ホームランダービーに出場した翌日、大谷翔平のオールスター先発登板は、対戦相手をも感嘆させた。ナ・リーグMVP(2020年)に輝いたフリーマンと、WBCに米国代表として出場したリアルミュート、アレナドーーメジャーを代表する3人のスラッガーが「歴史的オールスターの記憶」と「大谷翔平の二刀流」について語った。
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 フレディ・フリーマンが笑った。

 彼が「ほら」と電光掲示板を指さした方向に目を向けると、そこにはメジャーのホームラン王争いの順位表が映し出され、その一番上に「SHOHEI OHTANI」の文字が輝いていた。

「メジャー全体で最もホームランを積み重ねている男が、今晩エンゼルスの先発としてマウンドに立つことになっているんだ。そんなこと、あり得るかい? まったく、信じられないよね」

 ブレーブス一筋12年目のフリーマンは昨年のナ・リーグMVP。今年、5回目のオールスター選出を果たしたメジャーを代表する強打者も、大谷のとてつもない活躍にはただただ驚くばかりだという。

「野球はバッティングだけで十分大変なんだ。毎日毎日、試合がはじまる5時間前からトレーニングをして準備しないといけないからね。それにピッチング専用の練習や準備を加えるなんて、想像もつかないスケジュールだよ。1日でも疲れるはずなのに、半年以上、毎日そのスケジュールをこなすなんて、本当に信じられない。並外れた身体能力だけじゃなくて、精神力も不可欠だろう。大谷がどんなルーティンをこなしているのか、どのように試合に臨むのか……僕は彼のことをもっと知りたいんだ」

フリーマンが驚いた「大谷の打球の発射速度」

 フリーマンと大谷はリーグが違うため、普段は対戦する機会がない。フリーマンが初めて大谷の二刀流を目の当たりにしたのは、7月にクアーズ・フィールドで行われたオールスターだった。「彼の姿を見るのをとても楽しみにしていた」と話すフリーマンは、ナ・リーグの4番・一塁としてスタメンに名を連ねた。直接の対戦はなかったものの、彼はネクストバッターズサークルから大谷がナ・リーグ打線を三者凡退に抑える姿を見て、守備では大谷の一塁ゴロをさばいた。「多角的に大谷を観察することができたよ」と嬉しそうに話す。ただ、同じ左打者として最も印象に残ったのは、試合中ではなく一人の観客として楽しんだホームランダービーだった。

「打席に立ってみたかったけど、彼は三者凡退で抑えたので仕方がないね。ただ、ホームランダービーは最高だった。一塁側のグラウンドから観戦していたから、大谷の背中側からよくバッティングを見ることができた。特に興味深かったのは打球の発射速度。ボールの勢いが凄くて、打球がきれいに伸びていった。感動的だったね。そのうえ、その打撃技術を完璧にするヤツが翌日の先発ピッチャーだという事実には、ただただ驚くしかなかった」

 フリーマンにとって忘れられないダービーとなった理由はほかにもある。

「息子を連れて、グラウンドで一緒にダービーを観ていたんだ。彼は目を丸くしてずっと大谷のバッティングを見ていたよ」

 4歳の長男、フレドリック・“チャーリー”・フリーマン3世は、パドレスの若きスラッガー、フェルナンド・タティスJr.の大ファン。今回のオールスターで誰よりも会いたがっていたのはタティスJr.だった。チャーリー君はダービー前のベンチでツーショットの写真を撮り、夢が叶って興奮していたそうだが、その日の楽しみはまだ残っていた。

「まだ小さいから、集中力がなくてね。いつもは、すぐに帰りたいと駄々をこねるのに、あの日は大谷を見るまで帰らない、と言うんだ。大谷が負けるまで、集中するどころか、口を開けてじっと見ていたよ。今はまだタティスJr.が一番みたいだけど、ショウヘイがかなり追いついてきたみたいだね。チャーリーはピッチングもバッティングも大好きだから、ショウヘイの熱狂的ファンにならないわけにはいかないよね」

 そう目を細めて話すフリーマンはすっかりパパの顔になっていた。

リアルミュート「まさにアスリートという感じ」

 今回が3回目のオールスターとなったフィリーズの捕手、J.T.リアルミュートもまた、大谷はテレビで観るだけの存在で、生で見るのは初めてだった。

「想像していたよりも背が高かった。それに体もがっちりしていて、まさにアスリートという感じだった。バッターでも、ピッチャーでも、選手にとっては怪我をせずにシーズンを過ごすというのは永遠の課題なんだけど、二刀流をやりながらコンディションを保っていることは、素晴らしい、の一言に尽きる。バッターの立場で言えば、毎日バットを振り続けるだけで結構な疲れになるから、常に対処が必要なんだ。大谷はファンやメディアが見ていないところで必死にトレーニングしているんだと思う。それにしても、すごいよね」

 リアルミュートもフリーマン同様、投手・大谷との対戦はなかった。ただ、ナ・リーグの女房役として打者・大谷を2打席無安打に抑えることに成功した。マスク越しに見た大谷の印象はどうだったのだろう。

「(試合では)2打席でたった3球だから、特に言えるような印象はないんだよね(笑)。やっぱり感動したのはホームランダービーだ。延長に次ぐ延長だったから、大谷はトータル何スイングしたんだろう。当たり前だけど、キツかっただろうし疲れているのは一目瞭然だった。だから僕は“この男はどうやって明日、投げるつもりなんだろう? エネルギーは残っているのか?”と思っていたんだ」

