大きな弧を描いて、打球はレフトスタンドポール際に吸い込まれていった。
6月3日、甲子園での阪神タイガースとの交流戦初戦。月の奇麗な夜だった。
昨年12月の現役ドラフトでオリックス・バファローズから千葉ロッテマリーンズに移籍してきた大下誠一郎内野手(25歳)は、7回に代打で登場し、移籍後初本塁打を放った。ダイヤモンドを一周しながら「ヨッシャー!」と吠えた大声は、面白いほどに聖地に響き渡る。
「野球人生は長く、バットは短くですね!」
ベンチに戻ると村田修一打撃コーチと目を合わせて笑った。コーチのアドバイスを忠実に守っての一発だった。
「中田と坂本を見てみろ」
大下はこれまでフルスイングを持ち味としてきた。時にはヘルメットが飛んでいくほどの豪快な振りで、ボールに食らいついていく。そんな大下に村田コーチは言った。
「オマエの出番はいつだ? 試合の終盤のチャンスとかだろ。マウンドにいるのは勝ちパターンのキレのある球を投げるピッチャーばかりのはず。その1打席でそんなに長くバットを持って思いっきり振って、はたして当たるのか」
タイガースとの3連戦の前、本拠地ZOZOマリンスタジアムで行われたジャイアンツ戦で、村田コーチはベンチで大下を呼び寄せていた。
「ほら中田と坂本を見てみろ。あれだけの打者でもバットを短く持っている。指1本、短く持って工夫をしている。あの選手たちでそうなら、オマエもやってみてもいいんじゃないか」
優しく論した。大下の目の前には日本を代表する打者たちがバットを短く持ちながら打席に立つ姿があった。
「確かにあんな人たちでも短く持ってやっている。オレみたいなやつが長くバットを持って振り回していても仕方がないと思いました」(大下)
いつでもどこでもフルスイングを売りにしていた男は、スタイルを変更することを決めた。移籍後初アーチはタイガース大竹耕太郎投手のインコース直球をひと振り。指1本、短く、そしてコンパクトスイングを心掛けた打席だった。
大下は「ギリギリかなと思っていたけど、入ってくれて嬉しかったです」と自身のホームランを振り返ると、ベンチで見守った村田コーチも喜んだ。そして言った。
「オマエはいつも振り回しすぎてヘルメットが飛ぶことがあるけど、今のホームランでヘルメットは飛んだか? 飛んでないだろ。覚えておけよ」
大下と村田コーチは同じ福岡県出身。プロに入る前にテレビで見ていた憧れの存在だった“打撃の師匠”の言葉は、いつも深く、わかりやすく愛情がこもっている。バットを短く持ってみたらどうかとアドバイスをした時の最後の一押しとなった「野球人生は長く、バットは短くだよ」という言葉もそのひとつ。言葉の一つ一つが身に染み込んでいく感じがする。
ヤジるのではなく味方を応援する
大下がチームに活気をもたらしているのは、バットだけではない。それは「声」だ。試合前から終了まで、どんなビハインドの状況でも変わることなく声を張り上げる。大下はその理由について「楽しくやりたいじゃないですか。せっかくなら」と説明する。単純明快だが、そこには熱い想いが宿る。
「野球って本来、楽しいものじゃないですか。チーム全体で明るくやりたい。みんなで盛り上がるという意味ではベンチにいるメンバーが声を出して応援するのは必要だと思うんです。もちろん、ふざけるのとは違いますし、ヤジのようなものも違う」
大下は打席に立つ選手に向かって、鋭い当たりを意味する「シャーパー!」(MLBフィリーズの強打者ブライス・ハーパーのように鋭いシャープな打球)と叫ぶ。文字通り、甲子園で移籍後初ホームランを打った打球はシャーパーだった。
「いつも、ベンチからみんなに『シャーパー』と連呼しているので、あそこはボクもシャーパーに打たないといかんでしょ。ベンチに戻るとみんなから茶化されましたよ(笑)」
その他にも、味方の打者にボール球を見極めると「いい目!」と叫び、バットを振りにいきながらボール球とギリギリで見分けた時は「スーパーキャンセル!」と称える。次々に生まれる独特の言葉のレパートリーは豊富ゆえに、面白く、チームメートもそれを喜び、楽しむ。おのずと試合中のマリーンズは盛り上がる。
「劣勢の時とかは特にですけど、ベンチにいるメンバーも含めたチーム全体で盛り上がっていく必要があります。点が取れるように魂を込める。少しでもベンチからイケイケのムードを作れたらと思って、いつも声を張り上げています」
昨年まで、他球団と比べて少しばかり大人しいと言われていたマリーンズのベンチだったが今年は大きな声で盛り上がっている。それは大下が加入したことによる化学反応と言ってもいい。
吉井監督は「陰のヒーロー」と評価
指揮を執る吉井理人監督も「正直、こんなに影響を及ぼすものなのかと思うほど、大下の存在は大きいし、陰のヒーロー。彼の加入は本当に大きい。試合の中でチームのいい雰囲気を作ってくれている。持ち味を存分に出してくれている。それに声だけではなくて練習も一生懸命。プレーハード、ハッスルプレーヤーだね」と目を細める。続けて「スタメンの日だけは緊張して少し大人しいけどね」と笑った。
今年は若手選手も積極的に声を出して応援する姿が目立つ。それは大下から身をもって学んだこと。マリーンズが現在、好位置につけている理由の1つと言っていい。
明るいキャラクターのおかげなのか、大下は何かとSNSで話題になることが多い。移籍初本塁打を打った際にはすぐに「兵庫に強い男」と注目された。オリックス時代を含めたプロ入り後の4本塁打のうち、3本が兵庫県で打ったものだった(ほっともっとフィールド神戸で2本、甲子園で1本)。
さらに、マリーンズファンの間では死球が多い事でも有名だ。今季17打席中、その数は3つ。バッターボックスのギリギリに立つことから死球と隣り合わせといえる。
「足が短くて、手が短いので、どうしても打席でギリギリに立たないといけないんです。大学時代からそう」と大下。それでも「(死球が当たると)痛いけど、チームのためにどんな形でも塁に出たいと思っている」と胸を張る。
「素敵じゃないですか」登場曲は『男の勲章』
登場曲はバファローズ時代から起用している嶋大輔さんの『男の勲章』である。なんとも大下らしい選曲でファンの支持も高い。「大好きです。素敵じゃないですか。すべてが」とニヤリ。実は以前にSNSを通じて嶋さんから「登場曲に使ってくれてありがとう」とメッセージをもらったことがある。「嬉しかったですね。一生の思い出です」と振り返る。
6月5日に行われたタイガースとの3戦目も大下は初回からフルスロットルで声を出した。甲子園の大声援に負けじと、喉の奥底から声を出して、グラウンドにいる仲間たちを鼓舞した。そして2点ビハインドの6回2死走者なしから代打で登場すると、やはり打席のギリギリでスタンスをとり、意地の中前打を放った。バットを短く持って振り抜いたシャーパーな打球だった。
育成6位でのプロ入り。そして、現役ドラフトでマリーンズ入り。決して野球エリートではないが、その背中が醸し出す生き様はファンを魅了してやまない。
自分を信じて生きる。辛い時も歯を食いしばり、つねに全力で戦う。死球覚悟で打席に立ち、日々、悔いなきスイングをする。それが大下誠一郎。尊敬する村田コーチのような“漢”を目指して、今日もマリーンズのために大声で叫び続ける。
文=梶原紀章(千葉ロッテ広報)
photograph by Chiba Lotte Marines