昨年12月、第1回の「現役ドラフト」が行われて、ソフトバンク・大竹耕太郎投手が阪神タイガースに移籍したと知って、よかったなぁ……と思っていた。

 プロ球団が3つぐらい出来そうな質・量ともに潤沢なホークス投手陣の中で、なかなか回ってこない順番を待っているより、一軍の先発ローテーションに、伊藤将司くらいしか左腕のいない阪神のほうが「働き場」があるだろう。

 2017年の育成ドラフト4位で、早稲田大学からソフトバンクに入団。プロ2年目に、一軍の先発で5勝を挙げた実力を、新しい球団、新しいリーグで発揮してくれたら……私も大学野球部の同窓の端くれとして、すごく期待していた。

ソフトバンクスカウトも「5勝無敗って、本当にすごい」

 そして阪神で早速5戦5勝。先発のマウンドに上がるたびに、丁寧に丹念に両サイド低めを突きながら、ピンチには持ち前のファイティング・スピリットを感じさせるピッチング。5月20日の広島戦でも、勝ち星は付かなかったものの、やはり先発の7イニングを6安打無失点に封じて、内容的には立派な「6戦6勝」をやってのけた。

 今のプロ野球では、劣勢の展開でリリーフに上がる投手でも、150キロ前後のスピードは当たり前。そんな中で、速球は140キロ前半。ストライクゾーンぎりぎりからスッと沈むツーシーム系のボールを打たせて凡打に打ち取るスタイルで、打者心理を逆手にとる。

 見るからに意志の強そうな表情は、打たれてもピクリともしない。剛球はないのに、打てるものなら打ってみろ!……そんな堂々のマウンドさばき。これなら、守ってる野手も頼もしい。

「よし、どんな打球でも受けて立とうじゃないか!」

 投手とバックの間に好循環が生まれて、守りも締まる。

 1970年代、130キロ後半程度の速球に、球速を殺したカーブ、シンカーを駆使して、王貞治、長嶋茂雄までも自在に翻弄し、74年には「20勝」を挙げてセ・リーグ最多勝投手に輝いた松本幸行(ゆきつら、中日・阪急)という左腕がいたが、背格好、ピッチングスタイル……ピッタリ重なる。

「僕も速いボールのない技巧派左腕でしたけど、そういうタイプが1カ月ちょっとの短期間で5勝無敗って、本当にすごい。しかも5戦5勝でしょ。投げるたびに勝っているんだから……」

 たまたま、現場で居合わせたソフトバンク・山本省吾スカウティングスーパーバイザーが、祝福しながら、しきりに感心している。星稜高、慶應義塾大からプロへ進み、左腕のテクニシャンとして鳴らした山本氏。大竹投手が早稲田大学のエースとして奮投していた頃、神宮球場のネット裏から繰り返し、そのピッチングに目を凝らしていた。

ソフトバンク関係者「別に大きな故障とかではなかった」

 今季、大竹投手が3勝ぐらいあげた頃だったろうか。別のソフトバンクの関係者の方から、こんな話を耳にしたことがある。

「大竹がここ数年、登板の機会が少なかったのは、別に大きな故障があったり、体調不良だったりしたわけじゃない。投げる優先順位が、だんだんと後ろになってしまっただけなんです」

 確かに、2020年のウエスタン・リーグでは、夏場からの登板で6勝3敗、防御率2.53、最多勝、最優秀防御率、最優秀投手。投手のタイトルをいくつも獲得している。

「左腕で、大関(友久・仙台大)や笠谷(俊介・大分商高)がローテーションに入ったり。中継ぎでは、右ですけど、松本(裕樹・盛岡大付高)とか、津森(宥紀・東北福祉大)が出てきて、だんだんと順番が回ってこなくなりましたよね。もっとも、中継ぎタイプじゃないかもしれないですけどね、大竹は。だけど、あの性格は間違いなく“ピッチャー”ですよ」

