元日本代表MF本田圭佑による問題提起をはじめ、制度のあり方に対して疑問を投げかけられることも少なくない日本サッカー協会(JFA)の指導者ライセンス。一方で、指導者たちが講習で「実際に何を学んでいるのか」については、あまり知られていないのが現状だ。今年度のS級コーチ養成講習会を取材した戸塚啓氏が、その様子を詳細にレポートする。(全2回の1回目/後編へ)
一度でも現場に立ち会ったら、その重要性に気づくだろう。
日本サッカー協会(JFA)によるS級コーチ養成講習会である。
S級ライセンスと呼ばれる国内最上位の資格を取得するために、2023年度は20人が受講している。前段階のA級ライセンス保持者はおよそ2000人を数えており、厳しい条件をクリアした者が、文字どおり選抜されているのだ。
S級ライセンス講習のタイムスケジュールとは
最初の講習会は、4月8日から13日までの6日間で行なわれた。8日はJ1リーグの横浜F・マリノス対横浜FCをスタジアムで視察したのだが、受講生はそれ以前から課題に取り組んでいた。
両チームを「担当するチーム」と「対戦するチーム」という立場で分析し、8日の試合のゲームプランを立てるという課題を与えられていたのである。この試合は第7節だったから、すでに行なわれた6試合分の映像をチェックして、その内容を分析しなければならない。講習が開始される前から、参加者はかなりの時間を費やしていたのだ。
試合後はそのまま次のカリキュラムが行なわれる茨城県へ移動し、翌9日の朝8時から講習がスタートした。この日はグループワーク、分析の発表、野外研修などが組まれた。翌10日は朝9時から指導実践があり、日をまたぐ時間まで準備をする参加者もいた。
11日、12日も朝9時から指導実践が行なわれ、その日の振り返りが終わるのは22時である。最終日の13日は9時から指導実践が組まれ、昼食後に解散となった。
4月はさらに2度の集中講習が開かれた。17日から20日までと、24日から27日までである。
2週目の集中講習のスケジュールを紹介すると、24日午後の集合後すぐに、1時間半の座学が立て続けに3コマあった。翌25日は、朝9時から12時まで指導実践だ。
決して「受け身」の学びではなく…
講習会の指導実践では4人がグループになり、「監督、コーチ、GKコーチ、フィジカルコーチ」の立場を担う。テーマごとに立場を変え、4人全員がそれぞれの役割を担っていく。
トレーニングのテーマは「5-4-1で守備を固めてくる相手を、4-3-3で崩す」、「4-3-3の相手に対して、4-4-2でどう守るか」といったように、具体的で実戦的だ。さらには「週末に試合を控えた木曜日の練習」という設定で、ふたつのトレーニングとゲームを45分間で組み立てる。
ライセンスの講習には、決められたカリキュラムを学び、試験をパスして資格を取得するといった印象がつきまとう。しかし、現在は参加者が能動的に考え、座学や指導実践に取り組むアクティブラーニングが取り入れられている。
受講生は第1回講習の最初に、「監督に必要な職務能力」について5段階で自己評価をしている。JFAのS級ライセンス担当チューターの浮嶋敏氏が説明する。
「自分の強みや足りないものを事前に認識したうえで、他の人の意見を聞きながら、自分に合うか合わないか検討をして、自分の視野だけじゃないものを取り入れていく。そのために、アクティブラーニングを積極的に取り入れています」
浮嶋氏自身は、2013年度にS級コーチ養成講習会を受講した。湘南ベルマーレで長く指導にあたり、2019年10月から2021年8月まではトップチームの監督を務めた。
「講義も座って聞いているだけのものは基本的にありません。必ずグループワークがあり、全員が発言する機会があります。講師や私たちチューターが一方的に話したりするのではなく、他の人の意見が聞けるようにして、自分なりの解決方法を見つけていってもらいます」
ひとつのグループが指導実践を終えたら、チューターと参加者が意見を出し合う。レビューと呼ばれるこのやり取りが、参加者たちの学習意欲を旺盛にしている。
中村憲剛「選手目線での気づきがある」
現役時代にJ1、J2で300試合以上に出場して73得点を記録し、2000年にアジアカップの日本代表に選ばれた北嶋秀朗さんは、「たくさんの気づきがあります」と話す。引退後はロアッソ熊本、アルビレックス新潟、大宮アルディージャでトップチームのコーチを務め、23年度からJFLのクリアソン新宿のヘッドコーチに就任した。
「クラブで仕事をしていると、基本的には(各スタッフの)視点が揃っているなかでの会話が増えていきます。でもここには、ホントに色々な視点を持っている人がいる。その視点は自分にはなかった……というものがあって、すごく面白いんです。『それはどうなんだろう』と最初は思っても、夜になってもう一度考えてみると『やっぱりありかな』と思うこともあったりするんです」
川崎フロンターレで18シーズン稼働し、日本代表としてW杯やコンフェデ杯に出場した実績を持つ中村憲剛さんも、講習会で多くの気づきを得ている。「B級やA級でもそうでしたが」と前置きをして、明るい表情で話す。
「参加者の数だけ考え方がある。同じ現象でも見方が全然違って、それを『違う』じゃなく『それもあるよね』と受け入れるマインドになっているので、みんなが言い合える。みんなに言ってもらえることで、引き出しが増えていきます」
レビューが白熱して指導実践が大幅に長引く、ということも珍しくない。むしろそれが日常的である。参加者が指導実践のピッチや座学の教室にいる時間は、あらかじめ決められたスケジュールよりもはるかに長い。
指導実践は大学生が選手役を務めているが、講習会の参加者も交じって実際にプレーする。「そこでまた、気づきがあるんです」と、中村さんは言う。
「実際に指導を受けるので、選手として思うことが山ほどあるんです。外からでも思うことは多々ありますが、選手役になったほうがその量は多いですね。練習の設定とかオーガナイズ、ルールなどについて、『これだとちょっと難しかったな』とか、『こういうふうに言うと守備が緩くならないんだ』といったような気づきがあります」
<後編へ続く>
文=戸塚啓
photograph by JFA