2023年の期間内(対象:2023年5月〜2023年9月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。格闘技・ボクシング部門の第4位は、こちら!(初公開日 2023年9月2日/肩書などはすべて当時)。
2023年4月8日、有明アリーナでプロボクサーとしての第一歩を踏み出した那須川天心。キックボクシングで42戦全勝(28KO)という記録を残し、鳴り物入りでボクシング界に殴り込んだ神童は、自身を取り巻くさまざまな声をどう受け止めているのか。9月に予定されているプロ第2戦を前に、NumberWebの単独インタビューに答えた。(全2回の1回目/後編へ)今春、那須川天心はキックボクサーからボクサーに転向し、プロデビュー戦を勝利で飾った。振り返ってみれば、キック時代にはMMAやミックスルールでも闘っている。根っからチャレンジ精神が旺盛な選手なのだ。
そして必要とあらば、タイガーマスク的な存在にも変身する。5月27日には大阪へ飛び、キックボクサー時代に練習の拠点にしていたTEPPEN GYMの大阪支部で、「天心ファミリープロジェクト」を実施した。
子供たちにとっての「ウルトラマン」に
このプロジェクトは以前から天心が定期的に開催しているもので、養護施設などで過ごす児童たちを自分の試合に招待するだけでなく、セミナーの形で格闘技のイロハを教えている。去る4月8日のプロボクシングデビュー戦でも天心は40名の子供たちを招待し、試合後には一緒に記念写真にも納まった。競技は変わっても、格闘技を通じて社会貢献しようとする姿勢には1ミリたりともブレがない。
この日は大阪、京都、和歌山、そしてはるばる千葉から計16名の少年少女が集まった。このプロジェクトを行なう意義について、天心は力強く語った。
「社会で生きていると、いろいろなことに左右されてしまったり、ときにはマインド的にマイナスになることもある。そうなったときに耐えられるだけの心の強さを、格闘技を通じて身につけてほしいんです」
この日は身体に染みついたキックの基本を懇切丁寧にレクチャーした。天心が実際の動きのデモンストレーションを行なうと、一同から「オーッ」と大きなどよめきが起こる。天心が持つミットめがけて、参加者全員が1分間ずつミット打ちできるメニューになると、みな目を輝かせながら一心不乱にパンチやキックを打ち込んだ。マンツーマンで憧れのヒーローと接することができるのだから、活き活きするのも当然だろう。
天心はかつての自分と、少年少女たちを重ね合わせていた。
「幼稚園か小学1、2年生くらいの頃、僕もウルトラマンフェスに連れていってもらって。ウルトラマンと一緒に写真を撮るときは、めちゃくちゃテンションが上がりましたからね(笑)」
プロボクサーとしてはまだキャリア1戦ながら、キックボクサー時代に積み上げた人気は絶大。そのことを天心は自覚しており、「僕の方からいろんな学校に行ったり、知名度をいい方向に使いたい」とプロジェクトにも善用したいと考えている。
また、このムーブメントは「現役中にやらないと意味がない」というこだわりもある。
「自分が在籍していた学校に昔すごかったアスリートが来たりもしたけど、活躍していた頃を観ていたわけではないので、あまり知らない。だったら僕は子供たちが(リアルタイムで)観ているときに直接、話をしたい。僕がテレビに出て注目されたら、『天心、頑張ってるじゃん。だったら自分も頑張ってみよう』と思ってもらえるような方向に持っていきたい」
天心は上から目線で子供たちと接しようとはしない。この日も子供たちと一緒に笑い、汗をかき、集中していた。以前、関東でこのプロジェクトを開催したときには「子供たちと精神年齢が同じなのかも」と軽口を叩いていたが、筆者の目には、子供たちと同じ目線の高さで、同じ方向を向こうとしているように見えた。しかも意図的にではなく、自然体で。これも一種の才能だろうか。いみじくも天心は言う。
「僕は、自分もやるからお前も頑張れ、というスタンスですね」
「(ボクシングは)大衆からの信頼度がすごいな、と」
もうひとつ別のスタンスもある。対戦相手だけではなく、常に「世間と闘う」という姿勢だ。ボクシングに転向したことで、天心は世間から認められたリングスポーツとしての“権威”を思い知らされた。
「結構、みんな僕がボクシングに転向したことを知っている。普通に道端でおじさんや女性や子供に『ボクシング、頑張ってください』と声をかけられますからね」
メディアの扱いの違いも肌で感じた。
「転向を宣言しただけで新聞に載ったり、全国ニュースで報道されたり……。デビュー戦も全部の新聞に載っていたので、『ああ、こんな感じなんだな』と思いました。ちゃんと歴史もあって、マス(大衆)からの信頼度がすごいな、と。世間にちゃんとしたもの(競技)として認められているんだな、ということを改めて感じました」
懐疑的な声にも「それも覚悟で外に出ているので」
一方で、ボクシングにはボクシング独特の空気がある。デビュー戦を勝利で飾ったとはいえ、いまだに一部のファンからは「ボクシングでは通用しないだろう」という懐疑的な声も出ている。しかし、天心は全く気にする素振りを見せない。
「顔が見えない人にそんなふうに言われて、『ああだ、こうだ』と動じている方がおかしい。僕はそれも覚悟で外に出ているので」
いつからそこまで徹底したポジティブ・マインドになったのだろうか?
