2023年のWBCは、日本にとって最高の形で幕を閉じた。メキシコとの激闘をサヨナラで制し、迎えたアメリカとの決勝。3対2とリードして迎えた9回に、大谷翔平がマイク・トラウトから空振り三振を奪ってゲームセット――信じがたいほどドラマチックだった侍ジャパンの戦いを、2006年WBCの優勝メンバーで元中日監督の谷繁元信氏はどう見たのか。NumberWebの短期集中連載の最終回では、侍ジャパンの“個人的なMVP”を選出してもらった。(全2回の2回目/前編へ)
「大谷翔平のMVPに異論なし。それでも…」
大会のMVPには大谷翔平が選ばれましたね。異論なんてあるわけがない(笑)。打っては打率.435、1本塁打、8打点。投げては防御率1.86で2勝1セーブって、常識的にはありえない成績ですよ。しかも最後にトラウトを抑えて胴上げ投手ですから。あんなマンガみたいなことができるのは、間違いなく地球上で大谷ひとりだけです。他の選手には絶対にできない。このMVPに文句をつけられる人はいないでしょう。
それでも、あえて“個人的なMVP”をあげるとするなら、僕は吉田正尚を選びたい。大会新記録の13打点には、それくらいの価値があります。言わずもがなですが、彼の3ランがなければ準決勝は間違いなく負けていました。絶体絶命の日本を救った選手ですし、メジャー移籍初年度で出場を決意してくれたことも、もっともっと称えられていいと思います。
素晴らしい打撃技術を持っていて、フィジカルもメンタルも本当に強い。彼がオリックスにいた昨季まで、「いま日本にいる左打者でナンバーワンは吉田正尚」というのが僕の持論でした。手前味噌ですが、谷繁の目に狂いはなかったな、と(笑)。
ただ、大谷がいようが、吉田がいようが、野球は絶対に個人の活躍だけでは勝てません。特定の誰かではなく侍ジャパンというチームが「世界一」になったわけですから、出場機会が少なかった選手も含めて、その一員だったことを誇りに思ってほしいですね。
痛いほど伝わってきた村上宗隆の苦悩
準決勝と決勝をあらためて振り返るうえで、村上宗隆の復活に言及しないわけにはいかないでしょう。この連載でも「キーマンは村上」と言ってきましたからね。メキシコ戦のサヨナラタイムリーも、アメリカ戦のホームランも、見ていて胸が熱くなりました。
今大会の村上の不調を、2006年WBCの福留孝介と重ねていた人もいたと思います。孝介はとにかくバットを振って、スタメンから外れた後も「その瞬間」が来るまでずっと準備を続けていた。その結果が、準決勝の韓国戦での決勝2ランでした。状況は異なりますが、当時近くで孝介を見ていた人間のひとりとして、今大会の村上にも言葉にできない苦悩や葛藤があったであろうことは痛いほど伝わってきました。
なにせ去年の三冠王ですからね。誰もが「日本で一番打つバッター」だと期待していたし、彼にも意地があった。苦しみながらもなんとかチームに貢献するために、試行錯誤と微調整をひたすら繰り返していたはずです。その努力がようやく報われたな、と。
大会前は危惧していた「野手のバランス」
今大会の侍ジャパンの野手陣は、必ずしも完璧なメンバーではありませんでした。鈴木誠也の怪我もあったし、さまざまな理由で参加できなかった選手もいた。正直な話、大会前は「あまりバランスがよくないんじゃないか」と思っていたくらいです。
しかし蓋を開けてみれば、1次リーグから得点を重ねて勝ち続けることができた。つまり「打線が機能していた」ということです。ラーズ・ヌートバー、近藤健介、大谷、吉田もしくは村上と左が並ぶ1〜5番は基本的に動かさず、6番以降は少しずつ変えていく。強化試合の段階から準決勝、決勝を見据えたような起用で、それが結果的に岡本和真の活躍や、山田哲人の復調につながった。起用に応えた選手も見事ですが、栗山英樹監督の慧眼が光りました。
“これからの世代”につながれたバトン
いま、侍ジャパンの選手たちにかけたい言葉ですか……。1次ラウンドから7連勝での完全優勝は“史上最強”という前評判に恥じない見事な戦いぶりでしたし、日本野球の強さや楽しさ、魅力を最高の形で発信してくれた。祝福と感謝以外、なにも思いつきません(笑)。とにかく、すべての選手に「おめでとう」「ありがとう」と伝えたいですね。
今回出場した選手の多くが、「小中学生のころにWBCを見て憧れた」と言っていました。その彼らが大人になって、今度は同じ夢を子供たちに見せてくれた。それは間違いなく10年後、20年後の“彼ら”にも受け継がれていく。野球界の未来を考えると、この優勝は非常に大きいと思います。日本のプロ野球の世界で生きてきた人間のひとりとして、“これからの世代”にバトンをつないでもらえたのがなにより嬉しかったです。
個人的にも、このWBCでは心から野球を楽しませてもらいました。原点に戻ったというか、久しぶりに「これが野球だよな」という感覚を味わったというか……。栗山監督はじめ、コーチ、スタッフ陣にもお礼を言わせてください。本当にお疲れさまでした。そして、素晴らしい試合をありがとうございました。<前編からつづく>
(構成:NumberWeb編集部)
文=谷繁元信
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