今年の春のセンバツにも出場した慶應義塾高等学校野球部。そのチームを率いる森林貴彦監督は自身のことを「異端」と表現する。「異端」はどう生まれたのか? 自身のキャリア、慶應高校の目指すべき姿、清原勝児選手が所属する現チームの状況。高校野球を変えたいと願う指導者が約50分のロングインタビュー(動画)に応じてくれた。聞き手となったライター田口元義氏がそのポイントを執筆する。

「今年のセンバツで、長髪の選手がいた高校がどのくらいあったと思いますか?」

 慶應義塾高校野球部の監督、森林貴彦がおもむろに問いかける。

 近年の高校野球界は、旭川大高校や花巻東など甲子園に出場するようなチームにも「脱・坊主」が増えてきた。そんなイメージもあり「10校くらいですかね?」と答えると、森林はニヤリと笑い、正解を告げる。

「うちを含めて4校です」

 センバツ出場36校のうち、長髪の選手がいた高校は慶應義塾と東北、そして21世紀枠で選出された氷見と城東だけだった。それぞれ野球部としての方針や選手個人の意思があるとはいえ、「まだこんなに坊主が多いのか」という現実がそこにはある。

 まだ前時代的な慣習は残っている。だからといって、森林に嘆きはない。戦後あたりから頭髪を自由としている慶應義塾のマインドを受け継ぐ指導者としては、長髪のチームがゼロではないことに変革の兆しを見る。

「『髪型で野球をするわけではないし、そもそも強制されているわけではないんだから』という慶應義塾としての流れがあるように、本来そうあるべきなんです。坊主頭は高校野球のイメージとしてあるとは思っていますけど、それも徐々に変わってきているので。そこをより加速させるような役割となれたらいいなとは思っています」

慶應義塾は当たり前の高校野球と対極にいるチーム

 森林は「役割」と言った。それは「脱・坊主」の普及活動を示しているのではない。頭髪など暗黙の規則が多い高校野球を改革する。その担い手になることだ。

 厳しい上下関係や規則。指導者に忠実な選手の受け身型の性質。慶應義塾はそんな当たり前の高校野球とは対極にいるチームである。

 野球部がモットーとして掲げる「エンジョイ・ベースボール」がそのひとつでもあるのだが、額面だけでは図れない奥深さがある。

「『にこにこしながら楽しくやってるんでしょ』と思われがちですが、そこは誤解というか。私の解釈としては、『野球を楽しむためにはレベルを上げていこうよ』という呼びかけのような言葉だと思っています。やはり、スポーツは勝利を目指すことが第一でなければ、レクリエーションのようなおかしなものになってしまいます。日本一を目指す。そこにふさわしいチームになるという大目標は変わりません。そこを達成した先に高校野球の常識を変えていきたいとか、いろんな目標を果たすために日々を励むということです」

 目指すべきものは他の高校と同じ。ただ、慶應義塾として重要視するのは、勝利に至るまでの過程。チームの歩みだ。

 森林は指導者の一方通行で選手を導こうとはしない。双方が共に育っていく姿勢を重んじる。「勝利至上主義」ではなく「成長至上主義」であるべきだと、理念を説く。

「育成年代を預かる指導者としては、子供たちの人生を念頭に置きながら指導しないといけません。これからは、自分の頭で考えられる、アイデアを出せる人材がもっと大事になってくる社会において、『監督に言われたからこうした』という3年間であってほしくありません。そこで何を至上命題とするかとなると、私は成長だと思っています。野球選手としての成長、人としての成長があって、チームの成長があると思っていますので」

「プレッシャーを自分の力に変えて頑張りたい」

 今年のチームに清原勝児という選手がいる。

 父親は元プロ野球選手の清原和博。超一流の証である通算2000安打を記録し、歴代5位の525本のホームランを記録した名選手だ。試合になれば多くの報道陣に囲まれるほど注目を浴びるその息子は、森林に自らの意志をはっきりと明示しているのだという。

「人から見られるプレッシャーを自分の力に変えて頑張りたいです」

 監督が選手を尊重し、目じりを下げる。

「お父さんの存在は大きいですけど、純粋に野球が好きで、うまくなって活躍したいという気持ちを持ち続けて一生懸命やってくれています。チームメートもそんな彼に嫉妬などすることなくうまく包み込んでくれていますからね。私も取り立てて彼を個別にどうこうしようと考える必要がないんです」

 楽しむために野球のレベルを上げ、勝つためにチームとしての成長を促進する慶應義塾が戦った、5年ぶりの甲子園。仙台育英との初戦で清原がヒットを打ち、スタンドが沸く。リードを許していても、選手たちには笑顔があった。昨夏の全国制覇を経験するメンバーが多く残る優勝候補に延長戦まで食い下がったものの、試合は1-2で敗れた。

 森林はしかし、「これが野球を楽しむことなんだ」と、慶應義塾の根っこを強調した。

「甲子園という舞台で、素晴らしい相手とああいう試合ができたというのは、勝ち負けを別として非常に素晴らしい経験でした」

 グラウンドでたなびく長髪。負けていても悲壮感のない選手はスマートに映る。人としての成長があっての勝利を強調する森林は、チームで築く「慶應スタイル」を発信し続け、高校野球の新たな道筋を示す。

 人は時に、その志を「異端」と呼ぶ。

「今は、『異端で結構』と思っています」

 それでも改革者は、不敵に笑う。

文=田口元義

photograph by Kiichi Matsumoto