野球、バスケ、ラグビーなど競技を問わず“部活の新たな形”が模索されている。その中で内田篤人や反町康治らを輩出した静岡のサッカー古豪校・清水東が勉学面も含めた新たなチャレンジをしているという。現地を訪ねた《全2回の1回目/第2回につづく》
中学校の授業を終えた選手たちが集まってくる。集合場所はグラウンドではない。グラウンドの向かいにある学習スペース。入口には「寺子屋」の看板がかかっている。
サッカーのまち・静岡市清水区を象徴する高校の1つ、清水東は全国高校選手権と全国高校総体で合わせて5度の優勝を誇る名門。相馬直樹さん、高原直泰さん、内田篤人さんら多数のプロ選手を輩出している。
社会で活躍しているOBが多くいることも誇れることでは
ただ、清水東は1992年の全国高校総体を最後に全国の舞台から遠ざかっている。練習環境に恵まれ、全国大会を目指して県外からも選手が集まってくる私立優位の構図は近年の静岡県も例外ではない。
「清水東は、もう終わった」
日本一の時代を知る人たちからは厳しい声も聞こえてくる。名門のブランドは失われたのか。全国大会を知るOBで、母校のコーチを17年間務めた齋藤賢二さんは強く否定する。
「全国大会に長年出場できていないことや今はプロ選手がほとんどいないことは事実ですが、清水東サッカー部出身で社会に出て活躍している人はたくさんいます。プロサッカー選手になることだけではなく、社会で活躍しているOBが多くいることも誇れることではないか」
税理士でもある齋藤さんは現在、清水東高校サッカー部および中学生を対象にした清水東ジュニアユースでゼネラルマネージャーを務めている。清水東高校は県内有数の進学校でもあり、選手たちは現役で東北大や名古屋大といった国立大学や、早大や慶大などの難関私立大学に合格している。公立で中高一貫校ではないため、ジュニアユースの選手が清水東高校でプレーするには、他の中学生と同じように受験で合格しなければならない。
「寺子屋」で2時間勉強してから練習を
それでも、ジュニアユース初年度の昨年は30人、今年度は58人の応募があり、各学年18人ほどの枠が激しく争われた。人が集まる最大の理由は、クラブチームであるジュニアユースが、高校サッカー部が体現している「文武両道」を目指し、その環境を提供しているところにある。
他のクラブチームにはない強みを前面に押し出すため、ジュニアユースが手を組んだのが静岡市に本社を置く学習塾秀英予備校だった。秀英予備校は小学生から高校生までを対象に、静岡県内では最大手の学習塾として知られている。
清水東ジュニアユースの選手たちは練習前に「寺子屋」で2時間ほど勉強する。土日も同じように午前中に勉強してから、昼食を取って練習に入る。選手たちが活用するのは秀英予備校の学習教材。タブレットを使って録画された授業を自分のペースで学習できる。ジュニアユースに所属する室田琥央さん(中学1年)は「勉強の習慣がつきました。秀英の教材は動画を止めたり、繰り返し確認したりできるので使いやすいです。サッカーも勉強も頑張りたいので、清水東を選びました」と語る。
中高一貫校ではありませんが地域のために
さらに、ジュニアユースの選手たちは年間を通じて、秀英予備校が実施している統一テストを受けている。清水東高校に合格できる学力がついているのか定期的に確認できる仕組みになっている。月会費は、地元にある他クラブの相場より高いが、学習教材やテスト費用も含まれていることを考えると相応と言える。
ジュニアユースの選手が移動中に身に着けるポロシャツとジャージーには、秀英予備校の文字が入っている。試合が中継で伝えられるプロと違い、ユニホームよりも宣伝効果が高い。ポロシャツやジャージー姿で移動する選手たちは、歩く広告塔になっている。秀英予備校から資金ではなく、学習教材のサポートを受ける対価として、ウェアに秀英予備校の文字を入れる。齋藤さんは、こう話す。
