「ゴッドタニ(God+tani:神タニ)」。韓国インターネットの野球関連コミュニティで使われている大谷のニックネームだ。その他にも「キングタニ(King tani)」、「お坊っちゃん」と呼ばれることもある。GodとKingは文字通り「頂上」にいる存在であることを、そしてお坊ちゃんというのは「育ちが良く皆に愛される存在」というイメージを表現した愛称だ。

韓国人にとっての大谷とイチローの違い

 2021年MLBのアメリカン・リーグ(AL)でMVPを獲得し、今回のWBCでMVPを獲得した大谷。彼が選手として「トップ」レベルにあることは、野球ファンなら誰しもが認めているところだ。彼の二刀流としての成功は「漫画の主人公」のようだ。すなわち想像の中だけに存在しているような選手だと、韓国の野球ファンからも特別な存在として注目されている。

 しかし、大谷の「成績」より韓国人が驚いているのは大谷の「人間」としての側面だ。日本のスーパースターとして韓国でも名前がよく知られているイチローの場合は成績、そして選手としては文句のつけようがない「レジェンド」だが、大谷とは違い「孤高の求道者」、カリスマ性が強く「近寄りがたい存在」というイメージが強い。

対照的だった韓国選手のファン対応

 一方、大谷はグラウンドやダッグアウトに落ちたゴミを拾う姿や、プロ選手らしからぬと言っていいほどに質素で素朴な生活を送り、謙虚で周りの人への配慮を欠かさず、いつも笑顔で選手とファンに接するといった逸話が韓国でもよく知られていて、好感を持たれている。このようなスタイルのプロ野球選手は、韓国の野球ファンには極めて珍しい存在だ。

 実は、多くの韓国の野球ファンは長い間、韓国選手のファンに対する態度や行動に失望し続けてきた。写真を一緒に撮るとか、サインをするといった「ファンサービス」を嫌がり、年俸が少し上がればブランド品や外車を買いあさり、その挙句に飲酒事故などを起こして選手生活を途絶えさせてしまった選手は1人や2人ではない。韓国の野球ファンは、そんな残念な選手たちの姿を数多く見てきた。そんな韓国の野球ファンにとって、大谷はあまりにも「異質」な存在だ。成績もトップ、人間としてもトップ、一言で言えば「完璧人間」として映っているのだ。

「恥ずかしさ」を感じさせられた大谷の言葉

 日本がWBCで優勝した後、大谷のインタビューが韓国で話題になった。インタビュアーが「日本の野球がますます注目される」と述べた後、大谷に意見を求めると彼は「日本だけじゃなくて、韓国もそうですし、台湾も中国も。またその他の国ももっともっと野球を大好きになってもらえるように。その一歩として優勝できたことが良かったなと思いますし。そうなってくれることを願っています」と答えた。

 優勝した国の選手が、1次ラウンドで敗退した他のアジアの国々を勇気づけるようなエールを送るとは多くの韓国人には想像すらできなかった。もし韓国チームが優勝したら、果たして日本や台湾、中国といった近隣諸国を思いやり、こんなことを言う選手がいただろうか? という疑問、そして同時に大谷のその言葉に対して韓国ファンは感謝というよりは「(韓国の選手とは)器が違う」という恥ずかしさのようなものを感じざるを得なかったのだ。

大谷を見た韓国人記者が感じた「確信」

 WBC現場を取材したある韓国人記者が大会の終了後、YouTubeの野球専門チャンネルで伝えた大谷の姿が、やはり「ゴッドタニ」であると、野球ファンたちをザワつかせた。

 記者はメキシコとの準決勝を取材していた。試合前、日本代表が先に練習をし、その後、メキシコ代表が練習に入った。記者は「選手たちにとって練習終了から試合前までの休憩時間が最も重要な時間だ。記者たちにもその時間には選手たちを追わないという不文律のようなものがある」と話した後、次のような話を聞かせてくれた。

「しかし、大谷は日本代表練習が終わるとインタビューや写真撮影の求めに応じ、それはメキシコ代表の練習が終わるまで続き、(休憩のため)クラブハウスに戻れずにいた。試合後もファンとの写真撮影やサインに応じるのを見たが、そういう要望を不快に思うとか、傲慢な態度で接するような様子は全くなくて、この選手は本当に一つ一つに最善を尽くすんだなと思った。同時にあれだけの成績を残すのは『驚異的』としか表現できない。私が見た大谷はみんなの手本になる人だった。日本球界だけでなく大リーグにこのような選手が登場したことは一つの“事件”であり、この選手を通じて野球がより人気を得られるという確信を得た。褒めすぎじゃないかと思うかもしれないが、現場で見た大谷はそうだった」

「親韓日本人」ではなく人気を得た大谷

 これだけ前向きな刺激を韓国人に与えた日本人はかつていなかった。

 過去の歴史的問題のため、日本に対しては依然として良くない感情を持っている韓国。これまで韓国で日本人が人気を得ることは極めて難しいことだった。だが、大谷の場合「例外」と言える。WBCが終わった後、大谷の名前は全国紙のスポーツ面だけでなく、さまざまなジャンルを扱うオピニオン面のコラムにも登場するほど大きな話題となった。現在韓国で一番人気のある日本人は間違いなく大谷翔平だ。

 過去にも小説家、歌手、タレント、俳優など韓国で人気があった日本人がいなかったわけではない。しかし、業績・作品だけでなく人格、行動、態度にまで関心が持たれ、それがここまでの高い評価に繋がった人がいただろうか? 韓国や韓国の食べ物、韓国文化に対する愛情を公に表現する「親韓日本人」たちが過去に韓国で評価され、愛された事例はいくつも存在する。だが、特に韓国に対する格別の愛情を表明していない人の中で、大谷ほど韓国で人気を得た例はこれまでには存在しないのではないだろうか。この点で大谷はかなり特異な存在といえる。日本のことならとりあえずなにか欠点を探したり、揚げ足を取ったりする姿を見せてきた韓国人が日本人を素直に評価して、憧れ、ファンになるというのはそれだけ珍しい出来事だ。

韓国人が持つ「日本人のイメージ」を変えられるか

 大谷のファンになった多くの韓国人は、今季も彼の活躍を期待しているが、私は少し違う意味で期待をしている。大谷は韓国で「日本人」のイメージを変える最初の人物になるかもしれないという期待だ。これまで「日本人」は韓国のドラマ、映画で主に悪役、つまり狡く卑怯で人を裏切る人間として描かれてきた。そして、それは実際に多くの韓国人にとっての「ステレオタイプ」を形成し悪影響を与えてきた。そのステレオタイプをぶっ飛ばすことのできる人、それが大谷かもしれない。そういう希望を込めて、今後も彼の活躍を期待したい。

文=崔碩栄

photograph by Naoya Sanuki