2022-23の期間内(対象:2022年12月〜2023年4月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。プロレス部門の第4位は、こちら!(初公開日 2023年3月3日/肩書などはすべて当時)。
スターダムの歴史の中で最強の“外敵”だったのが里村明衣子(センダイガールズプロレスリング=仙女)だ。団体最高峰の“赤いベルト”ワールド・オブ・スターダムを獲得した、唯一の団体外日本人選手が里村なのである。
歴史は巡ると言うべきか、今また仙女からスターダムに選手が乗り込んできた。里村が育て上げた現エース、橋本千紘だ。
高校、大学とレスリングで活躍。全国大会でも上位入賞の常連だった。大学卒業後に仙女入門、デビュー戦に勝利すると(タッグパートナーは神取忍だった)、1年後には里村を破りシングル王者に。得意技はジャーマン・スープレックス。往年の名手にちなんで「オブライト」というオリジナルのネーミングもある。
DDTに参戦し、男子選手と対戦して6人タッグ王座を奪取したことも。昨年12月には、MMAからプロレスに進出している青木真也からも3カウントを奪った。橋本は現在の女子プロレス界における“強さの象徴”と言っていい。青木は試合前から「この業界で誰よりも練習している」と橋本を絶賛していた。
橋本「こんなもんなんですか、スターダム」
橋本がスターダムに参戦するきっかけは、もう1人の“強さの象徴”朱里だった。昨年12月の両国国技館大会、ジュリアに敗れて赤いベルトを手放した朱里は、橋本にスターダム後楽園ホール大会への来場を呼びかける。ここ数年、仙女とスターダムは交流がなかったから「難しいかもしれない」と朱里は考えていたそうだ。
それでも、橋本にスターダムを見てほしかったしリングで試合がしたかった。結果としてベルトを失ってからの新たな目標という形になったが、本来はベルトを守って対戦を呼びかけたかったという。
1月6日の後楽園大会、朱里が出場するメインイベントの直前に橋本が姿を現した。朱里の勝利を見届けるとリングへ。そして言い放った。
「今日は残念でした。こんなもんなんですか、スターダム。もっと凄い闘いやりましょうよ」
MIRAIとの対戦は橋本の“完勝”
初参戦は2月4日、大阪でのビッグマッチだ。相手は朱里と同じユニットのMIRAI。昨年、後楽園ホール60周年のオールスター戦で橋本とタッグマッチで対戦している。その時はパートナーが敗れ、悔しさを晴らすために自分がまず闘いたいと朱里に訴えた。
試合は橋本の完勝だった。序盤のグラウンドから圧倒的だ。相手をマットに倒し、寝かせ、抑え込んでコントロールするという“レスリング”のベースが頭抜けている。
コブラツイストという古典的な技も橋本がやれば大迫力。さらにタックル、ラリアットでなぎ倒し、最後はかなり厳しい角度でオブライトを決めた。MIRAIが必死に反撃する場面もあったが、橋本を脅かすところまではいかなかった。橋本は再び「こんなもんですか」。そして「もうちょっと楽しませてよ」と朱里以外の選手との対戦を望んだ。これを受けて決まったのが、国立代々木競技場第二体育館大会(3月4日)でのひめか戦だ。
スターダムが問われる「人気はあるけど実力はどうなんだ問題」
1.6後楽園で、橋本はスターダムの試合を見た印象をこう語っている。
「もちろん朱里選手の強さは分かってます。でも正直こんなもんかって。これが今、求められてるものなのかなと。でも私がその概念をひっくり返す。私の“強さのあるプロレス”で、あのリングでも一番になります。試合を見て、強さもですけど足の運びだったり細かい動きがなってない、基礎がないなって。できてたのは朱里くらいですかね」
この言葉を心地よく聞いたプロレスファンも少なからずいたのではないか。現在の女子プロレス界はスターダム1強。“1人勝ち”の状態と言っていい。後楽園の動員力、ビッグマッチの回数など、どれも飛び抜けている。
とはいえ、あらゆるスポーツ、エンターテインメントは人気だけが基準ではない。「実力では負けない」、「内容ではこっちのほうが上」というプライドの持ち方もあるし「女子プロレスはスターダムだけじゃない」と考えているファンもいて当然だ。それぞれの団体に魅力があって、ファンは自分の感性にフィットする団体、選手を応援する。
そして“人気のスターダム”に対して実力で凌駕できるのが橋本千紘。そういうイメージもある。スターダムにどれだけ人気選手がいても、どんな大会場で興行を開催しても、一番強いのは橋本だと信じているプロレスファンがいて、橋本自身も強さを最大のアピールポイントとしている。
逆に言えば、橋本のスターダム参戦によって問われるのは、業界最大の女子団体の“強さ”だ。意地悪な見方をすれば「人気はあるけど実力はどうなんだ」ということになる。橋本に勝てる選手、あるいは真っ向から太刀打ちできる選手はいるのか。スターダムは人気だけなのか。プロレスはそれでいいのか。
朱里「プロレスでも強さは必要不可欠」