 リアルミュートが抱いたこの疑問に答えられるのが、カージナルスのノーラン・アレナドだ。今年で6回連続オールスター出場、ホームラン王獲得3度のスラッガーである。

 ダービーの激闘から一夜明け、大谷は予定通り先発のマウンドに上がると、ナ・リーグの1番タティスJr.を左飛、2番マックス・マンシー(ドジャース)を二ゴロと、わずか8球で強打者2人を封じた。その次の打者が、3番・三塁のアレナドだった。

 初球は99.5マイル(約160km)のストレートを見送り、カウント1−2からの4球目、アレナドがファウルにしたストレートは100.2マイル(約161km)を記録した。結果として、この1球はこの日両チームから出場した19人の投手の中で最速だった。そして、次の5球目は再び99.7マイルのストレート。今季、公式戦で大谷のストレートの平均速度は95.4マイル(約154km)だというのに、このアレナドの1打席だけで3球も平均より4〜5マイル速い球を投げ込んだのだ。そしてアレナドは6球目、スプリットで遊ゴロに仕留められた。

「冗談かと思ったよ」とアレナドは苦笑いする。前日のダービーで疲労困憊なはずの大谷は充分に、そして驚くほどのエネルギーを保っていたのだ。

「大変な打席だった。球が速いし、大谷のモーションは、身体全体でこちらに飛びかかってくる感じなんだ。だから一層難しかった。1、2番を抑えたら、僕が最後の打者になるから、ギアを上げて凄い球を投げてくるだろうと覚悟していたけど……それにしてもタフな打席だった」

「ショウはショーのスターだった。確実にMVPだろう」

 呆れたような表情を見せながら、アレナドが続ける。

「ファンと同じように、僕ら選手も大谷のオールスター出場をとても楽しみにしていた。前代未聞の活躍だから、やっぱりファンだろうと、選手だろうと、誰もが大谷の二刀流を見たかったんだ。そして彼は期待を裏切らなかった。ホームランダービーでガンガンスタンドに叩きこんで、翌日に1番・投手だ。ショウ(大谷)はショーのスターだった。今シーズン、確実にアメリカン・リーグのMVPだろうね。ブラディ(ブラディミール・ゲレーロJr.)もすごい活躍をしているけど、大谷は投打両方でとんでもない活躍をしているんだから、大谷が選ばれるべきだよ」

 実はアレナドの打席で、もう一つの感動的な場面があった。昨季までアレナドはロッキーズ一筋で8年間プレーしており、今季の球宴を主催した地元コロラドのファンに愛されたヒーローだった。オールスターに詰めかけた4万9184人のファンは二刀流だけでなく、フランチャイズヒーローの帰還も楽しみにしていたのだ。アレナドが打席に立ったとき、満員のスタンドからは大声援が沸き上がった。彼がヘルメットを取り、その声援に応えているとき、大谷はプレートを外し、ファンからの鳴りやまないスタンディングオベーションを止めるようなことはしなかった。はるばる日本から来て、27歳で初めての球宴にもかかわらず。そんな大谷の礼儀や気遣いをアレナドも見逃さなかったはずだ。

 最後に、話を再びフリーマンに戻そう。実は彼自身も高校生までは「二刀流」で、ピッチャーとしても95〜96マイルを投げる豪腕だったという。視察に来たスカウトたちにとっては、選手がスピードガンに100マイル近い数字を叩きだせば、どんなにいい打撃技術を持っていても、その選手をピッチャーとしてしか見られない。だから、ほとんどのメジャー球団はフリーマンをピッチャーとしてドラフトしたがっていた。その打撃を評価していた数少ない球団のひとつがブレーブスだったのだ。

「当時はメジャーで二刀流という発想すらなかった」

 カリフォルニア州南部出身のフリーマンは少年時代、地元のエンゼルスの大ファンだった。もし当時のエンゼルスに大谷がいたら、彼の野球人生にどのような影響を与えただろうか、と訊いてみた。

「大ファンだったに違いないね。でも、僕自身が二刀流として育つことができたかと言われると、当時はメジャーで二刀流という発想すらなかった。誰も投打両方ができると思った人はいなかったし、絶対に話題に上がらない、あり得ない話だったんだ。あと、僕の場合は高校で投げさせられすぎて既に肘が痛くて、実はピッチャーを止めてバッターに専念したかった。だから、ブレーブスはバッターとして認めてくれて感謝してるんだ」

 当時のフリーマン少年が二刀流としてプロを目指すことはなかった。しかし、大谷を見て目を丸くしていたチャーリー君のような今の子どもたちには十分に可能性がある、とフリーマンは言う。

「大谷のお陰で扉が開いたと思うし、子どもたちの野球人生に大きな影響を与えるだろう。でも、今のアメリカでは二刀流を育成するノウハウがない。通常は4〜5年、マイナーでプレーしたらメジャーに上がってくるけど、その間に二刀流の選手が育成されるかと考えると……今は難しいと思う。だからショウヘイみたいに、考え方の違う国からアメリカに発想が持ち込まれるのを待つしかないのかもしれない。ただ、これからショウヘイの影響でアメリカでもマイナーに育成方法が作られていく可能性はある。間違いなく言えるのは、将来、チャーリーのような野球人の卵が二刀流として活躍できる道ができたということ。そのことを僕はすごく感謝しているんだ」

文=ブラッド・レフトン

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