元日本代表MF本田圭佑による問題提起をはじめ、制度のあり方に対して疑問を投げかけられることも少なくない日本サッカー協会(JFA)の指導者ライセンス。一方で、指導者たちが講習で「実際に何を学んでいるのか」については、あまり知られていないのが現状だ。今年度のS級コーチ養成講習会を取材した戸塚啓氏が、その様子を詳細にレポートする。(全2回の2回目/前編へ)
2023年度のS級コーチ養成講習会には、特異な立ち位置の受講生も含まれている。今回が2度目の受講となる金明輝さんだ。
J1のサガン鳥栖の監督当時にパワハラ行為があったとして、金さんはS級からA級へ降格となった。今シーズンからJ2のFC町田ゼルビアでヘッドコーチを務めている。
所属クラブでの職務とどう両立しているのか?
2度目の受講にあたっては「サッカーは進化していますし、自分にはまだまだ足りないものがある、学ぶものがある、と思ってここにきています。僕自身が学んできたことをもう一度精査するというか、つねに自分に問いかけながら新しいものを獲得できたら」と謙虚に、かつ熱っぽい口調で語る。
S級コーチ養成講習会は最初の短期講習を除き、module(モジュール)ごとに月曜日から木曜日まで開催される。木曜日のカリキュラムが終わると、参加者たちは慌ただしく所属チームへ戻る。金さんがヘッドコーチを務める町田は、module1終了2日後の4月29日にJ2リーグ第12節が行なわれ、そこから中3日の3連戦を消化した。
「大前提として、クラブと協会の理解があったうえで講習会に参加させてもらっています。それについてはホントに感謝しています。講習に参加している間のクラブの仕事については、今年ここへ来るのは分かっていたので、ある程度のタスクは他のコーチに分散して、自分がいない期間もきちんと回るようになっています」
中村憲剛さんは27日の講習会終了後すぐに、同日から開かれたU-17日本代表候補のトレーニングキャンプに合流した。ロールモデルコーチとして、30日までチームに帯同した。
次回の講習は6月だが、参加者はその間も指導実践を積んでいく。現在のS級コーチ養成講習会の大きな特徴として、全員で集まって講習を受けていない間も、一人ひとりが指導現場の経験を積んでいく。
代表監督や世界各国の名将による講義も
チューターの浮嶋敏氏が話す。
「S級はJリーグの監督に必要なライセンスですので、リアルの現場として高校やユースではなく大学の協力を得て、インターンチームとして指導をさせていただいています。監督役となって前のゲームの分析から課題を見つけて、その課題を解決するためのトレーニングをプランニングする。自分の指導実践を経て、週末のゲームで成果としてどういうものがあったのか、また違う課題が出たのか。1週間の流れを、現場に入って体験していきます」
前の試合の分析は適切だったのか。次の試合へ向けたトレーニングプランは妥当だったのか。現場でなければ体験できないものが、講習会の参加者の血肉となっていく。浮嶋氏を始めとするS級チューターも、インターンチームへ足を運んで参加者の指導・マネジメントをチェックし、必要に応じて助言をする。
「たとえば、前のゲームは高い位置から奪いにいったけど、プレスを外されることが多かったとします。相手は4-3-3で、シャドーの選手をDFラインとボランチでうまく管理できなかった。それをどう改善するのかが次の試合への課題だとしたら、どんなプランニングで練習をして、次の試合でまた高い位置から奪いにいったときに、どういう結果が出たのか。それはJリーグの現場でも行なっていることなので、自分が監督役になるインターンチームでの指導実践で同様の体験をするのはすごく大事です」
S級コーチ養成講習会を通して、JFAは国際舞台で活躍できる指導者の育成も視野に入れている。座学の講師には、そうそうたる顔ぶれが並ぶ。
「S級ライセンスの取得は、Jリーグの監督になることが一番の対象になるかと思いますが、アジアの国々で監督をやったり、GMなどの職に就いたりする人材もいます。JFAの指導者海外派遣で力を発揮してもらっている人もたくさんいるので、そういうことも踏まえて、『プロフェッショナルコーチング論』では色々な監督に来てもらっています。J1、J2、J3のクラブ、それから代表監督ですね。今回はU-20日本代表の冨樫剛一監督、U-22日本代表の大岩剛監督に来てもらいました。次回以降はサムライブルーの森保一監督や、タイのブリーラム・ユナイテッドの石井正忠監督に来てもらう予定です。それから、ヨーロッパのトップクラブの監督には、オンラインで参加してもらっています。去年はアンドレ・ビラス・ボアス(ポルトやチェルシーを指揮)さんに参加いただき、ウナイ・エメリ(現アストン・ヴィラ監督)さんに講義をしていただいたこともありました」
「ここの出口はJリーグの監督ですから」
講習会のプログラムには、サッカー界はもちろん日本スポーツ界を牽引できるような存在になってほしい、との期待も反映されている。変わったところでは、スピーチライターやオーケストラの指揮者が、座学の講師に招かれている。
浮嶋氏は人選の意図をこう解説する。
「オーケストラの指揮者は、人種の壁を超え、色々な楽器を奏でる演奏家の才能を引き出し束ねて、ひとつの音楽として作り上げる。どう人をまとめて個性を発揮させるのか、そのために自分はどうあるべきか……などは、サッカーの監督と似ているところがありますよね」
Jリーグの4クラブで9シーズンの指導経験を積んできた北嶋秀朗さんは、自身の変化を実感している。S級コーチ養成講習会に参加する20人が忌憚のない意見をぶつけ合う時間が、思考に奥行きを生み出しているのだ。
「見るべきものが変わったというか、それまであまり気にしていなかったことが気になったりするようになりました。あえて見てなかったものもあるけれど、見たほうがいいなと感じたりもします。今回の講習会では自分を一度壊して、自分のなかにあるものを整理しながら学んでいきたいと思っているんです」
S級コーチ養成講習会では、“横のつながり”も生まれる。川崎Fの鬼木達監督と戸田光洋コーチは、2013年度のS級同期生だ。現役最後のシーズンをふたりのもとで過ごした中村さんは、「指導実践などを通してサッカー観をすり合わせていくことが、一緒に仕事をするきっかけになるんでしょうね」と話す。
「僕たちも、そんなふうになりたいですね。若い指導者がJリーグの現場へ入っていくことで、リーグの活性化につながる色々なムーブを起こせたら、と思っています。そのために、講習会では出し惜しみをしたくない。みんなに言ってもらえることで引き出しが増えていくし、ここの出口はJリーグの監督ですから」
自分自身で一つひとつの課題について考え、同期やチューターの意見に耳を傾け、また考えて、さらに意見を聞いて。20人の参加者によるハイレベルな切磋琢磨は、12月まで続いていく。
<前編から続く>
文=戸塚啓
photograph by JFA/AFLO