「良くも悪くも、(格闘技は)全部自分のせいじゃないですか。だから僕は人のせいにしたり、言い訳はしない。子供のときは気づけないところもあったと思うけど、基本はそうだったと思う」
残念ながら、ファイターの全員が天心のような考えの持ち主ではない。とりわけ指導者になると、何か失敗をすると自分の非を下に押しつける人間がいまだにいる。そう水を向けると、天心は「たしかに、世の中にはそういう人もいますよね」と頷いた。
「僕はそう考えないからストレスもなく、楽しく生きていられるのかなと思います。何かミスをしても責任は全部自分。その時点で愚痴を呟くのではなく、自分がミスをしたと認める。自分がやるといったからには、自分が悪い。それでいい。ネガティブなことに思いを巡らせても、何も出てこないですよ」
先日、NHKで天心のドキュメンタリーが放送された。その中でのトレーナーとのやりとりなどでも彼がネガティブな発言をすることは皆無。練習中に口にするのはポジティブな発言ばかりで、あとは質問や疑問だけだった。
「ネガティブな発言は無理。そこは変わらない。というか、それが自分のライフスタイルなので」
どこに行っても、那須川天心は那須川天心ということ?
「そうですね。だからといって開き直るのもよくない。仮に悪い選択をして失敗したとしても、『俺は関係ない』と言い張るのはよくないじゃないですか。芯のない自分はダメですよ。そこだけは履き違えないようにしたい」
井上尚弥の「比べるのは可哀想」をどう受け止めた?
軸のブレない自分を持っているからこそ、世間の関心に一喜一憂することもない。巷では天心より先にキックからボクシングに転向し、無敗のままOPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者になった武居由樹との再戦を期待する声もある(アマチュアキック時代にも両者は対戦し、天心の3勝1分となっている)。それでも天心は「あ〜っ、言われたりしていますね」と、さほど関心を示さない。
「気にしないというか、あまり考えたことはないですね」
また、あの井上尚弥と比較する向きもある。今秋にプロ2戦目を迎えるグリーンボーイと、アジア人として初めて主要4団体の世界王座を統一したモンスター。さすがに比較するのは時期尚早だろう。当の井上も、Twitterで「デビューしたばかりの天心と俺を比べるのは流石に可哀想」と釘を刺した。
天心は実際のところ、どう思っているのか。
「階級も近いし、強いなぁというのはすごく思っています。自分のことに言及した件?『あっ、触れるんだ』という感想だけですね」
子供たちへのレクチャーの終盤、受講者の中から数名が代表して天心にお礼を言う機会があった。以前にも一度天心から指導を受けたことのある中学2年生の女子が「キックボクシングが少しわかった気がします」と話すと、天心は「大人になったね。(前は)小さかったのに」と目を細めた。
好奇の視線をいちいち気にしていても仕方がない。神童は我が道を往く。
<後編へ続く>
文=布施鋼治
photograph by Susumu Nagao