2018年夏の甲子園、ヒーローとなったのは金足農・吉田輝星だった一方で、地方大会を含めて1人で投げ切ったことで「球数」について“賛否両論”となった。そこから5年、慶応義塾高校と仙台育英高校が決勝の舞台で相まみえた今夏の甲子園はどのような傾向だったのか。15〜23年の傾向などとともに見てみる。
慶応義塾高校の107年ぶりの優勝がクローズアップされている今夏の甲子園だが、投手起用に関しては「劇的」と言っていい変化があった。
筆者は2015年からの甲子園出場各校の投手起用数、球数などの投手成績を追いかけている。
1試合当たりの両チーム投手起用数が「5.46人」に増加
以下は2015年以降の投手の「延べ起用数」の推移。( )のカッコ内は1試合当たり両チームの投手起用数。2020年は夏の大会は開催されず。
2015年 48試 213人(4.44人)
2016年 48試 192人(4.00人)
2017年 48試 215人(4.48人)
2018年 55試 212人(3.85人)
2019年 48試 212人(4.42人)
2021年 48試 195人(4.06人)
2022年 48試 231人(4.81人)
2023年 48試 262人(5.46人)
通常の大会は参加校49、試合数は48。2018年は記念大会で参加校が56に増え、試合数も55に増加している。両軍投手がすべて完投すれば投手起用数は試合数×2となり、1試合当たり両チームの投手起用数は(2人)になる。
「障害予防」の球数制限から複数投手制に
2018年夏、金足農(秋田)の吉田輝星(現日本ハム)が決勝戦までほぼすべて1人で投げたことから、投手の酷使が問題視され、2019年に日本高校野球連盟が「投手の障害予防に関する有識者会議」を設置、1年かけて検討をした結果、2020年春の甲子園から「7日間で最大500球」の球数制限の導入が決まった。
2020年は新型コロナ禍で春夏共に大会は中止となり、2021年から適用された。2021年に起用された投手数は球数制限導入前の2019年より減少。「球数制限」の効果は数字からは見られなかったものの、2022年の延べ起用数は231人、そして2023年は262人となり、1試合の投手起用数も初めて5人を越え、複数の投手を起用する傾向が明白になった。
これまで多くの高校では1人のエースを盛り立てて試合を勝ち進むスタイルが多かった。それを複数の投手による継投や先発ローテーションのシステムに切り替えるまでに、3年の歳月を要したと見るべきではないか。
また今年の夏の甲子園には、高校野球のリーグ戦であるLiga Agresivaの参加校が、優勝した慶応(神奈川)、ベスト8のおかやま山陽(岡山)、東京学館新潟(新潟)、立命館宇治(京都)と4校も出場した。これらの高校ではリーグ戦でアメリカの「ピッチスマート」に準拠した厳しい球数制限をしている。投手の継投は当たり前になっている。
こうした活動も含めた高校野球指導者の意識改革が、1試合当たりの起用投手数の増加につながったのだと考えられる。「先発完投」というこれまでの高校野球の投手起用法は、姿を消していくのだろう。
「1試合で100球以上」の投手も減っている
これにともなって、1試合で100球以上投げた投手の数も減少している。以下、2015年以降の1試合100球以上の投手数と、その大会の1試合最多投球を記録した投手。
2015年 47人/161球:成田翔 (左・秋田商)、小笠原慎之介(左・東海大相模)
2016年 55人/187球:アドゥワ誠(右・松山聖陵)
2017年 50人/172球 久保田蒼布(右・藤枝明誠)
2018年 73人/184球 山口直哉(右・済美)
2019年 55人/170球 高木要(左・立命館宇治)
2021年 51人/179球 森山暁生(左・阿南光)
2022年 52人/162球 日高暖己(右・富島)
2023年 36人/164球 河野伸一朗(左・宮崎学園)
毎年50人前後だった100球以上の投手の数が、今夏は36人にまで減った。明らかに「球数」を意識して、先発投手を温存するようになったことが分かる。
ただ1試合最多投球数に関しては、大きな変化がない。数は減っても1人の投手に依存する学校は依然として残っているということになろう。
2015年の秋田商・成田翔はロッテに入団。今季は現役ドラフトでヤクルトに移籍したが未勝利。東海大相模、小笠原は中日で先発投手として活躍。2016年の松山聖陵・アドゥワ誠は広島でプレー、2021年当時2年生だった阿南光・森山暁生は2022年ドラフト3位で中日に入団、2022年の富島、日高暖己も2022年ドラフト5位でオリックス入団もルーキーの今年はともに一軍未出場である。
しかしNPBで見てみると、ここ10年で先発投手の1試合最多の投球数は2016年7月8日、広島戦で阪神・藤浪晋太郎が投げた161球で、150球以上投げた投手は2018年を最後に出ていない。それを踏まえれば――高校生がいまだに160球以上を投げるのは、異様なこととは言えよう。
