まだ練習を続けるのか――。
第5回WBCの直前に行われた宮崎合宿の取材中、選手の練習姿勢には驚かされた。全体練習はとうに終えているというのに、メインスタジアムから屋内練習場のひなた木の花ドームにバス移動で打ち込みに向かう選手たちの姿を何度も見た。
村上宗隆、山川穂高、岡本和真、山田哲人……。
すでにタイトルホルダーである彼らですら、練習のペースを緩めることはなかった。
WBC序盤の不振…なぜ?
じつは合宿中、一つの懸念があった。
今年の代表キャンプはこれまでのWBCより選手を招集する時期が早く、合宿期間が長かった。それでも、打者が投手に対する実戦の機会は少なかったのだ。
打者の場合、どれだけ完璧なスイングを作り上げたとしても、「対投手」に合わせられるかどうかがカギになる。実戦の対応は別問題だからである。選手たちも「(自分の状態がいいかどうか)試合をやってみないと分からない」としきりにコメントしていた。
2月25日にようやく壮行試合が始まったが、最初の1試合はスタメンの選手でも2打席のみで交代。より多くの選手を打席に立たせる狙いがあったが、2日目も同様。これで本当に打撃陣の調子が上がるのか、試合を見ながら一抹の不安を覚えた。
事実、山田哲人が微妙な心境をこう吐露していた。
「(前回と違って)練習期間が長いことによって、自分の練習は長くできたなぁとは思います。でも、それが結果良かったのかどうかは、大会を見てみないと分からないので、なんともいえないです。うまくいくように練習はしてますけど」
強化試合や壮行試合など、少しずつ実戦が始まっていったが、国内組の打撃陣の調整不足は否めず、大会が始まってもその懸念はなかなか払拭されなかった。
村上や山田、山川は“らしくなかった”し、やはり実戦不足で掴みきれない何かがあるのではないか、というのがWBC開幕当初の印象だった。
しかし、そんな中にあって、合宿の壮行試合から本番に至るまで好調を維持し、調整不足と無縁だった選手がいた。
1番・ヌートバーと3番・大谷翔平の間に入り、見事な繋ぎ役となったヒットメーカー、近藤健介である。
高い出塁率を誇り、打点や時には本塁打も記録するなど、1次ラウンド1位通過の影の立役者と言っても良かった。
なぜ近藤は“ずっと好調”だった?
ではなぜ、近藤はキャンプ中からWBC閉幕まで好調を持続し続けることができたのだろうか。大きく二つの要因が挙げられる。
一つ目の理由について、近藤はこう語る。
「フリーバッティングで1球目を打つ時から実戦を意識するようにしていました。例えば、普段の試合前の練習だと、1球目にバントをしたり、どんな球かなって、ボールを見送ったりするんですけど、この期間中はそれをしないようにしました。相手はバッティングピッチャーかもしれないですけど、それでも、1球目から合わせられるようにスイングをする。常に初めて対戦する投手をイメージしながら調整してきました」
WBCの試合前打撃練習の時間は限られている。練習を急かされれば、それだけバッティングが雑になったりもするが、近藤は常に試合を想定しながら相手投手と対峙することを意識していた。WBCの相手投手は初対戦ばかり。情報が少ない中で打席に入ることも考えながら、バッティングピッチャーを相手投手と想定して対応する練習を欠かさなかった。
近藤は狙った球種に張ることもできるし、反応で打ち返すこともできる。特に、今大会で際立ったのは場面に応じてのバッティングで、その判断能力の高さは、彼が横浜高校時代や日本ハムで培ってきたものの質の高さを感じずにはいられなかった。
1次ラウンドの韓国戦。2点ビハインドの3回裏、無死一、三塁の好機で打席に立った近藤はこんなことを考えていたという。
「最低でも犠牲フライを打たなければいけないと思ったので、高めの球を狙って行こうと思いました。高めを狙っていけば犠牲フライになりやすいので、その球を待っていました。それが甘くきたので、結果、タイムリーになりました」
次打席は貴重な追加点となるソロ本塁打。この時も「長打の出塁が欲しい」と考え、高めの甘い球を狙ったところ、スタンドに届いたのだった。
近藤はその都度、どんなバッティングが必要か、相手の配球も考慮して選択している。練習から1球もおろそかにしない準備をしているからこそ、結果につなげられたのだろう。
「手首を返さず打つ」とは?
そしてもう一つの要因について。今大会の近藤のバッティングを支えたのがフリーバッティング前の練習だ。
近藤は今年から新しいルーティンとして、試合前練習にティー打撃を取り入れている。バットを振り出した時に、手首を返さない意識で、ティーバッティングを黙々としているのだ。事実、ゲージに入る前の数分間を使って、右手、左手、両手と丁寧に使い分けながら手首の動きを確認していた。
その理由を近藤はこう語る。
「投手のレベルが上がっていくにつれてツーシームやシンカーが多くなってくると思うので、そういうボールへの対応という意味で大事な取り組みです。日本にいるピッチャーでもカットボールだったり、ツーシーム、フォークなど早い変化が多くなってるんで、そういう投手への対応も考えて今年からやるようになりました」
手元で動くボールは手首を返して打つと、ボールをこねてしまう。うまく捉えたと思っても、手首を返してしまえば、引っ掛けて凡打になりがちだ。それを防ぐための取り組みである。
とくに近年、世界有数のバッターたちは手首を返さないような打撃フォームに取り組んでいる。近藤もまたそうした取り組みから学び、“世界の戦い”を意識していたわけである。
最終成績は7試合出場、26打数9安打、1本塁打、5打点、出塁率5割、OPSは1.115の成績を残した。
日本のWBC制覇は、ヌートバーと大谷をつないだ近藤健介なくしてなし得なかっただろう。
文=氏原英明
photograph by Naoya Sanuki