの4番サリバン捕手を力で押し込み、最後はフルカウントから153㎞のストレートで遊飛に打ち取りピンチを脱出。直後の5回裏に打線が3点の追加点を奪って勝利の流れを作り出した。
もしあの場面で追加点を許せば、逆の流れに動き出す可能性があったはずだ。状況的には安打どころか四球も許されないという厳しい場面。だからこそ後続をピシャリと断った伊藤の働きが、イタリア戦の最大のポイントだったと言われる訳である。
回の途中、走者を置いた場面で投げることが多い伊藤と宇田川には、その日の継投で決まった順番はない。試合の状況を見ながら何度もブルペンで肩を作り、ピンチの場面でいきなりマウンドに上がる。1球の失投も許されない。目の前の打者を、とにかく力で抑え込むのが仕事だ。そういうピッチングが求められるし、そこで相手をねじ伏せる真っ直ぐと空振りを取れる球種があるから任されている役割でもある。
伊藤と宇田川の共通点には”あの選手”
過酷な仕事を与えられる2人には、もう1つ、チームの中での共通点がある。
それは今回の侍ジャパンで投手陣を引っ張るダルビッシュの“愛弟子”として、特別な薫陶を受けてきたということだ。
たこつぼ漁師を父にもつ伊藤は、もともと北海道鹿部町出身で、子供の頃から日本ハム時代のダルビッシュは憧れの存在だった。今年の1月には日本ハム繋がりでダルビッシュに誘われて、サンディエゴで2人で自主トレを行う師弟関係でもある。
「野球に取り組む姿勢。普段どんなことを考えているとか、どんな風に試合に向けて準備をしているのかを、一緒に行動して感じることができた」
帰国後に伊藤は自主トレをこう振り返った。
一方のダルビッシュも「最初はなかなか話してくれなかったけど、最後は友達として認めてくれた気がします」とツイッターにアップ。そして「WBCで一緒のチームで野球が出来るのが楽しみです」とそのときから再会を楽しみにしていたのである。
宮崎の事前キャンプでは、そんな2人が並んでブルペン入りもした。そうして技術だけではなく思考方法、メンタル、目標の立て方と伊藤が受けた影響は計り知れない。
「憧れの存在というか、夢をもらった人。投手としての理想像。超えていきたいと思う人」
伊藤のダルビッシュへの敬愛は止まらない。
「代表を辞退しろ」批判を受けた宇田川にダルが…
一方の宇田川はご存知のように、その宮崎キャンプでダルビッシュのお気に入りとなった右腕だ。
野球界では無名の埼玉の公立校出身で甲子園出場経験はもちろんない。仙台大を経て育成枠でオリックスに入団してきた文字通りの“雑草”育ち。2年目の昨年夏に1軍登録されて、わずか半年余でジャパンのユニフォームを着たシンデレラボーイだが、直前のオリックスキャンプでは大会使用球にも馴染めずに調子が上がらず、太り過ぎを指摘されたりした。
自身のSNSには「代表を辞退しろ」というメッセージが届いた。スター揃いのチームにも馴染めず、ユニフォームの重さに押し潰されそうになっていた。そこに手を差し伸べてくれたのがダルビッシュだった。
「宇田川さんを囲む会に参加させていただきました」
2月20日の夜のダルビッシュのこの投稿、いわゆる「宇田川会」をきっかけに、ことあるごとに行動を共にするようになった。「買っちゃいました」と3月7日の京セラドームでのオリックスとの強化試合後にツイッターにあげたのは宇田川の96番のユニフォーム型キーホルダーの写真だった。
そんな2人の“師弟リレー”が実現したのが3月10日の韓国戦である。先発のダルビッシュから今永を挟んで3番手で宇田川がマウンドに。フォークで2つの三振を奪って打者3人を無安打の完璧投球で代表デビューを飾った。
「フォークも悪くなかったし、最後の三振もいいところに落ちて、そこは良かったと思う。やっぱりダルビッシュさんの先発の試合で投げられたのは、そこでWBCデビューは嬉しい」
ダルビッシュの助言で”スクランブルエース”へ
感慨深げだった宇田川は、翌日のチェコ戦では先発の佐々木朗希投手の後を受けて4回2死一塁で登板。打者1人を真っ直ぐ、フォーク、フォークの3球で空振り三振に仕留めて走者を置いた場面での連投テストも満点の結果でクリアしている。
「本当に凄い急展開。最初は気持ちもついていけなくて、野球以外でも大変だなという部分があったけど、チームに慣れてきて、自分のパフォーマンスも出せて成長しているなと思っています」
ダルビッシュの助言で日の丸の“スクランブルエース”へと成長した右腕の顔には、もうキャンプイン直後のどこか不安げなオドオドした様子はない。
おそらく準決勝のメキシコ戦でも、同じようにピンチの場面になれば、伊藤と宇田川の2人のどちらかがマウンドに上がることになるはずである。
そこでピンチを抑え切れるか。
派手さはないがこの2人が、侍ジャパンの世界一奪回へのキーマンとなりそうだ。
文=鷲田康
photograph by Hideki Sugiyama