ここでポイントになるのが、橋本に参戦を呼びかけたのが朱里だということだ。彼女もまた女子プロレスの強さの象徴と呼ばれるだけの理由がある。
プロレスと同時進行でキックボクシングを学び、K-1系列のイベントKrushで初代女子王者になった。武尊と同時期に同じリングで活躍してきたのだ。そこからMMAに転向すると、無敗で老舗団体パンクラスのチャンピオンに。UFC参戦を果たしてもいる。格闘技の実績において、朱里は女子プロレス界で唯一無二の存在だ。
ジュリアは朱里を「スターダムの守護神」だと言う。橋本千紘という外敵を迎え撃つ闘いは、守護神の力が試されるものになるだろう。朱里自身、橋本と対戦しても強さで引けを取るつもりはまったくない。
「プロレスでも強さは必要不可欠なものです。一番大事と言ってもいい」
そう朱里は言う。試合が決まれば対策を練るし、特にテイクダウンディフェンスは重要になってくる。また自分のファイトスタイルは、普段の試合よりも蹴りが多くなると予想している。よりシビアに、より強さを前面に押し出す闘いだ。
朱里が橋本千紘に参戦を呼びかけた“もう一つの理由”
ただ、それだけではない。橋本千紘と強さの競い合いだけがしたくて参戦を呼びかけたわけではないのだ。
「スターダムには強い選手もいるし、強さだけではない魅力を持った選手もたくさんいる。それを橋本にも味わってほしいんです」
橋本とはスターダム入団前に試合をしており、シングル戦績は朱里の2勝1敗。実力はよく知っているし、里村が海外進出を果たした状況で仙女を背負って奮闘してきたのも伝わっている。
「橋本はもともとのポテンシャルが高い。基盤がしっかりしてますよね。本当に凄い選手だと思います。凄い選手だから、スターダムに出てもっとたくさんの人に見てもらいたいんです」
せっかく凄いことをやっているんだから、見てもらわなければ意味がない。それはさまざまな団体に上がってきた朱里の実感でもある。磨き続けた実力が、スターダムで多くの観客に見られることで伝わり、広まり、ついには赤いベルト獲得と女子プロレス大賞受賞にまで到達した。スターダムだから、キャリア14年でのブレイクが可能だった。
赤いベルトを巻いた直後のインタビューで、朱里は「他団体の選手とも防衛戦がしたい」と語っていた。たくさんの団体で試合をしてきたから、スターダム以外にも魅力的な選手がいることを知っている。自分とスターダムで闘うことで、彼女たちにもっと輝いてほしい。朱里はそう考えていた。「女子プロレスはスターダムだけじゃない」と、スターダムのチャンピオンになった朱里も思っていたのだ。だから、ベルトは失ったが橋本にアプローチした。
「もっとたくさんの人に橋本千紘を見てもらって“こんな凄い選手がいたのか”と思ってもらえたら嬉しいです。私はもっと女子プロレスを盛り上げたい」
“強さの象徴”とスターダムの闘いの行方は…
格闘技で実績を残した朱里だが、自分はプロレスラーであるという自負も強い。格闘技の試合に取り組んだのも、体が細くて弱々しく見られがちだった自分の“プロレスラーとしての強さ”を示すためだった。格闘技界に乗り込む姿を一番見てほしいのは、プロレス界の人たちだったと朱里は言う。プロレスの師匠はTAJIRIとKUSHIDA。格闘家がプロレスをやっているとは絶対に思われたくなかった。
実は、橋本にも似たような背景がある。仙女の入門テストを最初に受けたのは中学生の時だ。入門が内定したものの柔道かレスリングを勧められ、結果として大学までレスリングに打ち込むことになった。橋本は単にレスリング出身のプロレスラーなのではなく、プロレスラーになりたいからこそレスリングを学んできた。
「だから橋本との闘いは、強さを競うだけじゃない。試合の勝ち負けだけでもない。すべての面での“勝負”だと思ってます」(朱里)
どちらがより会場を沸かせ、観客に印象を残すか。プロレスラーとしての魅力、能力の総力戦になると朱里は考えている。やりたいのはレスリングの強豪vs格闘技のチャンピオンというだけではない「プロレスならではの闘い」だ。橋本とならそれができると思ってもいる。
「橋本は見せるという部分でも、凄く魅力のある選手なので」
確かにそうだ。橋本はプロレス界でしっかりと強さを示してきた。だが“強いだけでは強いと思われない”のがプロレスの世界の難しさ。橋本は強さを“見せる”、“伝える”能力にも長けていたからこそトップレスラーになったのだ。
MIRAI戦に続いて、ひめかと橋本の試合も「フラットな気持ちで見たい」と朱里。スターダムの選手に頑張ってほしいという気持ちもあるし、自分が闘いたい橋本に負けてほしくないとも思う。スターダム2試合目のひめか戦を経て、橋本千紘という“強さの象徴”がどれだけ花開き、輝くか。その輝きを朱里が直接対決で上回ることはできるのか。そこにも、シビアで激しい“闘い”がある。
◆◆◆
追記:4月23日に行われた朱里対橋本千紘の一戦は朱里のKO勝ちに終わった。だが、試合後の朱里は橋本とのタッグ結成を望むコメントを残している。ここからさらなる展開もありそうだ。
文=橋本宗洋
photograph by Masashi Hara