2015年以降の「投球数5傑」を見ていくと
続いては2015年以降の各大会の通算投球数5傑を見ていこう。「P/IP」は1イニング当たりの投球数。
〈2015年〉
680球 佐藤世那(右・仙台育英)
(6試49.2回28三 率2.36)P/IP 13.69
445球 松本皓(右・早実)
(5試29回13三 率2.79)P/IP 15.34
432球 成田翔(左・秋田商)
(4試26.2回30三 率2.36)P/IP 16.2
405球 比屋根雅也(左・興南)
(3試26回22三 率3.81)P/IP 15.58
392球 小笠原慎之介(左・東海大相模)
(5試25回20三 率3.24)P/IP 15.68
〈2016年〉
616球 今井達也(右・作新学院)
(5試41回44三 率1.1)P/IP 15.02
527球 大西健斗(右・北海)
(5試39回21三 率1.85)P/IP 13.51
473球 河野竜生(左・鳴門)
(4試28回10三 率2.57)P/IP 16.89
423球 鈴木昭汰(左・常総学院)
(4試27.1回14三 率2.63)P/IP 15.48
400球 寺島成輝(左・履正社)
(3試25.2回22三 率1.05)P/IP 15.58
〈2017年〉
534球 綱脇慧(右・花咲徳栄)
(6試36.1回22三 率2.23)P/IP 14.70
474球 碓井涼太(右・天理)
(4試24回8三 率3.38)P/IP 19.75
474球 平元銀次郎(左・広陵)
(6試28回29三 率6.43)P/IP 16.93
432球 長谷川拓帆(左・仙台育英)
(4試30.1回15三 率1.48)P/IP 14.24
430球 山本雅也(左・広陵)
(9試24.2回21三 率2.92)P/IP 17.44
吉田輝星の18年とそれ以降を比べてみると
〈2018年〉
881球 吉田輝星(右・金足農)
(6試50回62三 率3.78)P/IP 17.62
607球 山口直哉(右・済美)
(5試43.2回21三 率3.3)P/IP 13.90
512球 柿木蓮(右・大阪桐蔭)
(6試36回39三 率1)P/IP 14.22
489球 鶴田克樹(右・下関国際)
(4試36回29三 率2.25)P/IP 13.58
449球 河村唯人(左・日大三)
(5試25.2回34三 率3.16)P/IP 17.49
〈2019年〉
594球 清水大成(左・履正社)
(5試35.2回33三 率4.04)P/IP 16.65
512球 奥川恭伸(右・星稜)
(5試41.1回51三 率1.09)P/IP 12.39
355球 荒井大地(右・高岡商)
(3試23.1回12三 率5.01)P/IP 15.21
352球 林勇成(右・作新学院)
(3試24.2回11三 率2.19)P/IP 14.27
337球 不後祐将(左・中京学院大中京)
(6試19.1回20三 率4.19)P/IP 17.43
〈2021年〉
483球 山田陽翔(右・近江)
(6試30回31三 率2.36)P/IP 16.10
388球 ヴァデルナ・フェルガス(左・日本航空)
(3試24.1回19三 率2.36)P/IP 15.95
324球 小畠一心(右・智弁学園)
(6試25回18三 率2.36)P/IP 12.96
296球 阪上翔也(右・神戸国際大付)
(4試19回14三 率2.36)P/IP 15.58
276球 河野颯(左・高川学園)
(2試17回9三 率2.36)P/IP 16.24
〈2022年〉
644球 山田陽翔(右・近江)
(5試38回51三 率3.36)P/IP 16.95
551球 佐山未来(右・聖光学院)
(5試34.2回15三 率4.36)P/IP 15.31
441球 古賀康誠(左・下関国際)
(5試23回17三 率5.36)P/IP 16.13
380球 有馬伽久(左・愛工大名電)
(4試25.1回16三 率6.36)P/IP 12.26
353球 仲井慎(右・下関国際)
(5試21回26三 率7.36)P/IP 15.35
〈2023年〉
412球 湯田統真(右・仙台育英)
(6試25.1回31三 率3.20)P/IP 16.26
369球 黒木陽琉(左・神村学園)
(5試22.2回23三 率1.99)P/IP 16.28
365球 藤本士生(左・土浦日大)
(6試28回17三 率1.29)P/IP 13.04
362球 小宅雅己(右・慶応)
(5試28回15三 率0.64)P/IP 12.93
342球 東恩納蒼(右・沖縄尚学)
(3試23.1回21三 率1.93)P/IP 14.66
こうして見ると、2018年の金足農の吉田輝星の881球がいかに突出しているかが分かる。
好投手は球数が多くなる傾向にあったが、今年は?