神宮球場の通路で「自分にも信じるところはあるので…!」

 そういえば……と、思い出した場面がある。

 早稲田大の1年生から順調にスタートをきった大竹投手の大学野球生活。1年秋のリーグ戦には、いきなり開幕投手。2年生の春からは、もうエース格として奮投していた。

 それが一転、3年生の秋あたりから、パタッとリーグ戦のマウンドに上がらなくなって、どうしたのかな……と思っていたら、ある日、偶然にも神宮球場のスタンド下の通路で出会った。

 立ち話だったが、今ある状況をいろいろ話してくれて、いちばん印象に残ったひと言が、

「自分にも、信じるところはあるので……!」

 あえて「!」を付けたのは、そこが妙に決然としていたからだ。 いつも見ていたピッチングスタイルとの違和感があった。

 当時、スピードは135キロ前後。すでに140キロ台が当たり前になっていた六大学の打者たちを、カーブやチェンジアップ系の変化球でのめらせて打ち取るスタイルだったから、もっとおっとりとした青年なのかと、勝手に思い込んでいた。

 力強い顔つき、しっかりとこちらを見据えながら語る時の目力の強さ、口調は穏やかでも語尾は明確に言いきる語り口……確かに、内面は“ピッチャー”に間違いなかった。

 4年生の秋になって、神宮のマウンドにカムバックしてきた大竹投手の様子を見ていて、捕手のサインに首を振った後、次のサインに合意したうなずき方の強さにハッとした。

「そうだろう、ここはそのボールしかないだろう!」

 そんな確信を表情にして、深く大きくうなずいていた。

ソフトバンク関係者「哲学者っていうんですかねぇ」

 さきほどのソフトバンク関係者の話に戻る。

「我の強さっていうのか、意志の強さみたいなものは、ピッチャーには絶対必要なものです。大竹の場合は、哲学者っていうんですかねぇ……彼自身の道理にかなっているかどうかって、すごくあったと思いますよ。だからといって、自分の殻に閉じこもるわけでもなくて、遊ぶのも好きだし、みんなとワイワイやるのも大好き。今の時代の青年なんだけど、ちょっと人より骨っぽい……いいヤツなんですよ」

 この“哲学者”という言葉を聞いていたから、甲子園のDeNA戦で5勝目をあげた時の談話に、登板のたびに雨が降る巡り合わせを「砂漠の中の草みたいなイメージ」とあったのが、大竹耕太郎らしくて、思わずニヤッとしてしまった。

 追い風は、いくつもある。

 まず、いいお手本に恵まれている。ソフトバンクで「師匠」と仰いでいたレジェンド左腕・和田毅の存在。そして、今年から「同僚」になった伊藤将司の存在。140キロ前後の速球でも、左打者の内角を突ける技術と静かに燃える闘争心で、勝ち星を積み上げるサウスポーだ。

 さらに刺激もあるはずだ。昨年まで同僚だった田中正義投手の奮戦ぶり。今季日本ハムに移籍して、ストッパーに立ち位置を見いだして、ここまで(5月24日現在)6セーブを挙げる。

 自分にも、信じるところはあるんで……。書き進めてきたら、彼のこの言葉が、もう一度耳に聞こえてきた。

 後輩だからといって、早稲田大学野球部の偉大な先輩・岡田彰布監督がエコヒイキするほど、プロ野球の世界は甘くない。シーズン10勝して、岡田監督1年目の「アレ」に大貢献することになれば、きっと「大竹がいてくれたおかげ……」と厚い信頼を獲得できて、彼の野球人生にとって、これ以上ない追い風になることだろう。

 まだ梅雨前。まもなくやって来る高温多湿にそこまでの疲れも重なる「正念場」の時期を、一流の涼しい顔で乗り越えて、もうひと回り大きな「大竹耕太郎」に変貌していくことを、陰ながら願っている。

文=安倍昌彦

photograph by JIJI PRESS