2023年の期間内(対象:2023年5月〜2023年9月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。甲子園部門の第2位は、こちら!(初公開日 2023年8月19日/肩書などはすべて当時)

 伝説のKKコンビが聖地で再会した。極上の対話を通して、あの3年間の知られざる真実が、いま鮮やかに甦る。Number809&810号(2012年8月3日発売)掲載の「清原和博・桑田真澄 独占対談『30年目の告白』」より内容を一部抜粋してお届けします。【記事全文は「NumberPREMIER」にてお読みいただけます】

PL学園、高3夏のKKグローブ交換

桑田 月日が流れるのは早いよね。高校1年の夏からだと……。

清原 もう29年も経つんやね。おっ、これ。

桑田 1年のときに甲子園で使ってたグローブ。キヨがくれた3年の時のファーストミットも持ってるよ。家に飾ってある。息子の友だちが家に遊びに来ると、野球やってる子は絶対、『触っていいですか』って言うよ。

清原 オレもグローブもらったじゃない?

桑田 たしか、3年の夏が終わったときに交換したんだよな。これは?

清原 3年の夏に使ってたバット。今、甲子園歴史館に飾ってあるんやけど。

桑田 決勝でホームランを2本打った時の?

清原 ヘコんでるから準々決勝で使ったヤツやな。高知商の中山(裕章)からホームランを打ったとき、ヘコんだんや。

桑田 あの時のバット? あれ、レフトスタンドのすごいところまで飛ばしたよな。ボールを打った瞬間、キュイーンって音が響いて、そのあと、甲子園がシーンとなった。プロも含めて、甲子園のあそこまで飛ばした選手はいないでしょ。

清原 あの一撃でヘコんだのよ。

清原が明かす「右打ち」ホームランの原点

桑田 高校に入って最初にキヨのバッティング練習を見たとき、驚いたよ。レフトに張ってあるネットに打球が当たらないんだから。

清原 ネットはほとんど越えてた(笑)。

桑田 よう飛ばしたもんなぁ。キヨには右打ちが上手いというイメージがあるけど、ホントは引っ張りのバッターだよな。

清原 オレの右打ちの原点は、一番ホームランになりにくい右を狙ってバッティング練習してたところにあるからね。練習で使うのは竹バットだし、それで右を狙えばさらにホームランになりにくい。

桑田 1年生でホームランなんか打った日には、『何、ホームラン打ってんねん』って先輩から説教されるから(苦笑)。

清原 いつもライト狙い(笑)。

桑田 1年の頃のキヨは、ホームラン打ったら喜んでダイヤモンドを回るんじゃなくて、泣きそうな顔で走ってたもん。

清原 それが、1年夏の甲子園では右へ打ったのがホームランになった。

桑田 決勝で横浜商の三浦(将明)さんから打った、甲子園初ホームランな。

清原「1年のときは桑田と会話した記憶がないわ」

清原 甲子園でプレーしてる間だけは1年生だということを忘れられた。だけど、それ以外の時間は、野球のことは考えられへんかった。どうやって生きていこうか、どうして暮らしたらいいか……先輩を怒らさんようにするにはどうすればいいのか、そういうことばっかり考えてた。

桑田 1年生はとにかくやることがいっぱいあった。甲子園でも、1年生だから球場でバスを降りるときもいっぱいの荷物を抱えてね。先発ピッチャーだとか4番バッターだとか、そんなん関係なかったもんな。

清原 最初の甲子園でメンバーに入った1年生は2人しかいなかったからな。荷物運びはもちろん、洗濯の時とか食事の時に、与えられた仕事をどうやってこなすか。1年のときは『あれはどうしよう、これはああしようか』って相談したことくらいしか、桑田と会話した記憶がないわ。

桑田 先輩の手前、あんまり2人で話できなかったから……1年生は『はい』と『いいえ』しか言えなかったし、2人で楽しそうに笑ってたら、何か言われるに決まってる。

清原 だから、必要なこと以外はほとんどしゃべれない。

桑田 僕は母に、『家に連れて帰ってくれ、もう野球、やめるから』って泣きついたことがあるよ。

清原 オレも母親に『靴下の中にキャラメルを入れてくれ』と手紙出したな。

桑田「ホント、人生は紙一重だよな」

桑田 1年の夏は、大阪大会の準決勝(茨木東戦)がたしか、接戦だった。僕は先発じゃなくて、早い回に先制されて、『すぐ作れ』って言われた。5回から投げたのかな。

清原 そうそう、あの試合、8回まで0対1で負けてたんや。でも俺が打ったフライをサードが落としてくれたから、セカンドまで行けた。その後、誰かのヒットで同点になった。もしあのサードフライを捕られてたら……。

桑田 終わりやん(笑)。ホント、人生は紙一重だよな(結果は2─1で逆転勝利)。みんな、僕らは甲子園に行って当たり前だと思っていたかもしれないけど、大阪にも強いチームはあったし、7つも勝つのは大変だった。

清原 初めての夏の甲子園は、やっぱり入場行進のことがすごく印象に残ってる。ファンファーレが聞こえてきた時、「あっ、テレビで見てた開会式のファンファーレがナマで鳴ってる」って思ったもん。『第65回、全国高等学校野球選手権大会の開会式を行ないます』って言うて、あの“パーン、パパパ、パッパラー”って始まるファンファーレ。『選手、入場〜っ』。ダーン、ダダーン、ダダーンダラダダンッ、「うわーっ、すごい」と思った(笑)。

 芝の感触も心地よくて、サクッサクッ、サクッサクッと、こんな芝あるのかなって。あとスタンドが大きくて、「甲子園ってこんなに大きいのか」とビックリしたよ。

文=石田雄太

photograph by Kisei Kobayashi