翌年以降、トータルの球数は減少する傾向にあるが、それでも好投手が出ると、多くの球数を投げる傾向にある。
2016年球数1位の作新学院・今井達也は西武の先発投手として活躍しているが、この年5位の履正社、寺島成輝はヤクルトに入団したものの昨年、戦力外になった。
2018年、球数3位の大阪桐蔭・柿木蓮は吉田輝星と共に日本ハムに入ったが、今は育成。2019年球数2位の星稜・奥川恭伸はヤクルト入団、2021年後半はエース級の活躍だったが今年はまだ一軍で投げていない。
2021年、近江・山田陽翔は2年生ながら全5試合に登板(準々決勝では一度降板して再度登板、登板数としては6)し、完投は無かったものの大会最多の483球を投げチームをベスト4に押し上げた。翌2022年も全5試合に登板し1完投、2年連続最多の投球数となった。チームはベスト4。昨年ドラフト5位で西武に入団。一軍登板はない。
最後に、今年の傾向を見ていこう。
準優勝の仙台育成のエース湯田統真が最多投球だが、6試合のうち先発は4試合。8月6日の1回戦から23日の決勝戦までの18日間で412球であり「7日500球」の日本高野連の球数制限をはるかに下回っている。
この数字からも高校野球の「投手の分業」が進んだことを実感する。
慶応と仙台育英投手陣に見る「先発2人+救援」スタイル
慶応は2年生エースの小宅が362球。注目したいのはP/IPの高さ。投球回数は土浦日大の藤本士生と並ぶ大会最多の28回だが、投球数は4位。P/IPは1イニングの投球数の目安とされる15球をはるかに下回る12.93。無駄球の少ない効率の良い投球をしていたのだ。2019年、P/IP12.39で5試合41.1回を投げた星稜・奥川恭伸の洗練された投球を思わせる。
【慶応と仙台育英の投手陣】
〈慶応〉
362球 小宅雅己(右)2年
(5試28回15三 率0.64)P/IP 12.93
185球 鈴木佳門(左)2年
(4試12回7三 率3.00)P/IP 15.42
94球 松井喜一(右)3年
(6試94回5三 率6.00)P/IP 15.67
〈仙台育英〉
412球 湯田統真(右)3年
(6試25.1回31三 率3.20)P/IP 16.26
286球 高橋煌稀(右)3年
(5試17回20三 率4.24)P/IP 16.82
103球 田中優飛(左)3年
(3試7回2三 率5.14)P/IP 14.71
44球 武藤陽世(左)2年
(1試2回2三 率0.00)P/IP 22.00
40球 仁田陽翔(左)3年
(2試2.2回0三 率0.00)P/IP 15.00
トップクラスの高校は先発2人に救援投手を準備するのが標準になりつつあるのだ。
慶応は右の小宅、左の鈴木が2年生。高校生は変化が著しいから軽々な予測はできないが、来季の甲子園も激戦区・神奈川の有力候補ではあろう。
慶応・森林貴彦監督の「エンジョイベースボール」が全国的に注目を集める中、投手運営という観点でも高校野球そのものが大きく変わろうとしているのを数字からも実感できた。
文=広尾晃
photograph by Hideki Sugiyama