「清水東高校サッカー部はサッカーでも上位を目指し、勉強でも上位を目指す。そして、社会で活躍する人材を育成することを目的として活動しています。これを中学生にも落とし込めないかを考えました。中高一貫校ではありませんが連動できる部分はありますし、地域のためにもなると考えています」
秀英予備校側にもメリットがある。進学校で知られる清水東へのサポートは宣伝効果が高く、企業価値も向上する。FC課の諏訪俊郎課長は「秀英に通っている小学生の保護者から清水東ジュニアユースについて聞かれる時もありますし、反響は大きいです。協賛できるのはうれしいことです。教員の多忙化で部活が地域に移行する中で、こうした特色のあるスポーツクラブが増えていけば子どもたちのためになると思っています」と語る。
高校の部員が教室に滞在するワケ
「寺子屋」での学習には、もう1つ特徴がある。
当番制で清水東高校サッカー部の部員が教室に滞在している。ジュニアユースの選手たちの質問に答える先生役を担っているのだ。そして、勉強だけではなく、定期的にジュニアユースの練習を高校生が教えている。ここに、清水東ジュニアユースが目指す姿がある。
齋藤さんが清水東高校サッカー部の課題に挙げるのは、指導者の育成だ。現在のサッカー界を見ると、日本代表コーチの齊藤俊秀さん、名古屋グランパス監督の長谷川健太さんら清水東OBの指導者は多い。高校の教員でも、現在母校を率いる大川晃広総監督をはじめ多数の指導者がいる。ただ、40代以下になると、その数は極端に減る。
齋藤さんは「高校生がジュニアユースの選手と接する機会を通じて、教えるおもしろさや難しさを経験してほしいと思っています。1人でも多く、指導者の道に興味を持ってほしいです」と願う。
高校生とLINEを交換して、相談できるように
実際、清水東高校サッカー部の選手は指導者の適性を見せている。高校生が中学生からアンケートを取って、「寺子屋」で質問しやすい環境や学習の効果を高める方法を模索している。サッカーの練習でもメニューやテーマを自分たちで考え、中学生の反応を見ながら工夫を凝らしている。高校生から勉強とサッカー両面で指導を受けるジュニアユースの中村奏佑さん(中学2年)は感謝を口にする。
「高校生とLINEを交換して、サッカーも勉強も生活面も相談できるようになっています。何でも質問できるので心強いです。日々の勉強の仕方や定期テスト対策も教わっています。大人より年齢が近いので話しやすい面もあります。将来はサッカーだけで生きていけるとは限らないので、勉強も大事にしています」
高校生と接する時間が増え、ジュニアユースの選手たちが抱く清水東高校サッカー部への憧れは強くなっている。今年5月の全国高校総体静岡予選では、ジュニアユースの選手が試合の応援に駆け付けた。藤枝明誠との準々決勝にPKで勝利した際には、感動して涙を流している中学生もいたという。
齋藤さんは「清水東に入るために、もっと勉強を頑張ろうと目の色が変わった中学生もいます。身近な存在の高校生に憧れを抱き、自分もこの学校へ入りたいと思ってもらえればいいですね」と語った。
社会のあらゆる分野で活躍するリーダーの育成に目標を
清水東OBには、Jリーグチェアマンの野々村芳和さん、日本サッカー協会技術委員長の反町康治さんがいる。この2人は元プロ選手でありながら、現在は日本サッカー界を司る立場を担っている。サッカー選手としての能力だけではなく、知識や人格がなければ務まらない。
名門・清水東高校サッカー部。プロサッカー選手に限らず、社会のあらゆる分野で活躍するリーダーの育成に目標を置く。これは、文武両道の強みがあるからこそ。サッカー部員が将来活躍する場は、ピッチの上だけではない。そんなサッカー部に所属する彼らは“真の文武両道”について、どう自分の頭で考えているのか――。
<第2回に続く。関連記事からご覧になれます>
文=間淳
photograph by Jun Aida